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【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~  作者: ひつじのはね
第三章

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58 魔素と魔物

「僕、森に住んでいたけど、この辺りになると全然分からないな……。ディアンはよく分かるね?」

「分からねえでどうする……」


朝からの快晴を通りすぎ、ディアン効果の切れてしまった空には、徐々に雲が増え始めた。さすがに雨は降らないだろうけど、思ったより早く暗くなってしまうかも。暗闇は、人間に不利すぎる。

でも、こうしてディアンの案内で行く森は、あの時の不安定な森とは全然違う。暗くなるのと到着が同時くらいかと思っていたけれど、きっと大丈夫。


「もう結構来たよね? 思ったより早く到着できるよね!」


切り捨てた魔物を拾い上げたディアンに、収納バッグの口を開けて差し出した。

僕が魔法を使うと、ちょっと獲物としての質が落ちてしまうものだから、もっぱらディアンが魔物を倒している。もっと素材の勉強をしないといけないね……。


「魔物避け、使う?」

「使わねえよ。勿体ねえ」


獲物は、獲れる時に獲るらしい。

でも、この調子だと到着までに結構な襲撃に遭うと思うんだけど。

気休めに回復魔法を使おうと思ったけど、それも『勿体ない』と言われてしまった。


「魔物、多いんだね……。以前は魔物避けの効果が凄かったんだね」


それでも、あんな群れに襲われるくらいだもの。

師匠の家は、そこまで奥地じゃない。あの時ディアンが襲われていたトカゲが、個体として一番強いあたりじゃないかな。

それでも、思っていたより随分危険なんだと気を引き締める。


「いや、多い」

「え?」

「魔物。急ぐぞ」


眉根を寄せたディアンが振り返って僅かに逡巡し、足取りを速めた。


「魔物、いつもより多いの? そういう日もある?」


また僕が魔法を押さえすぎていただろうかと慌てたけど、そうではなさそう。


「ある。厄介だ。手応えも違う……なんでだ」

「手応えって?」

「違う魔物みてえな……たまにいる、デカめの個体みてえな感じだ」

「個体差あるもんね?」


普通のことじゃないんだろうか。

首を傾げて駆け足する僕に、ディアンも訝しげな顔をしている。


「個体差はある。けど、個体差の上限ばっか出てきやがる」

「それってもはや、上限じゃなくてそれが普通って言うんじゃ……」

「そんないきなり魔物の強さが上がってたまるか!」


そんなこと言ったって。実際、そういうことはあるじゃない。


「でも今、魔素が濃いでしょう? じゃあそうなるのも想定内じゃない?」

「は? なんで魔素が……」

「なんでって、自然と濃くなる時ってあるじゃない。ディアンだって言ってたでしょう、ゴブリンの魔石、揃って大きいって」


足を止めたディアンが、僕を見下ろした。


「……どういう意味だ。今、魔素が濃いのか」

「分からないけど、どの魔石も大きくなってるなら、そうじゃないの? 魔物が強いのも、濃い魔素の進化圧じゃないの?」


ディアンが、息を呑んだのが分かる。

硬い表情を見上げ、僕も口をつぐんだ。

何か、マズイことが起きている――それだけは伝わってくる。

バッと来た道を振り返ったディアンが、舌打ちして急に動いた。


「わっ?!」

「引き返せねえ! 魔物避けを使え!」

「え、う、うん!」


何か、恐ろしいことが起こる。

小脇に抱えられてもみくちゃになりながら、必死に魔物避けを取り出した。


「野郎のシールドは、信用できんだろうなぁ?!」

「師匠、の?! もちろん、だよっ! 破られた、ことなんてっ、ないっ!!」


猛然と駆けるディアンの、荒い息遣いが聞こえる。

自分で走るとは、言えない。


「一体、なに、がっ?!」

「魔素災害っ……! クソ、気付かなかった!!」


魔素災害……? 魔素が増えたこと? でも、人間は魔力恒常性があるはず。

影響を受けるのは、魔物だけのはず。

もう一度口を開こうとした時、ふいに拘束が解けて、藪に放り投げられた。

――グルアァッ!

思わず目を閉じたと同時に聞こえた、激しい唸り声。


「ディアン!」

「構えろ! 木を背にしろ!」


飛び掛かって来た魔物を足で止め、押し返す勢いで踏み込んで一太刀――!

悲鳴を上げて転げた魔物が、すぐさま跳ね起きた。

ディアンの倍ほどもある魔物に、一気に心拍数が上がる。


「僕は放つ、炎の矢!!」


加減なく込めた魔力の矢で、魔物は断末魔とともにゴッ、と燃え上がった。

周囲の温度がぐっと上がり、弾けた木の枝がパチパチ音を立てた。


「気ぃ抜くんじゃねぇ!! 走れ!」


ほ、と力の抜けた僕を怒鳴りつけて、ディアンが僕を引っ張った。

言い様のない胸のざわつきに呼応するように、森も、ざわめいている。

遠くで、悲鳴が聞こえた。

近くで、唸り声が聞こえた。

ギィン、と鋭い音が、目の前で聞こえた。


「……クソがあっ!」


どこから現れたのか、僕には見えもしなかった大蜘蛛。

その牙を受けとめ、力任せに投げ飛ばす。


「僕は放つ、水のっ、槌!!」


――怖い。

森が、急に大きな音で満ち始めた。

木がへし折れる音、藪が踏み荒らされる音。

魔物とも人ともつかない悲鳴と、獰猛な鳴き声。


「ディアン、ディアンっ……! なに、これ何?!」

「うるせえ、集中しろ!」


もう一体の蜘蛛を切り捨て、再び走り始めるディアンを必死に追いかける。

鼻をつき始めた、折れる生木の匂い、土の匂い、獣の臭い。

生き物の、引き裂かれた臭い。

どんどん濃くなっていく音と匂いが、僕の呼吸を浅くする。

汗の吹き出す顔が肩越しに僕を振り返って、言った。


「クソ――狂うぞ、魔物が」


その瞳の色に、僕は口の中が干上がっていくのを感じた。

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