79 今までの分
天井を見つめたまま、うふふ、と浮かぶ笑みが隠せない。
ねえ、Eランクだよ。僕はEランク冒険者!
ちゃらりと首元のタグを引っ張り出して、まじまじ眺めた。昨日からずっとこの調子なもんで、もうそろそろ穴が空くかもしれない。
「……いつまでそれやるんだ。つうかまず起きろよ」
とうに起きていたらしいディアンが、『心底呆れた』とたっぷり声音に入れて、生温かい視線を落としてくる。
「いいじゃない、目が覚めたら思い出しちゃうんだもの」
おはよう、なんて今さら言いながら起き上がった。
ほら、今日は特別いい朝だ。シーツはさらさら、おまけにお洗濯のいい香りが漂ってくる。
いつも通りだ、と言われるのが目に見えているので、素晴らしい朝を一人で堪能して伸びをした。
僕が起きたのを見てとって、グリポンもまんまるになっていた体から足を出した。
片羽を交互に伸ばす様は、マントを翻しているよう。
つぶらな瞳がぱちぱち瞬く、その眼前にタグを掲げてにんまり笑う。
「ねえもう一回見て! 僕、まだ登録したばっかりなのにEランクになったんだよ! すごいでしょう?」
「るっ」
たぶん? と言いたげに首を傾げたグリポンが、律儀にタグを眺めてちょんとつついた。
「そいつに言ってわかるわけねー」
「そうだけど! だってディアンに言ってもすごいねってならないじゃない」
ディアンにとっては、価値もないようなランクだろうけども。ああでも、ディアンがEランクになった時はどうだったんだろう。
きっと、嬉しかったに違いないと思うのに。でも、ディアンがこんな風に喜んでいる姿が想像できない。
タグから顔を上げて、朝焼けにも似た瞳を見上げた。
なんだ? と目を細める、橙色を煮詰めた深い色合いからは、何も読み取れない。
そうっと膝をついて距離を詰めた。
胡乱げな顔をするディアンが離れるより先に、ぎゅっと縋りつく。
「ディアン、冒険者登録おめでとう!」
「は?」
おかしなものでも見るような顔をする彼を、くすくす笑って抱きしめる。
「ランクアップおめでとう、Eランクならもう立派な冒険者だよ!」
「……」
「えっ、もうFランクになったの?! すごい! ええ?! Dランクなんてもう大人より凄いじゃない?! お祝い何がいい?!」
「はあ? 何なんだ…」
頭には届かなかったので、わしゃわしゃと背中を撫でて渾身のおめでとうをした。
ものすごくめんどくさそうな顔が非常に心外だ。でも大丈夫、僕はそんなことでめげたりしない。
「それでそれで? 今は何ランクなの?」
「……C」
だいぶ間が空いたけれど、渋々答えたディアンに、心の中でガッツポーズを決めた。
そして、しっかり溜めを作って弾けさせる。
「えええーー!! ディアンってまだ大人じゃないのに?! それなのに、C! それって前代未聞だよね?! 凄い!! 並大抵の努力じゃないよね?! 頑張ったね! いっぱい頑張ったね!!」
心の底から言葉をすくって、これでもかと注ぐ。
隙を見て立ち上がり、抱きしめ位置を首へ変えると、念願の頭に手が届くから。
髪がぐちゃぐちゃになるくらい、思い切り撫で回してあげた。
ほら、伝わるかな? こうするんだよ! 僕は上手だから教えてあげる。
「うるせー! 何なんだ急に。前代未聞のわけねえだろ」
べりっと引き剥がされて、ベッドの隅へ放り投げられた。そして跳ね起きたところへ枕がクリーンヒット。ちょっと?!
おかげで見えなかったじゃない。
受け取っただろうディアンの顔が。
「くだらねえこと言ってねえで、早く用意しろ!」
「はぁい」
下手くそだね。何も不貞腐れるようなことをしていないのに、むくれ顔をしているディアンが可笑しい。
最近、僕は自分が可愛いってことを知った。みんなが僕にそう言うから、きっとそうなんだろう。カッコいいの方が嬉しいと思ったけれど、可愛いだっていいことだ。たぶん。
でも、と服を着替えながらちらりとディアンを盗み見た。
僕よりも、こういうのが可愛いって言うんじゃないだろうか。
ただ、言ったら怒るからーーそっか、だからみんなも言わないんだ。
実はみんながディアンを見て可愛い、可愛いって思ってるのかもしれない、なんて想像して笑う。
きっとディアンは知らないんだ、嫌われているって思ってるもの。
ちょっとずるいよね、僕は可愛いしか持ってないのに、ディアンはカッコいいも可愛いも持ってるんだよ。
ふいに顔面へ枕が着弾して、ベッドへひっくり返った。
「何?! 僕ちゃんと着替えてるんだけど?!」
「顔がうぜえ。ニヤつくな」
「笑顔って言って?! 楽しい顔をしてるんだよ!」
「冒険者がニコニコしてんじゃねえ。舐められるだけだ」
フンと鼻を鳴らしたディアンに、なるほどと頷いた。今日から僕もいっぱしの冒険者。
散々ねだって今日から野外依頼に同行するのだ。緩い顔をしていてはいけない。
鼻息も荒く、ディアンを思い浮かべながら、むんと唇を引き結んだ。
……だと言うのに。
わざわざ枕を拾い上げたディアンは、無言で僕に投擲したのだった。
どうしろって言うの!!
おかげさまで選書魔法、書籍化進行中です!
たくさん読んでくださってありがとうございます!!書籍ならではの改稿、書き下ろし頑張ります!




