82 幽霊茸採取
「……起きろ」
どこかで、そんな声がした気がして、うっすら意識が持ち上がる。
起きる……? どうして……? 僕の身体は今が夜だって言――。
「あっ?! 起きる!!」
「うるせえ!」
がばっと飛び起きた途端、口を塞がれた。
勢いあまって枕に逆戻りしながら、目を瞬かせる。
ふわっと舞った髪が、枕に広がったのが分かる。
開けたばっかりの瞳に、天井で揺れる小さなランプと、その灯よりも輝く橙が映った。
ドッドッと鳴っていた心臓が、徐々に平静に戻っていく。
僕より大分大きな手をずらして、分かってるよと人差し指でしいっとやった。
「おはよう、ディアン。あれっ? でも僕、いつ寝たのかな」
「飯食ってすぐ」
「ええ……起こしてくれればよかったのに」
「起こしただろ」
そうじゃなくて! そもそも、本当に起こそうとしていたのか、はなはだ疑問の残る声量だったけれど。
だって幽霊茸が出るまで、当然起きているつもりだった。
しょんぼりしながら体を起こして、寝袋から……んっ?
首を傾げて寝袋を見ているうちに、ディアンが外へ出てしまった。
……ねえディアン、僕起きてるつもりだったよ。寝袋に入ったわけがないよね。
「ありがとう、ディアン。でもディアンは寝てないんでしょう? 交代する?」
何とでも取れる『ありがとう』を渡して、にっこり笑う。
目を眇めて遠くを見るディアンが、フンと鼻で笑った。
「できるか。俺は死にたくねえ」
「で、できるよ?! ええと……方法は色々あるから!」
ディアンみたいな見張りはできないかもしれないけど。要は、魔物に襲われなければいいのだから。
次の野営では、できるという所を見せなくては。
だってそうしなきゃ、ディアンはずっと起きてなきゃいけない。
「いらねえ気を回すな。どうせ一人なら寝ないだろが」
「あ……そうなの? でもそれじゃ、何日も旅をするなんてできないじゃない?」
ふいと視線を逸らしたディアンが、何も言わずに歩き始めた。
慌てて追いかけながら、考える。もしかしてディアン、そのせいでこの辺りでしか活動できないんじゃ。
それでCランクは脅威的だけど……だったら、自由に野営ができればすぐにランクが上がるのでは。
これは、大きな僕の価値だ。
フンスと気合いの入ったところで、ディアンが素早く振り返った。
「んっ……?!」
「黙れ」
またもや口を塞いで胸ぐらを掴まれ、素早く岩陰に引っ張り込まれた。
……あの、説明をね? 僕、事前に説明してくれれば、いちいち口を塞ぐ必要はなくなると思うよ?
じとり、見つめる視線に気づいたか、ひとまず胸ぐらを掴む手は外れた。
端正な顔が目の前で僕を睨みつけ、人さし指を唇に当てた。そして、スッと岩の向こうを指す。
うん、と頷いて目を輝かせると、はあ、と溜め息と共に口を塞ぐ手が下ろされた。
僕はしっかりと自分の手で口元を押さえながら、そうっと岩陰から顔を覗かせる。
「……!!」
ふわり、ふわり、川辺を漂う発行体が、みっつ、よっつ……結構いる!
ぱっと振り返ってディアンを見れば、微かに頷きが返って来た。
あれが、幽霊茸! ぼやっと光る半透明の身体は、はっきりと大きさがつかみにくいけれど、子どもの頭くらいだろうか。思ったよりも大きい。
丸っこい傘の下に、リボンのような幾重もの茎がゆらゆら揺れて、キノコよりも海風船みたいだ。
幽霊茸は、目はあまりよくないけれど、音に敏感だとか。
だけど、動きは速くない。あれだけいれば、ひとつくらい捕まえられる。
よし、と収納袋を漁ると、魚用の網を取り出した。
ディアンが、ものすごく生ぬるい目で僕を見ている。だって……素手で捕まえられる気がしなかったもの!
ふいに立ち上がったディアンが、僕をひと睨みして、ビシッと僕を指した。ここに居ろ、と言われている気がする。浮かせた腰を渋々落ち着けると、ディアンはもう一度睨んでから幽霊茸の方へ向かった。
もしかして、お手本を見せてくれるのかな。それとも、ひとつも採れないと失敗になっちゃうから……先に確保?
多分両方だな、と思いながら固唾をのんで見つめる。
すごいな、ディアンは動く時に全然音がしない。
猫を思わせるしなやかな足運びと、身のこなし。
綺麗だな、と見とれていると、滑るように手前の発行体に近づいて――。
わしっ、と。
思わず声を上げそうになって口を塞ぐ。
ええ……無造作。確かに動物というよりも植物だけど。そんな、木の実をもぐような。
音もなく戻って来たディアンの袋には、幽霊茸が二つ。
本当に、簡単なんだな……。少し拍子抜けしながら、くいっと顎をしゃくったディアンに頷いた。
次は、僕の番。
ぎゅっと網を握って、抜き足、差し足、なるべく岩影に紛れながら近付く。少しずつ、距離が――
近付……かない。
あと少し、そんな距離が一向に縮まってこない。
なんで……?! こんなに静かに近付いてるのに、バレてるの?!
困惑して振り返ると、随分遠くなったディアンが、俯いて必死に笑いをこらえていた。
……でも! ここまで近づけば、もう走ればいい。欲張るのをやめよう。僕は、この中のひとつだけ採れればいい。
意を決して、一気に飛び出した。
「ええい! えいっ!!」
まるで花びらの浮く水面に手を入れたよう。ふわっと散った幽霊茸のひとつに狙いを定め、必死に網を振る。幽霊茸、速くはない、全然速くはないんだけど……!
網を振り下ろすたび、ゆらっ、ふわっ、と揺らめくように躱される。
既に、目の前のひとつ以外はどこかへ行ってしまった。だから、どうしてもこれだけは!
「待っ、て……?!」
汗だくになりながら網を振り上げた拍子、ふいに足をとられてバランスを崩した。
思わぬ速度で振り下ろされた網が、ばしゃんと水面を叩く。
「あっ?!」
今、目の前にいたはずの幽霊茸――!
いつの間にか、川まで来ていたらしい。ばしゃばしゃと駆け寄って網を覗くと、はたしてそこには、見事ひとつの幽霊茸が明滅していた。
絶対、逃がさないように。大急ぎで袋を取り出し、そっと幽霊茸を入れる。
少しひやりと、そしてしっとりキノコらしい手触りがした。
「採れた……! 僕、依頼達成できたよ!!」
満面の笑みで振り返ろうとした時、間近で舌打ちが聞こえた気がした。
いつも読んで下さってありがとうございます!
現在、書籍分がっつり改稿頑張ってます!!
ルルアとディアン、あとグリポン。見守っていただけると嬉しいです。




