69 追われる背中
みんな、真剣だ。
普段、真面目とは言い難い子たちだけれど、みんなおしゃべりひとつない。
僕が邪魔にならないように、衣擦れの音だけを響かせて教室内を歩く。
そうだよね、可能性っていつだってわくわくするものだ。
「る」
何をしているんだ、とくりりと首を傾げたグリポンに『しーっ!』と人差し指を立ててみせる。
これはね、魔力操作の基礎中の基礎だよ。
まずは、魔力を感じるところまで。
「あ……分かった、かも」
「なんか、ある。これ、合ってる?!」
一人の声をきっかけに、次々に華やかな声が上がり始める。
ほっぺを真っ赤にしちゃって、目なんかつやつやの蜜漬けみたい。
ついつい僕の口元も緩ませながら、賑やかになった教室内をゆっくり巡る。
そろそろ、みんな大丈夫そうかな? と思った時、1人がべそをかきかけているのを見つけて、ローブを翻した。
「どうしたの?」
「……わかんねえ。どの魔石握っても全然、わかんねえ」
くしゃり、歪めた顔に僕の方が目を潤ませてしまい、慌てて瞬いた。
「最初はそういうものだよ。魔石がちょっと小さいから、分かりにくいんだ。でも大丈夫、僕の魔力が分かったんだもの」
「でも、今わかんねえもん」
すっかり唇を尖らせてしまった子が、小さいディアンみたいで自然と頬が綻んだ。
僕より少し小さな手をとって、しゃがみこむ。
机に並んでいるのは、四属性の魔石。属性に固定された魔力が、たっぷり内包されている。
今日は、これを握って魔力を感じ取る、という趣旨になっている。ここには自分の魔力を判定する器具はないから、基礎をやりながら、判定もしてしまおうという魂胆だ。
「俺、属性ないの? 魔法使えないの?」
「属性がないってことはないよ。それは全属性を持っているってことになるから」
ふふっと笑ってもう一方の手も取ると、そうっと少しの魔力を流す。
不貞腐れていた顔に、ほわりと赤みが灯る。ほら、これだけで感じ取れるんだもの。魔力を流す抵抗だって少ない。
途端、方々からブーイングが巻き起こった。
「ずるいー! あたしも後でやって!」
「俺も!」
「じゃあ、後でみんなでやろっか。毎日コツコツ魔力操作するのが大事なんだよ。それができないうちは、こうして外から回すの。誰かができるようになったら、友達同士でできるね!」
魔力を流す回路は、太ければ太い方がいいから。
自分たちでできるようになる、と聞いたみんなが、いっそう魔力感知に熱を入れ始めた。
一方、また俯いてしまった子に、ひとつ魔石を握らせる。
その上から、僕の両手で包み込んだ。
「感じてね? 分かるから」
むっすりしながらも、素直に頷いた子に、ふんわり笑みを浮かべる。
じっと包み込まれた手を見つめる顔は、真剣そのもの。
への字に突き出した唇も、きっと気付いてない。
「えっ……あ」
「捕まえた?」
ぱっと上げた視線が、頼りなく揺れて、そして、徐々に強い光を帯びていく。
もう、大丈夫だろう。
そっと手を離せば、一瞬眉を下げ、そしてきりりと上げた。そう、さすがだ。
カッコいいな、と思う。
そう、さすが、だよ。
ここの子たちは、みんな目指す背中を見て大きくなっている。
きっと、この子たちの最強は、ずっとただ一人。
「分かる、出来た!!」
「ね? 大丈夫でしょう。じゃあ、他のも試してみて。自分と相性のいい属性は、きっと違いが分かるから」
大きく頷いた子は、ほっぺどころかお顔ごと真っ赤にして、次の魔石に飛びついた。
お昼だよ! と大きな声で呼びに来たミラ婆さんが、わらわら教室を出て行こうとする子たちを見守りながら、僕に歩み寄る。
「それで……ちょっとでも、誰か魔法使えそうかい?」
遠慮がちに尋ねるのがらしくなくて、僕はにっこり笑った。
「うん! ちゃんと、みんなの属性が判明したよ」
「そりゃあ……! そうかい、良かったよ」
ははっ、と笑いながら、ミラ婆さんはそっと目尻を拭った。
そして、はたと動きを止める。
「えっ。みんな? え、みんなって聞こえたような?」
戸口からこちらを窺っていたみんなが、ぴかぴかの笑顔で僕とミラ婆さんを見る。
僕は、お辞儀の勢いで思いっきり頷いて、思いっきり大きく笑った。
「そう、みんな!」
僕とみんなを交互に見たミラ婆さんが、ぱくぱく、と口を開けたり閉めたりして。
みんなは、ビックリ作戦大成功とばかりに、わあっと一斉に声を上げて笑ったのだった。
「――あ! ディアンお帰り!」
「あぁ」
ちょうど僕が昼食を終え、部屋の扉に手を掛けたところで、廊下にその姿が見えた。
裾をなびかせ駆け寄る僕にめんどくさそうな顔をして、ぐいと顔面を押しのけられた。なんで?!
「お前、距離が近いんだよ」
「普通だよ?!」
「普通じゃねえわ! 誰が俺にそんだけ近付いてんだよ」
「ミラ婆さん?」
「説教ババアと他を一緒にすんな!」
そうだよね、ミラ婆さんはディアンの特別で……。そっか、みんなはもう一人の最強も知ってるんだ。
そして、ディアンの最強はミラ婆さん? うふふっと笑えば、何も言ってないのに額を弾かれた。
むくれて額を擦りながら、さっさと部屋に入ったディアンに続き、ついでにさっとその全身を確認しておく。なんだかもはや、癖になってしまった。
今日も怪我はなし、と頷いて口を開く。
「今日はね、みんなに魔力感知の練習をしてもらったんだ。ついでに属性がざっくり分かるようになってるから、ディアンも後でやろうね」
「あー」
肯定なのか否定なのか分からない返事をして、ディアンは汚れた服を脱ぐ。森へ行っていたんだろうか。
「森はどう? まだ規制解除まではかかりそう?」
「まだかかるだろ。ただ、通常より早いだろうな」
チッ、と聞こえた舌打ちに首を傾げ、ああ、と笑った。
どこに師匠が関わっているのか、語られるよりもよく分かる。まあ今回は、師匠というかヴェルさんだろうけども。
ひとまず、『嫌なこと』を思い出したらしいディアンの気を逸らすべく、僕の日常に切り替えた。
「それでね、みんなすっごく頑張ったんだよ! 褒めてあげてね?! 今日の授業で全員、属性が判明したよ!」
「なんで俺が……。そうかよ」
いかにも興味なさげにそう言って荷物を下ろしたディアンが、ピタリと止まった。
あ、これは来るぞ。
「……みんな?」
そろり、と振り返ったディアン。
僕はここぞとばかりににんまり笑って、さっきと同じ返事をしたのだった。




