65 ディアンの代わりに
ギルマスさんとの話が案外長引いてしまったから、僕は焦燥を抱えて教会まで走っている。
だって急がないと、みんな獲物を獲るのが好きって言ってたから……参加しちゃうかもしれない。
ディアンはきっと、現在進行形で参加している知り合いを止めているんだろう。それならまだギルド近辺にいるだろうし。
「ただいま! ねえ、ディアンは?」
「まだ帰ってないねえ」
ちょうどよく門で見かけたミラ婆さんに声をかけると、渋い顔が返って来た。
「まさか、また森へ行ってないだろうね? せっかく命を拾ったのに」
「そんなことは、ないと思うけど……。みんなは大丈夫? 森へ行こうとする子はいない?」
「あたしがなんで、ここにいると思う?」
にやり、と笑うミラ婆さんが頼もしくて、ふわっと笑った。
……そっか。ディアンが、まずこっちへ戻らなかった理由が、ここにある。
「ありがとう!」
「おや、礼を言われるとはねえ」
思わずきゅっと抱き着いた僕に、ミラ婆さんは面食らいながら頭を撫でてくれた。
「ねえ、僕にできることはある? 僕、ディアンの代わりになるよ!」
「はっは、ディアンの代わりねえ……。ふんわりルルアには、ちょーっとばかり荷が重いと思うがねえ?」
「そんなことないよ!」
ミラ婆さんまでそんなこと言う!
目を細めて笑った彼女は、ぽんとひとつ僕の頭を叩いた。
「――よし、僕頑張るよ! ねえ、できるだけ他の子も呼んでくれない?」
両手の平で包み込んだ藤紫のグリポンが、元気に鳴いて羽を震わせた。
途端、花咲くように手の平から溢れていく、色とりどりのグリポンたち。手の平が温かくてふわふわで大変だ。
「うふふっ! ありがとう。あのね、みんなで塀の見回りをしてほしいんだ!」
「「「るっ!」」」
なんだか、まさに『使い魔』として頼っているように思えて、わくわくする。ただのペットじゃないから。ちゃんと使い魔なんだから!
一斉に散っていったグリポンたちに手を振って、僕も持ち場へと急ぐ。
裏門はちゃんと施錠してあるので、出られはしないんだけど……頑張れば裏門も塀も、乗り越えることはできる。
ディアンはこういう時、言うこと聞かない子がいないか、睨みを利かせていたみたいだから。
彼なら、こうしてわざわざ門の前に立つ必要はなかったんだろうけど。
裏門の前に陣取って、目つきも鋭く辺りを見回してみる。もし、出ようとする子がいたら、きつく叱らなければいけない。
「あれっ、ルルア戻ってたのか!」
ふいに声をかけられて振り返った。
ただいま、と返す僕に手を振っているのは、僕と変わらない……というよりむしろ、大きいくらいの子たち。そのせいか、全然お兄さん扱いしてもらえない。
「げっ! じゃあディアンも戻ってんじゃ?!」
「ディアンはまだ戻ってないよ?」
「マジか、今のうちだな」
ホッとした様子の子どもたちが、慣れた様子で裏門に飛びついて――
「え?! ちょっとちょっと?! 待って?!」
「うわ、なんだよ! 引っ張んな!」
大慌てでその背中に飛びついてぶら下がる。……力が強いな。僕ならどすんと落っこちるところなのに。
「何すんだよ、ディアンが帰る前に出なきゃいけねえのに!」
「俺ら忙しいんだよ、ルルアと遊んでる場合じゃねえの」
渋々下りた子どもたちの大層不満げな台詞に、僕こそ憤慨して両手を腰に当てた。
「何見張りの前で堂々と出ようとしてるの! ダメだよ! ミラ婆さんも言ってたでしょ?!」
「……お前、見張りだったの」
「役に立たねえ見張りだな……」
役に立ってますけど! 今!!
「とにかくダメです! 森に行こうとしてるんでしょ? 許しません!!」
ビシッと言ってのけたのに、どうにも怖がられている気がしない。
無言で顔を見合わせる少年たちが、困った顔で頭を掻いた。
「ルルアを振り切んの、簡単なんだよな……かえって罪悪感が」
「誰か残ってやれよ、俺行くぜ」
そう言って一人が再び足をかけると、苦笑した他の子も『悪いな』なんて僕に手を振ってくる。
どうして! 僕とディアンやミラ婆さんは一体何が違うの?!
「ダメ!! 本当に危ないの! 僕とディアンは森で死にそうになったんだから!」
「ディアンが? そりゃルルアがいたからじゃねえの?」
「そっ……うかもしれない、けど」
しゅん、と項垂れる間にも登っていく彼らに、首を振って声を張る。
ディアンなら、どうするんだろう。ええと、きっと……。
「言うこと聞かないと、僕、怒るよ!」
「おー、ルルアが怒るって」
「こえー。つうかもっと静かにしろって! ミラ婆にバレる!」
むっと唇を引き締めて、胸を張る。
じゃあ、仕方ないよね。
「言うこと聞かない子は……実力行使だからね!」
「へえ? 一体どう――ぶわっ?!」
思いっきり水を被った少年たちが、目を丸くしてこっちを向いた。
「そんな恰好でお外に行くつもり?」
「ちょ、冷てっ!」
ふふ、と笑ってもう一度、ばっしゃあ! と水をぶちまける。
どう? 僕には力がないけど、魔法はあるんだから!
「くっそぉお! なんだよ、この水どっから……」
「え、ルルア? これ、お前……魔法?!」
「当たり前でしょ! 僕は、魔法使いなんだから!」
どうしてそんなビックリ顔をされるのか分からない。僕、ずっとそう言ってるよね?!
水を滴らせながら僕を見る子どもたちに、もう一度説教しようとした時、まふっと何かが頬に当たった。
「る!」
「え、もしかして他にも?!」
急げ、と急かされるままに走ると、案の定木箱に乗って塀を越えようとする子たち。
水をぶっかけて引き戻したものの、こんなんじゃ、いつか突破されてしまう。
「ど、どうしよう。僕じゃ、ディアン効果はないみたい……」
「る……」
それはそうだろうな、と言われている気がして頬を膨らませた。
ディアンになれないなら、僕は僕のやり方で、何とかしなきゃ。
……それならば、よろしい。魔法使いの神髄、みせてあげる。
「僕のっ、有り余る魔力を甘く見ないでよねっ!」
さあ、僕はどのくらいできるのかな!
初めて、戦闘以外で思い切り使う魔力に、わくわく口角が上がった。
「――なんだ……これ」
ぼそり、と聞こえた声に振り返って、ぱっと笑みを浮かべる。
「ディアン! おかえり!」
「ちゃんと帰って来たね、上出来上出来」
ミラ婆さんと二人で、門を守っていた僕は胸を張る。
「僕、ディアンの代わりに教会を守ってたから!」
しばし無言で周囲を眺めたディアンが、僕に胡乱な視線を寄越した。
「……へえ? 俺の知らねえ間に、ドラゴンでも来たのか」
「えっ……あの、違うの。ちょっと、張り切っちゃって」
「はっはっは、要塞になったねえ」
そんなに、言うほどでもないと思うんだ……。
僕は、高々とそびえる氷の塀を見回して、少しだけ小さくなった。




