68 ディアン用
「じゃあまず、お手本を見せるよ! 協力お願い!」
まっすぐ見つめてにっこりすると、彼はぎょっと周囲へ視線を配る。
間違ってないよ、ディアンだよ!
きっと教卓まで来てくれないなんてこと、僕だって予想済みだ。
裾を踏みそうになりながら駆け寄って、棒立ちのディアンを捕まえた。
「今から、僕の魔力をディアンに流します! ゆっくり魔力を通すと、回復魔法みたいにあったかくて気持ちいいんだよ」
「俺でやるな、他でやれ!」
「初めてじゃないのは、ディアンしかいないよ!」
ふふ、と飛びつくように腕を回して、ぎゅっとする。
避けるべきか、振り払うべきか逡巡したディアンが、どっちにも動けず捕まった。
そうだよ、みんなの勉強のためなんだからね?
教室内にはささやかなざわめき……戦慄? が広がっている。
僕は得意満面だ。どう、みんな羨ましいでしょう。
じんわり移る温かさが、僕を柔らかくする。
ちっともお返ししてくれないディアンが、師匠と重なって笑みが漏れる。
僕、人と触れ合うのが好きだ。これは、犬由来? それとも、まだ子どもだから? みんなだって好きなんだろうか。
少なくともほら、ディアンだって、好きだと思うのだけど。
つい口角を上げながら見上げたら、わしっと頭が掴まれた。
「痛っ?! いたたた! もう! 離して!」
「俺のセリフだ。早くしろ」
ぎりぎり音を立てるような力に悲鳴をあげて、渋々魔力を流し始めた。
途端、緩んだ力にホッと息を吐く。
「えっと、こんな風に……僕から流した魔力をディアンに通して、また僕に返してます。痛くないし、怖くないから大丈夫!」
「えー、でもディアンだと痛くないかどうかわかんねえよ」
疑り深そうな子どもの視線に、被験者失敗だなと笑った。確かにディアンは、痛みに強いから。
些細な変化を見逃すまいと、真剣な目がディアンに集まった。
「なあディアン、それ本当に――うわ、マジだ。なんかディアン丸い」
「丸い……?」
「うるせー!」
なるほど、丸いとは言い得て妙だ。
昨日ほどリラックスしてくれないディアンは、やっぱり眉間にしわが寄ったまま。だけど確かに、ぶつかったら刺さりそうな雰囲気がない。
だというのに、子どもたちをじろりとひと睨みするもんだから、慌てて視線を下げた。
くつくつこみ上げる笑みを堪えていると、ドスの効いた低い声が響く。
「……てめえ、震えてんのバレバレなんだよ。何笑ってんだ」
そうだよねえ、ディアンの声さえ、僕の身体に伝わってくるくらいだもの。
また頭を掴まれる前に素早く逃れて、くるっと振り返った。
「じゃあ、みんな……ええと、5人ずつくらいに分かれて輪になろっか!」
「輪ってなんだ?」
「こう……手を繋いで」
僕を入れて6人、輪になった子どもたちが、戸惑った顔で顔を見合わせている。
「みんな、準備はいい? そのまま、手を離さないで」
「――え?!」
「わ、わわわわ?!」
ゆっくり、少しずつ流し始めた魔力に、すぐさま反応する子、中々感じ取れずきょとんとする子。
多分、それがそのまま魔法適正の有無になる。
こうしてみると、ディアンは結構魔法の適正あるね。すうっといとも簡単に魔力が馴染んだもの。5人のこどもたちに流した魔力は、それなりに抵抗がある。
多分、魔力回路ってやつが未熟なのも大きいのだろうけれど。
やがて、全員が魔力を感知できただろう表情を見て、循環をやめた。
ほわっとぼやけていた瞳が、ハッと我に返るのが分かる。
「す、すげー! これが魔力!」
「お布団の中みたいだったぞ!」
そうでしょう、なんとも言えない心地よさがあるよね。
にっこり頷きながら、どの子が魔法適正高そうだったか、しっかり記憶しておく。
「おい」
「わあっ?!」
さて、次のグループに……と思ったところで、首根っこを掴んで持ち上げられてしまった。
ぐるりと反転させられた目の前に、胡乱気なディアンの表情。
「やり方が違うじゃねえか」
あ、やっぱり気付いた?
少し肩を竦めて、えへっと誤魔化してみる。
「あれはね、ディアン用だから。そもそも、全員にディアンのやり方していたら、時間かかっちゃう」
「違ぇわ! アレでできんのかよ?!」
「アレって、手をつなぐ?」
そうですねえ。できるかできないかで言うと、普通にできるねえ。
でもね、ぎゅっとする方が安心しない? 僕、師匠もディアンも、近ければ近いほど嬉しいよ?
だから……ここは全力で阻止するところ!
不服そうな橙を見上げて、にっこり満面の笑みを浮かべる。
「そっか。ディアン、僕と手を繋ぎたかった?」
一瞬間抜けな顔をしたディアンが、びしりと眉を吊り上げて牙を剥く。
「言い方変えんじゃねえ! そんなわけあるかよ!!」
「ちょ、ちょっとした冗談でしょう! そんな力いっぱい否定しなくても!」
誤魔化せた気はする。でも、嬉しくないんですけど。
むっすりむくれたところで、僕のだぶついた袖が遠慮がちに引かれた。
「なあ、俺らの授業……」
「あっ、ごめんね?!」
慌ててばたついた僕の身体が、ゆらゆら揺れた。
いい加減下ろして?!
「――やっぱり、それなりに使えそうな子もいるよ! 他の子は難しいだろうけど、ほんの些細な火を出すとか、コップ一杯の水でも役に立つんじゃない?」
「そりゃあな」
子どもたちの名前と適正の程度を書きつけながら、ディアンを見上げる。
その中でも、ディアンはやっぱり格段に上だと思う。
「ねえディアン。僕、身体を鍛える以外の訓練をした方がいいと思うよ」
「はあ? 魔法は使えねえって、てめえが言ったろ」
「うん、放つ魔法は使えないけど、身体能力強化も魔法だから。もっと強くなるよ」
「――ッ」
何気なく、そう言った。ただの事実を伝えた。
でも……ディアンには違ったらしい。
橙の瞳が、ばちっと弾けたように見えた。
呼吸を止めた彼が、神託を待つような目で、まっすぐ僕を見る。
唇を開けて、閉じて、それからゆっくり息を吐き出して。
「……強く、なるのか」
ああ、そうか。
ディアンにとって、『強くなる』ってことは――。
その双眸をしっかり受け止めて、僕は笑う。
「そうだよ、強くなる。僕、ディアンを強くできるよ」
素直なディアンの内側に残るように、今、この瞬間に少しだけ、混ぜ込んだ僕の欠片。
他の誰かではなく、僕で。
いつか、ディアンにとっての寄る辺が『それ』だけではなくなるように。
僕は、力強く頷いて見せた。
隠したものが、決して見えないように。




