64 オルフェス・リンドラーク
明るい日差しが、ローテーブルを三角に切り取っている。向かいに座った青年が、大きな革に見えるそれをもう一度ひっくり返し、光の中に何かしらの破片がきらきらして見えた。
階下から響く大勢の声が、随分よく聞こえる。
おしり半分腰かけて膝に手を置く僕の傍ら、深々ソファに体を預けたディアンは、退屈そうに窓の外など眺めていた。
「――本物だ」
やっと口を開いたギルマスの第一声がそれで、首を傾げた。
「えっ、偽物だと思ってたの?」
それで、こんなにまじまじと観察していたのか。
何か良くなかっただろうかと悶々としていた僕は、少し拍子抜けてその顔を見上げた。
「へらっとすんじゃねえ! 当たり前だろがぁ! ドラゴンの翼を若造が持ってくるなんざぁ、百発百中でニセモンに決まってるわ! おかしいだろが、なんで本物なんだよ?!」
「そ、そんなこと言われても……。襲われたんだもの」
「ドラゴンに襲われたら死んでるわ!」
それも説明したじゃない?!
一生懸命話したのに、全然聞いてなかったんだろうか。
むすっとへの字口をして、テーブル上の手紙を指さした。
「お手紙、ちゃんと読んでよ! 僕だっていっぱい説明したのに! あと、ギルマスさん、森は放っておいていいの?!」
「いいわけあるかよ! だから今下で対策してんだろうが!」
うん、だからギルマスさんは行かなくていいのかなって。
「……おい、俺はいらねえだろ。帰るぞ」
「いるよ?! 当事者でしょう!」
「ふわふわ説明じゃわかんねぇんだよ! 『ヴェルさんって大っきくて強いんだ♡』じゃねえんだ。ディアン、てめえが補足しろ!」
立ち上がりかけたディアンをソファに押し戻し、ギルマスのあんまりな言いように頬を膨らませた。
僕、もっとちゃんと言ったよ!!
「魔素災害でバークドラゴンまで出て来たってだけだろ。で、たまたまそいつがいたから、逃げられた」
めんどくさそうにそいつ、と手紙を指したディアンに、ギルマスさんが大きな息を吐き出して手紙を手に取る。
「嘘だろ……バークドラゴンよりもコッチの方が驚愕なんだが。俺には『オルフェス・リンドラーク』って書いてあるように見える」
「……そう書いてあるよ??」
一体何を言ってるんだと顔を見合わせた僕たちに、ギルマスさんはもう一度深く溜息を吐いた。
◇
「――じゃあ、師匠によろしくね」
首に掛けたカバンへ手紙とお金と、おやつを入れてヴェルさんに託した。
お金は、バークドラゴンの素材代金だそう。あんな破片だったのに、すごい額になってびっくりだよ。
ヴェルさんが一声鳴いて飛び立つと、音もない羽ばたきで、ぶわり、と空気の塊が押し寄せる。
見る間に高く舞い上がっていくヴェルさんを見送って、大きく手を振った。
「るっ!」
しばらく追うように一生懸命飛んでいたグリポンが、名残惜しそうに戻って来た。
師匠とディアンは全然仲良くならなかったけど、グリポンたちは仲良しで一安心だ。
少し離れてこちらをうかがっていた青年が、ヴェルさんを追うようにこちらまで駆けてくる。
「あれが……ペタルグリフ……! 翼の王者……!!」
「ほらね! ヴェルさん、大きくて強くて、綺麗でしょう?!」
合ってるでしょう。
目を輝かせているギルマスさんを、師匠にも見せてあげたい。いや、師匠はしょっちゅう見ていたのかな。
師匠は貴族の中では『選書の魔法使い』だけど、冒険者の中では『Sランクのオルフェス』なんだね。まさか、ギルマスさんが師匠のことを知っていると思わなかった。
遠く上空で悲鳴が聞こえる。そして、何かが墜落するのが見えた。
多分、ヴェルさんがいるから、飛行系の魔物が町までやって来ない。狂気に冒された体でも、捕食者への本能的な恐怖は残るんだろうか。
「マジでいるのか……あの森に」
「そうだってば。でも、もう冒険者として活躍はできないよ。あと、行っちゃダメだよ、すごく嫌がるから」
「あー、そうだったな。ギルドに知らせてねえくらいだしな」
まだ森の方を見ているギルマスさんが、残念そうに息を吐き出した。
一応、ギルドからのお返事とか必要だろうと思って、門の外でヴェルさんに待っていてもらったのだけど……ギルマスさんがどうしてもついてくるって言うから。ディアンは来てくれないのに。
「ギルマスさんはこのまま、森に討伐に行くの?」
「行くかよ?! 散歩みてえなノリで言うな! つうかバークドラゴンがいねえなら、俺が出張るまでもねえだろ」
ギルドでは冒険者による討伐隊が組まれて、特別依頼に賑わっている。てっきりギルマスさんも行くものだと思っていた。
「ギルマスさんは、あのドラゴンに勝てるの?」
少しびっくりして見上げると、彼は少し瞬いて、フンと鼻を鳴らした。
「バークドラゴン程度なら、パーティ組みゃイケんだろうよ」
「す、すごい……!」
「ふはっ、いいぞお前、もっと褒めろ。気分がいい!」
……そう言われると、なんだかなあ。
得意満面のギルマスから視線をずらして、人のいない街道を見た。
今回の魔素災害は小~中規模クラスなんだとか。森の外へ大量の魔物が溢れる、というところまでは来ていないから、森付近の街道封鎖ですんでいる。
「僕が、もうちょっと早く気付いて、報せていたら……」
「おう、そのことで聞きてえな。なんでそもそも、気付いた」
「だって、魔石が……。あ、そもそもどうしてギルドで注意しなかったの?」
「魔素災害の発生が分かりゃ苦労しねえわ」
でも、魔物の脅威度が上がっていると話していなかっただろうか。
その時点で、魔素災害注意報なんてあればよかったのに。
「魔物の脅威度が上がることなんざ、ちょいちょいある。ボスクラスが出て、統率された時なんか特にな。他所から別の魔物が森へ入っただけでも、生息域が移動して脅威度が上がることもある」
「そっか……。でも、魔物は魔力蓄積・変動型だから、魔石の大きさは指標になるでしょう?」
何言ってるか分からん、とディアンみたいに眉根を寄せたギルマスさんが、僕の背中を押して町へ方向転換した。
「道すがら詳しい話は聞こうじゃねえか。ひとまず、ディアンに託されてんだ、お前を無事届けねえと」
「ディアン、そんなこと言わないでしょう」
くすっと笑うと、ギルマスさんは少し肩を竦めて『どうだか』と片頬を上げた。
だったら、ディアンがついてきてくれればよかったのに。もしかして、既に討伐隊に入ろうとしているんだろうか。
「ねえ、僕も討伐隊に入れるの?」
「入んな。せめて攻撃避けられるようになってから行け」
「でも、もしディアンが行くって言うなら僕だって……」
「アイツはチビ共を止めるために行ったんだろ」
「あっ……」
以前ギルドで、ディアンに声をかけていた少年を思い出した。
そうか。それで、用があるって言ったんだ。
じゃあ僕も、教会の子たちに声をかけに行かないと。




