71 好奇心と探求心のかたまり
「まったく、どうしてディアンってばあんな風なんだろ」
「るっ」
お鍋をかき混ぜながら、誰にともなく呟いた言葉にグリポンだけが返事をする。
「おー、喧嘩でもしたか? あんなガラの悪いヤツんとこやめて、お姉さんにしなよ?」
……と思ったら、ひょいと顔を覗かせたローラが笑った。
まだ自由に外は行けないので、僕は今日もお食事のお手伝いなどしている。
「喧嘩じゃないよ! ディアンってば、結構……不遜な感じでしょう? なのに、時々なんというか……後ろ向き? こう……日陰に行こうとする感じ」
「あー」
「分かるの?」
カゴいっぱいの野菜を抱えたローラが、ドンとそれを置いた。
日陰が好きならいいんだよ。僕だって好きだもの。
でもきっと、ディアンのそれは、好きとはまた違って。
「まーな。あたしらはさあ、やっぱ孤児だから。あたしはこんなだし、ディアンはあんなだけど、やっぱ、なあ」
「僕も、孤児だよ?」
「そうっ! なのにルルアはなーんでこんなにピュアキラなんだろねえ?! ルルアには孤児らしさってのがねえの! かんわいい!」
ローラがぎゅむ、と僕を抱きしめて頬ずりする。
ものすごく子ども扱いされているようで、ちょっぴりむくれた。
でも、孤児らしさ、かあ。どうしてかな。
……もしかして、師匠がいたからかな。
みんなには、ミラ婆さんがいるけれど……でも、みんなのミラ婆さんだ。
師匠は、僕の、僕だけの師匠だもの。
何となく指輪を見つめて、ふふっと笑った。
僕、大好きを向ける相手がいて、よかった。師匠がいなかったら、こんなに『好き』を持てなかったかもしれない。
きっと、魔力訓練と一緒だ。いっぱい訓練したから、増えたんだ。
ディアンも、もっと訓練すれば変わっていくかもしれないのに。
ふと、手を止めた。
「魔力訓練と一緒……。じゃあさ、外から動かしているのだって、きっと訓練になるよね?! ローラ、ありがとう! 僕、ディアンをしっかり訓練するね!」
「え? ん? お、おう……? 何の話だっけ?」
くすくす溢れる笑みが止まらない。
なんだ、僕ちゃんと意味あることをしていた。
外からいっぱいぶつけて、注ぎ込んで、ディアンの回路を他動的に動かせばいい。
そうしたらディアンも、そのうち発動できるかもしれないじゃない?
どうしても、ディアンが『大好き』なんて言ってる姿を想像できなくて。僕はひとりで大笑いして、ローラを怯えさせたのだった。
「『大好き作戦』はそれはそれとして、表向きは身体強化の訓練をやって行かなきゃだよね」
「……る?」
表向き? と不思議そうなグリポンに、しいっとやった。
もちろん立派な訓練ではあるんだけど。でも、僕にとってはディアンと過ごす大事な時間でもあるからね! つまりディアンは、二重の訓練をするハードスケジュールだ。
魔力循環はやるとして、他の訓練メニューを知るためには、もちろんこれ。
部屋に戻って、ひとつ、ふたつ深呼吸をする。
軽く両手を挙げて、魔力を高めながら詠唱を始める。
「――選書魔法! 僕とディアンに必要な、魔法の本を探して!」
ふわり、と幾重にもヴェールが重なるように、空間が変化する。
選び出された本をしっかり胸に抱え、ありがとう、と笑った。
今回は、3冊。多分、選書空間の中にこういった本は無数にあるはず。厳選に厳選を重ねた結果だろう。
いずれもずっしり重量級の本に、思わずよろめいてベッドの上へ置いた。
1冊は訓練方法をかなり網羅的に記した本、もう1冊は実践編、最後は……ちょっと面白そう。
先に読むべきは網羅的な基礎本だと知りつつ、ついつい3冊目に手が伸びる。
……さすがは選書魔法。
少し読み進めて、感嘆の唸りを上げた。これぞ、まさに今、僕が欲しかったもの。
もちろん、ディアンにとっても効率がいい。これぞWin-winというもの。
僕は、午後から町へ行こうと思っていたこともすっかり忘れ、次々ページを捲った。
「……何の儀式だ」
突如聞こえた声に飛び上がって、不審げな顔をしているディアンに気が付いた。
「び、びっくりした! わあ、もうこんな暗かったの? ディアン、おかえり。儀式って何?」
「それ。何やってんだ」
「何って……本を読んでるだけ」
言われてみれば、無意識に灯したライトの魔法が、周囲に無数に浮かんでいる。
暗い部屋の中、確かに儀式めいて不気味かもしれない。
「ディアンの魔法訓練について、調べてたんだよ。しっかり訓練すれば、きっと魔法剣が使えるようになるよ!」
言った途端、ふいと視線を逸らしたディアンが、分厚い本を持ち上げた。
「特殊な訓練さえこなせば……そう、なれるってのか」
「ううん。訓練がどうとかじゃなくって、ディアンだからできるってことだよ」
「そんなわけねえだろ」
「もう! いいよ、できるようになればそれでいいんだし!」
まったく! ぷりぷりしながら手を伸ばすと、身体を引きかけたディアンが、渋々受け入れる。
密かに体調を確認しつつ、魔力を循環させた。
「あのね、この魔力循環は初歩で土台になるものだけど、応用が色々あるみたい。 やってみたい?」
「……役に立つんだろうな?」
もちろん! にっこり頷いた僕に、不審そうにしつつ頷いた。
「じゃあ、行くよ? ちょっと気持ち悪いかも」
「ぐっ?!」
言った途端呻いたディアンに、あれっ、そんなに? と慌てて魔力を小さくした。
「身体に、何か変な塊があるでしょう? それ、ディアンと相性のあまりよくない『土属性魔力』の塊だよ! 相性がよくないと変な感じがするんだって!」
「てめえ……説明してからやりやがれ!」
それはそう。つい、やってみたい気持ちが逸ってしまった。
本当に、異物感があるんだね! 僕、分からないから羨ましい。
「僕が、この塊をディアンの中で循環させるから。魔力がどんな風に回っているか体感で分かるようにする訓練だよ!」
「これを……?」
「まずは、やってみせるね!」
ごく小さな土魔法の魔力。これを、ゆっくりディアンの中で循環させる。
僕、小さい頃からずっとずっと魔力操作しているから、こういうの得意なんだ!
ディアンにもよく分かるだろうけれど、僕にもよく分かる。僕と違う、ディアンの魔力回路。身体強化に使う回路って、こんな風になっているんだ。感覚的には、僕よりずっと細かく、網目のように全身を覆っている。
「すごい……こんな風なんだね! ねえ、ディアンも分かっ――え?! 大丈夫?!」
顔を上げた僕は、脂汗を流すディアンに驚いて、慌てて土属性の魔力を回収した。
はっ、と息を吐いたディアンが、目を閉じて肩で息をする。
苦悶の表情に、通常の魔力循環で足りないかも……と火の回復を足した。
やっと眉間のシワが薄まった顔に安堵して、おずおず尋ねる。
「ご、ごめんね?! そんなに気持ち悪いの?」
「……体の中を、デケエ虫が無理やり押し広げながら進んでる」
「うええ?! 言ってよ?! もっと魔力を小さくするとか、色々あるから!」
「てめえがまず言え!!」
……次は、もう少し注意してやろう。
『他者干渉下における魔力訓練』の本を手に、僕のほっぺはまたもや引き延ばされたのだった。




