48 使えるかどうか
ひとまず、僕は武器で戦うに向いてなさそう。
それが分かっただけでも、収穫だ。そうに違いない。
「じゃあ、護身用と普段使いできる、ナイフとかがいいかな?」
「相当小さいのにしとけ。てめえ、コケて自分で刺しそうだ」
「そんなわけないでしょう?!」
……とは言うものの、こんなに足場の悪いところで使うんだもの、用心にこしたことはない。
僕が買いに行くのは武器屋じゃなくて日用品のお店かも、と切なくなる。
そして、小さい魔物って結構いるんだな。襲われたところで、多分痛いですむと思うけど、あちこち齧られながら歩きたくない。
足にかじりつこうとした虫に気付いて、もらった棒でバシバシ叩く。その隙に、高く跳んだバッタのようなものを、ディアンが切った。
「てめえ、気ぃ張りやがれ! 小物がうぜえ!」
「えっ、これ僕のせい?!」
イライラしたディアンに頬を掴まれ、思いもよらないセリフに目を瞬いた。
この魔物たち、そんなこと分かるの?!
「気を張るって……僕、緊張してるよ?! これ以上どうやるの?!」
「知るか!」
でも、確かにディアンに襲いかかってはいない……気がする。
一体何をもってこの脳みそもないような虫が、僕を弱いと判断してるんだろう。絶対、僕の方が強いでしょう?!
ちょっと腹を立てながら考えた。
小さいから、なんて言われてしまったら元も子もないけど、ディアンの様子からして、原因はそれだけではなさそう。
僕の力……魔力しかないけど。もしかして、ピタリと押さえすぎなんだろうか。
魔力すら感じなければ、確かに僕はただのひ弱な子ども。
「張るより……緩める方かも? あ、気は張るよ! コントロールをね?!」
じろりと睨まれ、慌てて付け足した。
そうして、きっちりコントロールしている魔力を、少しだけルーズに。
漏れ出る魔力を、果たして魔物は感じられるんだろうか。
そう言えば、ディアンは魔法使いじゃないけど、自然と魔力を補助に巡らせている。魔物がそれを感じているなら、きっと効果があるはず。
ディアンが、僅かに目を細めた。
「……何した? それでいい。少なくともただのエサじゃねえって分かる」
「ディアンも分かるの?! なんで?!」
「知るか」
再び歩き始めた僕たちは、その効果をすぐに実感することになった。
全然違う……。ピタリと襲撃が止んで、歩きやすいことこの上ない。
そっか、こういうコントロールも必要なんだね。外へ行くときは気を付けよう。
「――ここらなら、いいだろ」
「なにが?」
ふいに足を止めたディアンが、周囲を見回した。
さわわ、と流れる風が、黒檀の髪をかき混ぜて流れていく。
ディアンは、外が似合うね。
『生き物』らしさ、というか。最初に会った時も思った、生きる意志の強さというべきか。
それが褒め言葉なのか、ちょっと自信がなくて言わないでおく。
僕は、ディアンの魅力だと思うのだけど。
「魔法。お前、何ができる? 知らないと俺が使えねえ」
「あっ、そっか! 風と回復は知ってるよね、あとの魔法も、見せるね!」
つい心が弾む。
ディアンに、魔法を見てもらえる。
僕が、頑張って来た成果を。
とは言え、基礎しかないのだけども。
「えーと、火をつけて、水で消して……という流れでいいかな!」
青々とした草は、そうそう燃え広がりはしなさそうだけど。
きょろきょろ見回して、少し離れた位置にある大きな岩を標的に決めた。
「いい? いくよ? 詠唱は省略でいいよね?」
どきどきしながら振り返ると、早くしろと頷かれた。
えへ、と頬を緩めながら、標的へ向き直る。
張り切って魔力を練り上げると、すう、と息を吸い込んだ。
「――僕は放つ、炎の矢!」
どっ、と岩に当たって弾けた炎が、岩を黒く焦がして周囲へ火の粉を散らす。
草と、岩の焦げる妙な臭いが鼻をつく。
そして、響く悲鳴。
「えっ? え、ごめん?!」
「ごめんじゃねえわ、追撃!」
岩陰から飛び出してきた複数の魔物に肝をつぶして、思わず魔法を止め、ディアンに怒られた。
咄嗟に、準備していた魔法を発動する。
「ぼ、僕は放つ、水の……槌! 水のっ、槌!!」
歯をむき出して駆けてくる魔物へ、真上に振りかぶった手を思い切り振り下ろし、そして薙いだ。
真上からの圧倒的水圧を受け、一体がその場に沈む。さらに、真横からの急襲を受けた一体が吹っ飛んだ。
二足歩行の魔物……これが、ゴブリン?!
「行け、まだいる」
静かなディアンの声に、爆発しそうだった心臓が少し大人しくなった。
草間に見え隠れする残りの数は、僕には分からない。
「うんっ……! 行くよ、土の……つぶて!!」
バババッと激しく草を揺らす音と共に、つぶてにはじき出された魔物が2体、飛び上がって転がった。
……もう一度、二度、念のために周囲へ放ったつぶてで、さらにもう一体。
ふう、ふう、息を吐いて、油断なく手を付き出したまま見回した。
……大丈夫、かな。
「はっ、6体、瞬殺かよ。……後ろが死ぬほどがら空きだけどな」
「え?」
振り返ると、すぐ後ろに切られた魔物が転がっていて、度肝を抜いた。
「あ、ありがとう……びっくりした」
「俺の方がビックリだ。いきなり魔物に攻撃しやがって」
「言ってよ?! かわいそうじゃない!」
「気付くだろフツー! かわいそうなワケあるか! そもそも俺らを狙ってるわ!!」
それはそれで教えて?!
ディアン曰く、僕が魔法を披露し始めたら逃げるだろう、との魂胆だったらしい。
ごめんね、直撃させちゃって。
「威力、おかしくねえか。初級魔法って、一撃必殺じゃねえだろ」
「それは、魔力にもよるんじゃない? 初級に込められる魔力量は無限じゃないけど、ある程度増減はできるよ」
あとは、練度も。僕、練習したよ、いっぱい。
今となっては、初球をそこそこに、次の中級魔法をやればよかったと思うけれど。
ディアンは、なかば呆れたように転がる魔物を見渡している。
そわそわしながら、その顔を見上げた。
「あの、それで僕……どう? ディアンの、武器になる?」
大丈夫、と言って。
期待を込めて見上げる僕から、ふいと視線が逸らされた。
「……めちゃくちゃ扱いの難しい武器、寄越しやがって」
ぼそりと零れた声は、それでも風に流れず、しっかり僕の耳に届いた。
ふわっと、満面の笑みが浮かぶ。
「慣れれば大丈夫! きっと、強力な武器になるよ!」
「慣れんのは俺かよ!」
緩み切った僕の顔とは裏腹に、ディアンは相変わらずの仏頂面で答えたのだった。




