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【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~  作者: ひつじのはね
第二章

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55 不安定

なんだか沈んでしまったギルマスさんと別れ、魔物避けをひとつだけ買ってきた。

でも、もしかして使わないかもしれない。

冒険者は、基本的に魔物避けを使わないんだって。だって、魔物を狩る側だから出てこないと困るみたい。

よっぽど遠出をするときくらいね、と言われてしまった。

つまり、自分で対処できる範囲内を見極めて動きなさいってこと。

確かに、それはそう。

でも、今回は狩りに行くんじゃなくて、家に帰るんだもの。


準備が整うにつれ、逸る気持ちが抑えきれなくなってきた。

ねえ師匠、いっぱいお話することがあるよ。お土産もあるよ。

ねえ、楽しみにしていて。

きっと、『うん』とは言わないだろう師匠の不機嫌顔を思い浮かべて、くすくす笑う。

――と、ふいに激しい音をたててギルドの扉が開いた。

危うく弾き飛ばされるところだった僕は、ドカドカ入って来た人たちを避けようと、ぺたんと尻もちをつく。


「治癒室を! 回復薬を準備してくれ!」

「ええ、手前の部屋へ!」


ちらりと見えたのは、冒険者らしき装いの、ぐったりした人。

サッと表情を引き締めたギルド員さんが、テキパキと案内し、他の人が瓶を抱えて走って行った。

大怪我、だよね。僕は……行っても役に立たない。

でも、ドキドキと胸の中が落ち着かないのは、どうしようもない。

大して表情も変えない周囲の冒険者さんたちが、ぼそぼそ話す声が聞こえた。


「またか……最近、物騒だな。ありゃ高くつくぞ」

「薬代で報酬がぶっ飛んじゃあ、意味ねえわ。獲物の質はいいがなあ……潮時ってとこかな」


回復薬……中級くらいなら、そこまで高級品じゃない。でも、あの大怪我では……。

助かる手段が……治せる手段があるだけ、いいなとは思ってしまうのだけど。

少しだけ目を伏せた後、運ばれていった彼が無事でありますようにと願う。


ふと、ディアンも回復魔法を望んでいたことを思い出し、頷いた。

今、こうして胸を占める気持ちを、解決する手段が僕にはある。

森へ行くまでに、猛特訓だ。

帰ったら、さっそく選書魔法で――そこまで考えて、ハッと時間を確認する。


「あっ?! 早く帰らなきゃ!」


時刻は、とっくに昼を過ぎている。

慌てふためいて教会へ駆け戻り、何でもなかったように呼吸を整える。

ディアンが出かけていますように、と祈りながら、そうっと部屋の扉を開けた。


いないかな、と安堵しかけたところで、ビクっと飛び上がる。


「ディ、ディアン? 何してるの?」


気配を潜めるように、壁の影と一体化して座っていたディアンが、ハッと顔を上げた。

あんまりじっとしていないディアンが、ああして静かに座っているのが不自然な気がして。

ベッドに乗り上げ、大急ぎでその顔を覗き込む。


「どうしたの? 体調が悪い?」


ぺた、とおでこに手を当てると、ディアンの身体が大げさに跳ねた。


「……触んな。別に、何もねえ」

「そう? 大丈夫ならいいんだけど……。あ、僕お昼とってくるね!」


ぷいとそっぽを向いて手を払われ、念入りにその全身をチェックしておく。

大丈夫、どこかで喧嘩してきた様子もないし、おでこも熱くなかったし、問題はなさそうかな。

あとは、ごはんが食べられるかどうか。


――本日の昼食は、またもやゲルボのお肉だったけれど、当然僕に否やはない。おいしいよ、お肉。

弾む足取りで部屋まで戻ると、ことさらそっと扉を開けてみる。

……やっぱり、変だよね。ぼうっと外を見ているディアンを確認してから、ガチャリとノブを鳴らして扉を開けた。


「お待たせ! ディアン、このくらいで足りる?」


ちらっとお皿を見て返事がないってことは、大丈夫って意味だ。

隣に腰かけ、無言で手を伸ばすディアンを見上げた。


「……大丈夫?」

「何が」

「元気、ない気がして」

「てめえと一緒にすんな。いつ俺が元気だったんだ」

「そういう元気じゃなくて!」


フン、と鼻を鳴らしたディアンは、いつも通りに見える。

わしわしお肉を頬張る姿を見て、ちょっと安堵してパンをかじる。


「あのね、もし何かあったら力になるよ? 僕、頑張るから」

「何を」

「えっと、いろいろ……? だ、だから悩みとか心配事とか、ちゃんと言って!」

「てめえに?」


まるで思いもよらないことを聞いたような顔で、橙の瞳が僕を見た。

えっ、と瞬いて、僕もその瞳を見つめ返す。


「もちろんだよ……? だって、パーティメンバーだよ? 僕はディアンに言うし、ディアンも僕を頼ってよ」


……だから、なんでそんな顔するの! 

そんな、『理解し難い言葉を聞いた』みたいなキョトン顔をさ!

僕、当たり前のこと言ってない? むっすり頬を膨らませると、ようやく自分の表情に気付いたらしいディアンが、いつもの不機嫌顔に戻って視線を逸らした。


「はっ、お前に言えることなんかねえわ。てめえこそ、俺に相談なんかしてねえだろ」

「そうかなあ?」

「そうだろ。……お前が何を望むか、俺は知らねえ」

「望み? 僕の?」


呟くような声音で零れたセリフが、ディアンらしくない随分抽象的な言い回しな気がする。

不思議に思いつつ、にっこり笑ってディアンの服をつかんだ。何となく、逃げないように。


「ちょうどよかった! じゃあ言うね? 僕、近々師匠の所に顔を出しに行くんだ! だからディアンも一緒に連れていくね!」

「…………は?」


じっと耳を澄ませる様子だったディアンが、だいぶ遅れて間抜けな顔をした。


「ひとまずこれが今の、僕の望み! ありがとう、ディアンが嫌がるかもって言いあぐねてたんだよ。聞いたってことは、叶えてくれる気があるってことだよね!」

「そういう『望み』じゃ……勝手に決めんな!」


なんだろう、今までのディアンと違う気がする。

てっきりあると思った、『絶対行かない』という激しい拒絶がない。

まあ、そう思った上で僕は、一緒に行くつもりだったのだけど。

なんだか、楽勝で連れていける気がしてきた。

なんとなく、ギルマスさんが言った『不安定』という言葉が頭をよぎる。

少し首をかしげて、揺らぐ橙を見上げた。


「僕も、ディアンの望みを知らないよ。ディアンも言ってよ!」


ね、と微笑んだ僕を見たその顔は、ちょっと想定外だった。

す、と息を呑んで。

僅かに見開いた瞳。強張って力の入った口元。

……ねえディアン、何が怖いの?


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