72 規制と依頼
「……うーん。害はないんだけどなあ。そんなに気持ち悪いなら難しいかも」
今日も魔法訓練の本を読みながら、昨日のディアンを思い出す。
外から手伝って、魔力操作の効率を上げるとてもいい方法だと思ったのに、もう少し慎重にいく必要がありそう。
あと、ディアンの回路……というか身体強化する人の回路は、ああやって把握させるのは難しいかも。
魔力回路って目に見えないものだけど、たとえばホースのような回路が体内にあるとして。
僕の腕には、太い回路が1本。でも、ディアンは腕全体に網目のように細くまんべんなく、緻密に広がっている。
そういう構造だから、僕が身体強化できるはずがないって、よくよく理解できてしまった。魔法を使うのが得意であればあるほど、身体強化は不可能だろうね。
「でもさ、逆に言えば……。身体強化の人は、回路自体は細いけども、魔法を使うのが不可能じゃないよね」
だって、回路はあるんだもの。当然、魔法使いのような魔法は無理。でも、小さな魔法くらいなら。
「そうだ、教会の子たちって身体強化が得意な子が多そうだし、一旦魔力回路を調べてから訓練すると効率がいいかも!」
既にディアンや僕のように方向性の確定した魔力回路があるなら、それ用の訓練をした方がいい。
あと、身体強化したい子が魔法訓練をメインにすべきじゃない。
本を傍らに置いた僕は、今度はペンをとってせっせと紙に書きつけていく。
覗き込むグリポンが、素早いペン先を追って小刻みに首を揺らしている。目が回らない?
「これはね、お手紙だよ。魔法の事なら、師匠でしょう?」
「るっ」
「明日はお手紙を出しに行こうね」
ふわっと飛んだグリポンを見て、ふとヴェルさんを思い出した。
そうだ、お手紙はヴェルさんに持って行ってもらえばいいのでは。
耳もいいはずだから、森まで行って大声でヴェルさんを呼べば、そのうち来てくれそう。おや? むしろ、お手紙じゃなくて僕自身が、師匠のところへ行けるんじゃない?
高々と空を舞った記憶が蘇って、うっとり椅子の背に体を預けた。
いいなあ。師匠、いつもああやって空を飛んでたのか。
もしかすると、今、そうやってお散歩しているかもしれない。
ヴェルさんが来てくれた――それだけで、こんなに世界が変わる。
「あ……でも、まだ規制解除されてないんだっけ」
ディアンはCランクなので、討伐隊に参加できる。
でも僕は、最低ランクなのでダメなんだって。せめてもう一つ上げれば、ディアン同伴で参加できるんだけど。
「そうだ! お外に行けなくても、ランクを上げることはできるよね? こっそりいっぱい依頼こなして、ディアンをびっくりさせよう!」
「るっ!」
グリポンもそれがいい、と言ったようで、小さな前脚と握手した。
そうと決まれば、お手紙は後回し!
「――ねえ! 僕町へ行ってもいい? ディアンがいない間に、いっぱい依頼を受けてランクを上げたいんだ!」
勢い込んでミラ婆さんにしがみつくと、洗濯を取り込んでいた彼女が思案気な顔をした。
「いっぱいねえ……ルルアはどんな依頼を受けるんだい? 危ないことはしないね?」
「もちろん! そもそも、外に出られないんだもの」
「まあねえ。ルルアは悪さしないだろうし、これも勉強かね。さすがに町には慣れたろ? 気を付けて行っておいで」
さすがミラ婆さんだ! 心配性のディアンとは違う。
満面の笑みで頷くと、張り切ってギルドへ向かった。
「なんだか、いつもより人が多いね!」
町って、こんなに人がいたんだ。人混みには慣れたはずなのに、やっぱり圧倒される。
規制で足止めを食っている人が多いんだろうか。
だとしたら、町でのお仕事だって多いんじゃないかな!
……なんて、足取りも軽く向かう最中、どうもそう簡単なことじゃなさそうだと首を縮こめる。
「人が多いと、大変なことも増えるんだね……」
お店は見たこともない長蛇の列。
なんだかイライラした人、路上にテントを張って怒られている人。
門の方まで行けば、商人さんの団体が衛兵さんに抗議しているのが見えた。
教会は平和だったのに、町はこんなにピリピリしていたんだ。
そそくさとギルドに入ると、ここも似たり寄ったり。カウンターには長蛇の列で、ギルド員さんが走り回っている。
こそこそ依頼掲示板の前へ行ってみたものの。
「ど、どうして……?!」
何か間違ったろうか、ときょろきょろしてみて、もう一度掲示板を見る。
いつも、びっしり貼られているその場所。
……全然、何もない。
はっと気が付いた。規制があるってことは……そうか、こういう採取系の依頼も全部ダメってことだ。
そして、今戦える冒険者は森に駆り出されている。
でも、街中依頼は? お掃除や荷運びとか、僕でもできそうなものが色々あったはずなのに。
咄嗟に、僕の後ろから掲示板を眺めた人を捕まえた。
「――あの、どうして街中依頼が何もないの?」
「えっ? あ、ああ。見ろよ、町に滞在者が溢れてんだろ? あいつらと取り合いになるからな」
「そっか! お金がなくなっちゃって困るもんね」
「俺らだって、日銭稼げなきゃ困るのは一緒なんだが」
それはそう。
しかめっ面で立ち去った人を見送って、ガッカリしながら空の掲示板を眺めた。
脅威は森の魔物だけかと思ったら、こんなところにも影響があるんだね。
幸い、魔物はどんどん討伐されるから、食料不足の心配がないのはありがたい。
「帰ろっか……」
「る」
しょんぼり出口へ回れ右した僕と、書類を見ながら早足で歩く青年がすれ違う。
いかにも多忙な様子に、ただぺこっと頭を下げて――
「わあっ?!」
「お前、字が上手かったな?! 確か、帳簿整理依頼受けてやがったな?!」
瞬間、およそ人間扱いとは思えないような鷲掴みをされ、荷物のように連れ去られた。
なになに?!
「手伝え! 掲示板見に来たんだろが、暇してんだろ! こっちは忙しい!! 金は払ってやる!!」
「ええ……?! う、うん、僕ができることなら……」
「よし来い!!」
来いじゃないよ、もう連れて行ってるよ。
ギルマスに攫われながら、ひとまず依頼を受けることはできそうだと、ホッとした。




