62 猛毒
「――勝手な……!! あれのどこが、『穏やかな最期』なの! そのために僕を拾ったんでしょう、僕に魔法を教えたんでしょう! 僕のせいで覆されたら、僕は一体、何のために!!」
制御を離れた魔力が、渦を巻いて周囲をざわつかせている。
魔法を使えない身にも感じる、凄まじい魔力量。溢れだすその圧迫感で、呼吸しづらい。
きっちり正座して俺を睨み据える瞳は、穏やかを象徴するようだったあれとは別物のよう。
……怖ぇえ。
こいつ、怒ったらこんな怖ぇえのか。
とうに逃げたヴェルを恨みながら、ビリビリくる圧から視線を逸らす。
「……うるせえな。念願叶うのが、ちっとばかり早まるだけだろが」
「嘘! 分からないと思う?! 師匠の『願い』は、そっちじゃない! 『穏やかな』の方でしょう!」
バシッと打ち返された言葉に、つい呻いた。
……そう、なのか。
言わなかっただろうが、そんなこと。
早く最期が来ればいいと、そう言っていただろうが。
俺だって、そう思って。
「どうせ、死ぬことに変――」
「何でもすぐに諦める! どうせ死ぬんでしょ! じゃあもっと頑張ったらいいじゃない!」
ぼたぼた泣きながら、ルルアは喉が破れるんじゃねえかと思うほどに声を上げた。
「短いなら、その分頑張らなきゃいけないでしょ! いっぱい、いっぱいやりたいことをして、あれも、これもまだやりたいと思いながら目を閉じてよ!!」
「……っ」
睨みつける視線から目を伏せて、僅かに苦笑した。
……勝手言いやがる。
じりじりと、胸が灼ける苦しさに息を吐く。
やっぱりコイツは、残酷なヤツだ。それが、どんなに――。
「今、僕はそれを感じてるからね?! ずっと、ずっと感じてる! 師匠がいなくなった後も、ずっとだからね!!」
は、と息が止まった。
「……知るかよ。てめえが勝手に」
「そう、だから……僕も知るかよ! 僕は、師匠に楽しいことを話す。お土産を持って来る。治療の可能性を探す!」
ガキが……。
俺を苦しめる猛毒が、その柔らかく小さな手で注がれる。
濡れてもぎらつく瞳が、ひたと俺を見据えて離れない。
「おい、ルルア……」
ふいに聞こえた第三者の声に、ルルアがハッと我に返って振り返る。
「そろそろ、そいつ死ぬんじゃね? 俺はいいけどよ」
嘘のように、スッと魔力圧が消えていく。
ぎゅ、と唇を結んだルルアが、俺を見て無言でほろほろ雫を落とした。
「……もう、二度と許さないから!」
「……」
「返事をして!」
「…………おう」
飛びつくようにしがみついたのをかろうじて堪え、後ろへ手を着く。
やかましく響く泣き声の外から、『貸しだ』と小さく聞こえて舌打ちをした。
◇
以前は考えられなかったほど、たくさんの具材が入ったスープ。
ほどけるほどに煮込んだお肉なら、きっと食べられるだろう。
「クア!」
「うふふ、ヴェルグラースさんも待ってね」
前脚を踏みかえ踏みかえそわつく幻獣が、大人しく尻をついて座った。
これが、ペタルグリフ。
猛禽と猛獣を掛け合わせたような頭部に、獣の身体。
鳥と言うよりもドラゴンにも似た前脚に、獣の脚。
堂々とした体躯に、古代魔法文字を操る知能をもつ、美しい幻獣。
傍らを飛んでは、鍋に引きよせられていくグリポンとは、確かにあんまり似ていないかも。
ふわふわ毛並みに頬を寄せ、くすっと笑った。
「ねえディアン、ヴェルグラースさんのお家を作ろうよ!」
「は? 俺?」
「土魔法がメインにはなるけど、重い木を使ったりも必要でしょう?」
大きな三角耳をピピッと動かして、ヴェルグラースさんが期待に瞳を輝かせる。
僕が来た頃には既になかったけれど、元々彼の家は庭にあったらしい。
家の中に入ってもらうには、少々手狭なので今日の夕食は外!
ソファやテーブルを持ち出して、みんなで食べるんだ。
「獣は獣らしく庭で寝てりゃいい。嫌なら帰れ」
「クルルァ!」
フン、と鼻を鳴らす師匠は、相変わらず素直じゃない。
僕、師匠がそんな風に誰かと話しているのを、初めて聞いたよ。
対等、っていうのはこういう感じなのかな。
「とりあえず、食っていいか」
「いいよ!」
待ちきれなくなったディアンの声に返事すると、みんながそれぞれ器へ向かった。
大きなお肉を思い切って頬張ると、あっと言う間にほどけて顎を肉汁が伝う。
はふっと熱い息を吐いて、しっかりスープを吸ったお肉の柔らかさを味わった。
「うわあ……おいしい……」
さすがに、塩漬け肉ともゲルボのお肉とも違った。
噛みしめることもできずに、とろける歯触りが惜しいくらいで。
角の取れた根菜も、スープの色に染まってほくりと崩れる。
痛かった喉が、徐々に柔らかく潤っていく。
おなかがほくほく温かくなって、じんと目が痛い。
ほっぺが、まだぱりぱりしている気がする。
また目をこすろうとして、その手がビンと弾かれた。
痛いんですけど! むっと見上げても、ディアンは素知らぬ顔で肉を頬張っている。
なんだか、変な感じだな。師匠と僕と、師匠とヴェルさんと、ディアンと僕と。みんなでごはんを食べている。
ガツガツ気持ちよく食べるディアンとヴェルさんを見ながら、ちびちびスープをすすっている師匠に目をやった。
「師匠、器に入ってる分は食べてね?! お肉もスプーンでほぐれるから!」
「……」
不服そうな顔をするものの、さすがに今日は空腹感があるのか、大人しくお肉をつついている。
師匠が、まだあれだけ動けたことにビックリだよ。ひとまず、僕はほぼ寝たきりだった病床の師匠よりも鈍臭いことを知った。
じっと師匠を見張っていると、ずしっと片手が重くなった。
え、と目をやればいつの間にか具が増えている。
「ディアン?! 僕、自分で入れられるよ!」
「てめえもそのくらいは食え」
「た、食べるよ?! でも、ほら、今日はスープ以外にも色々あるから……」
「色々、も当然食うな?」
「え、う、うん……」
ちらちらテーブルの上と、お椀山盛りのお肉を見て汗を垂らす。お腹はすいているけど……でも、僕のお腹はディアンみたいに大きくないんだよ!
ふいに浮かんだ古代魔法文字に、思わずヴェルさんを見てにっこり頷いた。
これはいい。ディアンは読めないから、こっそり――。
「ヴェル、甘やかすな。俺には食わせるくせに」
はん、と師匠に鼻で笑われ、項垂れる。
じゃあ、師匠もちゃんと食べてよ?!
若干頬を膨らませながら、勢いよく頬張ってみせる。
ぴくり、と眉を動かした師匠が、対抗するようにがぶっと頬張った。
僕らの頭上には、鍋から漂う白い湯気が、ふわふわ夜空に浮かんでいた。




