49 幻魔物
ゴブリンは、素材にならないらしい。
だけど、人里近くでは最も人の被害が多い魔物らしくて、討伐すればギルド、もとい町からのささやかな報酬が出るのだとか。ネズミの駆除みたいなものかな。
ディアンが、取り出した7個の魔石を僕に渡した。
「薬草よりはマシって程度にはなる」
「そうなんだ……冒険者って厳しいね」
「る!」
グリポンと一緒に、手の平に転がる小さな7個の石を見つめた。
魔力調整・恒常型の僕やグリポンとは、絶対的に違う部分だ。魔力蓄積・変動型の生き物、つまり魔物の証である、魔石。
「運がいい。ゴブリンの割にでけえ」
「え、これで大きいの?」
「ちょっとな」
どうして大きい方がいいのかと思ったら、ゴブリン魔石は大量に持ち込まれる場合があるので、重さで金額が決まるからだそう。
効率的だな、と思いつつ首を傾げる。
「でも、どれも同じくらいの大きさだよ? 全部の魔石がちょっと大きいってこと?」
「ああ」
「えっと……それって大丈夫?」
ディアンが全然気にしていない風だから、また僕が勘違いしているのかなと口ごもる。
早く言え、と急かす瞳に促され、おずおず聞いてみた。
「つまり、このゴブリンがいる付近の魔素が増えたってことじゃない?」
「は? 何の話だ」
「あの、魔素が多いと、魔物が強くなって危なくないの? と思っただけで……。でも、少し増えたくらいじゃ大差ないもんね! そういう時期なのかな」
訝しげな様子に、やっぱり気にすべきことじゃなかったらしい、と誤魔化した。
たまたま、個体差的に優位だった個体が集まってたのかもしれないし。
「そこじゃねえ。魔素が多けりゃ魔物が強いのは知ってる。魔石と、何の関係がある」
「だって、全部の魔石が少し大きいんでしょう? だから――」
言いかけた時、ディアンが素早く空を仰いだ。
慌てて上を向くと、何かが飛んでいるのが見える。
ピィ―っと澄んだ音が響いた。あ、これは……
「ディアン、幻魔物だよ。僕かディアンに用事があるみたい」
「は? 幻魔物って何だ。見たことねえ」
「見たことない? お手紙とか、お届けものによく使う古代魔法の一種だよ。高位の幻獣素材から作られる……一時的な疑似生物みたいな? あ……僕に用事かな。切っちゃダメだよ、どうせすぐ消えるから」
両手を差し伸べると、上空を旋回していた白いものが、ゆっくり下りてくる。
遠目からだと、本体のない羽だけが宙を飛んでいるよう。お手紙じゃないから……何だろう。ここから見えないくらい小さな物?
「何だこれ、気持ち悪ぃ」
「ええ……綺麗でしょう」
生き物ではない造形が、気持ち悪いと言えばそうなんだろうか。僕、そんな目で見たことなかったよ。
ただ、ディアンの目の前を横切るところまで来ても、運んでいるものが見えない。
僕の手の平に、ふわ、と下りて来た羽が、確認するように一度羽ばたいてから着地した。
手の平に、僅かに何かが触れた感触。
「ルルアが受け取ったよ、ありがとう」
にこっとすると、柔らかな光を帯びた羽がもう一度羽ばたいて、ほどけるように消えた。
手の平の上には、小さな丸い物。
「え、これ……」
「指輪? なんてことねえ指輪だな」
ディアンがそう評して手を伸ばしたのを、思わず遮るようにぎゅっと握り込んで胸元に抱え込む。
僕……これを知っている。
「どうした」
「これ……これ、師匠のだ」
「あいつの? なんで――ああ」
一瞬、悟ったような顔をしたディアンに、思い切り首を振る。
「ち、違うよ?! スぺアなの! 師匠の指輪の……スペアだ」
「なんで今さら、小汚ねえ指輪なんか」
急に指輪の評価を落としたディアンに苦笑しながら、そっと自分の指を眺める。
どの指がいいかな。師匠は確か――
そっと、通した左の親指。
僕には親指にだって大きいかも。そう思ったのも束の間、魔法のかかった指輪は、スッと縮んで以前からそこにあったように馴染んでそうそう抜けなくなる。
本当にシンプルな、銀色の指輪。
うっとりと眺めて、ほんのり口角を上げた。
「ここに……詰まってるんだよ。世界の、本が」
「……は?」
不満そうな顔をしていたディアンが、虚を突かれたような顔をする。
これは、師匠の魔道具。
師匠の指にいつもはまっている指輪の、スペア。
膨大な蔵書をもつ選書空間に入るための、鍵。
選書の魔法使いが、選書を行うために必須の道具が、僕の手にある。
そっと握り込んで、大きく息を吸って、吐いて。確かにそこにある金属を確かめた。
「ねえディアン、これなら君に選書ができる。やっても、いい?」
戸惑う彼を見上げて、その朝日のような、夕日のような橙と視線を絡める。
「僕、これを使った最初の選書は、ディアンがいいな」
重い視線をゆっくりやわらげて、にこっと笑みを浮かべた。
瞬いたディアンが、少し気まずげな顔をする。
「別に……俺は本なんか読まねえし。そんな大層なもん使うのは、よくねえだろ。不発に終わるぞ。選書っつうのは、俺が読みたい本を選ぶ魔法だろが」
「大丈夫、選書空間においては、本が選ばれないことなんかないよ。それとね、ディアンに読みたい本があるなら、もちろんそれが選ばれるだろうけれど。この魔法はね、それだけじゃないよ」
魔力を練り上げ、もう体に染みついた古代魔法の文字列を、順番に浮かべていく。
「選書魔法が選ぶのはね、『必要としている本』だよ。きっと、ディアンの役に立つ本があるから」
「……」
嫌とは言わないのを確認して、僕は魔法を組み上げていく。いつの間にか3体になっていたグリポンが、煌めく金色の古代魔法文字の中、くるくる嬉しげに舞っている。
ふわふわ、魔力圧で揺らぐ髪と服。
目を丸くしているディアンに、にっこり微笑んだ。
綺麗でしょう。僕の好きな魔法は。
何度見たって、感動するでしょう。だって僕、今でもそうだもの。
左手の親指に視線を落として、呼応するように輝く指輪を見つめる。
師匠、どうして今。
もしかして、僕が戻ってこないと思ったから?
お手紙を、読んだのでしょう? それなのに?
会いに、行こう。
もう少し後でと思っていたけれど、こうなってはすぐにでも行かなくては。
ディアンは、きっとついてきてくれるから。
またたきもせず、僕を見つめる瞳に視線を返し、ぱたんと両手を閉じた。
「――選書魔法! ディアンに、今……必要な本を教えて!」
広がった金色の光の中、ディアンの視線は、しっかり僕に向いていた。
遅くなってすみません!
いつも読んでいただきありがとうございます!!




