47 遠足
「なんだそのツラ」
お昼を食べに戻って来たディアンが、僕を見てむせ込んだ。
何、なにか変?
「あからさまに、むくれてんじゃねえ」
「……別に? ちょっと、納得いかなかっただけ」
「へぇ」
いつもの木箱に昼食を置いたディアンが、どうでも良さそうに返して、どさりとベッドへ腰かける。
僕が昼食を忘れることがあるから、ディアンは朝夕だけでなく、昼も基本的にここで食べるようになった。
ディアンがいない日は、わざわざミラ婆さんかローラが確認に来るから、きっと頼んで行ってるに違いない。本当に、見た目に寄らず心配症というか、なんというか。
「だって、みんな笑うんだもの」
「当たり前だ」
「知ってたの?!」
ビックリして見上げて、また不貞腐れながらパンをかじる。
ディアンがやると、あんなにカッコよかったのに。僕がすると違うらしい。
「諦めて魔法を磨け」
「それはそうなんだけど」
「振付けにこだわってんじゃねえ。威力変わんねえんだろが」
「そうだけど! 恥ずかしいじゃない! せっかく、いいアイディアだと思ったのに」
……鼻で笑われてしまった。せっかく考えた秘策なのに。
攻撃魔法は、人に使うには殺意が高すぎるから。
だから、代わりに考えたのがアレ。無詠唱の範囲で、ささやかな風くらいなら起こせるでしょう? 切り裂くでも何でもない、ただの空気の移動。そこに瞬発的に魔力を込めれば、ある程度人を吹っ飛ばすことくらいはできる。
でも、そのためにはタイミングが必要だから。
ディアンが殴る蹴るしているイメージに合わせて体を動かすことで、バッチリ決めたわけだけど。そう、バッチリ決まっていると……思っていたわけだけど。
「ねえ、ディアンも鍛錬ってしてるんでしょう? 今度鍛錬場でやって見せて!」
「嫌だね。練習道具が壊れるわ」
「ええ……」
そんな威力があるの?! あの、それで人を殴る蹴るするのって、大丈夫なの……?
人間って、案外丈夫なんだなと思いながら、力なくパンを咀嚼する。
一応、アレのおかげで町を歩く許可は出たのだけど。ローラか、ミラ婆さんと一緒ならという条件付きで。でも、張り切って鍛錬場でやってみせたら、みんなが大笑いするんだもの。
全然興味がないらしいディアンが、ちらと僕を見て、端的に告げた。
「飯食ったら、外へ行く」
「うん」
ディアンは本当にじっとしていない。たまにはゆっくりすればいいのに、常に外へ出ようとするから、ミラ婆さんがブツブツ言っていた。
ストイックだな……と考えて、少し笑う。だって、僕だってそうかも。
もっと上へ行きたいもんね。魔法の習得や勉強においては、僕、中々比類しないくらいストイックだったんじゃないかな。
いや……『だった』じゃダメだよね。
選書空間があれば、もっと魔法の学びを深められるのに……。
「僕も、がんばろ。ただ町中だと、攻撃魔法の練習が難しいのがね……」
「外でやりゃいいだろ」
「えっ」
こっちを向かない瞳を、まじまじ見上げた。
外へ行くって……もしかして。
はっきり聞くよりも、僕は急いで手元の昼食を平らげにかかったのだった。
「――ここが、門。あの外側には、もう魔物がいるんだね……」
どうせ出たらダメだから、と行ったことのなかった門前広場。
思ったほど大きくもない門の内側では、門番が談笑している。どうやら、内から外へ出る分には、あまり監視されないよう。
町中の通りより一段と人が多くて、屋台もある。馬車の停留所から、大きな音をたてて馬車が動き出した。
町中では少なかった、武器を持った人たちもたくさんいる。
「フツー、入る時に見てたはずだけどな」
じろりと睨むディアンから視線を逸らして、聞こえなかったふりをした。
もっと、ゆっくり見たいのに。ずんずん歩いて行くディアンに置いて行かれないよう、感慨もそこそこに門をくぐる。
「わ……」
スカッと拓けた視界。
急に、日の光が眩しく感じる。
そうだ、町と森は繋がっていないんだった。
この、なんとも心細くなる広々した空間が、冒険者の活動する場所。
「門のあたりにも、魔物はいる?」
「いねえよ。いたら見えるだろが」
