67 ルルアの授業
朝を待つ、まだ薄暗い部屋の中。
もぞりと布団の中で身じろぎして、もう二度寝できそうにない自分に苦笑する。
魔法の授業をやるんだと思ったら、なんだか張り切ってしまって。
目を閉じて、ひんやりする空気を吸い込んだ。
町の朝は、森とは違う匂いがする。なんとなくいい匂いがするのは、朝食の支度だろうか。
僕以外の人が、同じ空気の中にいるんだな、とくすぐったく感じた。
でも、耳を澄ませてみれば、もっと近くから。ほら、ディアンの健やかな寝息が聞こえる。
ゆったり吐き出される呼吸の音が、たまらなく温かい。
わけもなく飛び跳ねたくなる衝動を抑えて、そうっと起き上がった。
肩まで布団を引き上げるくせに、両足が丸出しのディアンにくすっと笑う。
緩んだ寝顔は、年相応に柔らかい。ねえディアン、寝ている君はグリポンと同じくらいかわいらしいと思うよ。
言ったらものすごく怒られそうなことを考えて、もしかして僕も眠っていたらかわいらしいのかも、なんて。
朝から、僕はくすくす笑いっぱなしだ。
まったく。真面目に教える内容を考えよう、と傍らの重い本を引き寄せた。
小さい子たちに、魔法の理論なんていらないだろう。まあ……僕はやったのだけど。
でも、やっておけば役に立つのは間違いない。
「でも、そこは魔法を使える子たちだけでいいのかも。じゃあ、まずは魔法使いじゃなくても必要な知識……?」
彼らは概ね全員が冒険者になる。外へ出て狩りをするとは限らないけれど、町中で魔法を使わないと言うのなら、冒険者が外で役立つ知識を伝えるべきかな。
たとえば……そう、魔素災害みたいな。
ギルマスさんとも内容をすり合わせたことが、生きてくるかもしれない。
「だったら、まずは魔石についてかな。それなら、みんな関係あるよね! 魔物と僕らの違いとか、面白いかもしれない!」
「違い? 見た目で違うだろ」
えっと視線をやると、ディアンはずっと起きていたかのように、頬杖をついてこちらを見ていた。
「あっ! ごめんねディアン、僕、独りごと言っちゃってた! あの、おはよう」
「あぁ」
目を開けたディアンは、やっぱり眉間にしわを寄せたような顔をしている。だけど、何となく機嫌がいいような気がした。
微かに首を傾げてじっと見つめると、まともに打ち返す双眸が、ぴたりと僕を捉える。
あれ? 逸らさない。
ぱちっと瞬くと、橙の瞳が眇められた。
「……で?」
「え? ああ! もしかして魔物のこと? もちろん見た目が違うのはそうなんだけど、一番の違いって魔石でしょう? 姿かたちの違ういろんな魔物に共通してあるのに、人や動物、幻獣にないのは不思議じゃない?」
「別に。当たり前じゃねえのか」
もう! 何でも素直に受け取りすぎだよ。もうちょっと、なぜ? って考えてみてよ!
人はともかく、魔物と動物や幻獣なんて、見た目が似通っているものもたくさんいるじゃない。
勢い込んで口を開こうとした時、賑やかに響く金属音が遮った。
朝ごはん! 一挙に弾んでベッドから飛び降りる。
「おい」
「先に、ごはん食べよう! ねえ、じゃあディアンも一緒に魔法の授業を聞いてよ!」
ただの思い付きだったけれど、いいアイディアかもしれない。だって、ディアンがいたら、きっとみんな話を聞くんじゃない?
いかにもめんどくせえ、と言いそうなディアンに先駆け、その手を引きながら畳みかける。
「ディアンの知識にもなるし! あと、きっと身体能力強化系の子がいるんじゃない? その子にはディアンが教えてあげなきゃ」
「は? 教えることなんかねえよ。魔法なんか使ってねえ」
「じゃあ、その無意識でやってることを認知する所からだね!」
む、と引き結ばれた唇に、僕は勝利を確信した。
――ねえミラ婆さん、別にこういうのはやらなくてもよかったんじゃ……。
ディアンが来てくれたのは良かったのだけど。あと、思ったよりたくさんの子たちが来ているのも、なぜかローラまで参加しているのも、別に構わないのだけど。
ほっぺが熱いから、きっと赤いのだろう。
「あははは! チビ魔法使いだ!」
「すげえ、びっくりするくらい似合わねえ~!!」
「うああ~~可愛いっ! ルルアちゃん!!」
意を決して仮教室の扉を開けたら、一瞬の空白の後、遠慮ない笑い声が渦を巻いた。
ぼ、僕だって似合ってるとは思ってないから! あとローラは、きっと僕を動くぬいぐるみか何かだと思っているね。
「静かに! 今のルルアは先生だよ、ちゃんとおし!!」
ミラ婆さんの一喝で、なんとか爆笑はくすくす笑いに変わったけれど、僕のダメージとしてはあんまり変わりない。
そもそも、ちょっと大きいんだよこの服。だぶつく袖と、引きずる寸前のマントに溜息を吐いた。
トテトテぎこちない足取りで教室風に整えられた室内を横切り、一段高くなった教卓らしき場所でぺこりとやる。
途端、かろうじて被っていた大きなとんがり帽子が、見事落ちてきて僕の顔を覆った。
もう……! 大笑いの中、広いつばを両手で押し上げると、一番後ろでディアンまで俯いて震えているのを見て、大いに不貞腐れる。
「静かに! 授業を始めます!」
もったいぶってパンパン手を鳴らしたら、空気を読まずにまた下がる帽子。
ええい、もうやめ! 威厳ある大きなとんがり帽子だったけど、僕の頭よりもきっと教卓の上の方が映えるに違いない。
まだこれからなのに……先が思いやられる。
僕はもう一度気合いを入れ直して、口を開いたのだった。
「――だから、魔石っていうのは魔物にしかないし、魔力蓄積・変動型の生態機能を持つ生き物を魔物っていうんだよ」
ひとつ息を吐くと、大丈夫かな、とみんなを見回した。
どうなることかと思ったけれど、案外みんなきちんと聞いている。
「えー、じゃあさ、弱い魔物を濃い魔素の所に連れて行ったら、でっかい魔石取り放題?!」
「えっと……だからそれが、魔素災害ってことになるかな」
「あっ……」
「魔物強くなったら意味ねえじゃん!!」
そういうこと。あと、魔素蓄積能力は体格に比例するから、基本的に大きな魔石は大きな魔物から。
中々、楽に大きな魔石を、とはいかないね。
きっと、魔物も元は同じ生き物なんだろう。それが、外部の魔素を利用できるように進化した結果、魔物になった。
僕ら循環・恒常型とどっちが有利なのかは、なんとも言えない。
やっぱり魔石や魔物のことは、彼らの生活に直結するからか、反応がいい。口々に意見を言い合うみんなをしばらく眺めて、声をかけた。
「というわけで! みんなで魔力を循環させてみようと思います!」
きょとん、とする顔を見回して、最後に橙の視線へにっこり笑った。