やっぱりそう? 随分スッキリしてるなとは思った。
遠くの方まで続く平らな緑だけど、門の周囲は多分、草を刈ってあるんだろうな。なるほど、こうすれば安全だ。
ホッと安堵した瞬間、突き出されたディアンの足に引っ掛かって、べしっと転んだ。
「ディアン?! 絶対わざとだよね?!」
慣れた様子で飛び上がったグリポンが、ディアンの肩に乗る。今日は、1匹らしい。
「避けろ。気ぃ抜くな」
「ひどい! だって、ディアンが魔物はいないって言うから……」
「例外もある。魔物より厄介な生き物もいる」
何それ、と服を払いながら立ち上がって、ハッとした。
そっか……。僕は、周囲を歩く人を見回して、中々難しいなと思う。
だって、人がいる方が安心だと思ってしまうよ。
「ねえ、どこまで行くの?」
「森の近く」
うん、聞いても分からなかった。
視界の遥か先には、背の高いこんもりした緑が、あちこちにある。きっとあの辺りに行くのだろう。
やがて大きな街道から小さな街道へ、そこから、膝丈くらいの草原に踏み込んだ。
道もないのに、何を目印に移動しているんだろう。
それにしたって、ディアンが歩くのは速い。僕も毎日走ってはいるけれど、一緒に歩いているだけで息が上がりそうだ。
足元ばっかり見ながら歩いていたら、ふいに立ち止まったディアンにぶつかった。
「いたっ、何……?」
何も言わないディアンに首を傾げ、いつの間にか草丈が僕の腰まで来ていることに気が付いた。
もしかして、魔物?
慌ててディアンと背中を合わせた途端、後ろからディアンの足が僕を押しのけ、何かを踏みしめた。
しっかり地面に両手膝をついてしまった僕には、ちょうどよく見える。
パキ、と硬質な音をたてて踏みつぶされていた、大きな虫のようなもの。
「うわ……これも魔物?」
「遅ぇ……こんな小物、自分で何とかしろ」
「じゃあいちいち蹴らないでよ!」
「蹴ってねえ。いちいち転がるな」
小馬鹿にした顔に憤慨しつつ、その足元を見た。
僕の顔より大きな甲虫は、しばらくもがいて動かなくなる。
でもこれ、僕が踏んでも、たぶん無理だな。
何か、こん棒みたいなものがあれば……そう思って、ハッと大事なことに気が付いた。
「あれっ、もしかして僕、武器がないんじゃない?」
ディアンが、がくりとつんのめりそうになっている。
だって、魔法使いだから、それでいいと思っていたけど。
でも、たとえば以前のように組み敷かれた時。イラストにあった魔法使いの杖を思い出し、あれがあったら魔物の牙から防御もできたかも、と思う。あと、今みたいに簡単に叩き潰せるような時。
頑丈な棒でもいい、ナイフ1つでも……。
刃物ひとつ持っていなかった僕は、がっくり項垂れた。お料理の時にしか刃物って使わないから……全然意識してなかった。
「敢えて、じゃなかったのかよ……」
「敢えて持ってこないことなんて、ある?!」
「あるわ! てめえみたいな貧弱、武器なんか重くて扱えるか!」
そ、そうか……それもあるのか。
「そんなに重いの? 僕も剣を振ってみたい」
ディアンの剣に熱い視線を注ぐと、無言で鞘ごと外してヒョイと差し出された。
いいの?! わくわくしながら用心深く両手で柄を握った途端、ディアンが手を放した。
「んっ?!」
ぐん、と体が引かれる。ばさっと音が鳴って、一瞬で草ばかりになった視界に、ぱちりと瞬いた。
「なにっ……? お……重すぎない?! 鞘がついてるから?!」
「そんなわけあるか」
多分、ディアンの剣は普通より重いのだと思う。それにしたって!
体を起こして、ふんっと持ち上げてみる。
こんなの……振るとかそういう次元じゃないよ! 切っ先を持ち上げるのも必死で、早々に諦めた。
小枝か何かみたいに片手で受け取ったディアンが、ひょいと回転させて腰に取りつける。
深々と頷いた僕は、真剣な顔でディアンを見上げた。
「剣は、ちょっと無理そう」
「どこがちょっとだ!」
ディアンの大きな声が、さわさわ鳴る草原に随分とよく響いた。
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