45 間に合うかどうか
早々に依頼をひとつ片付けたディアンは、足早にギルドを出た。
「……野郎。大人しく、してんだろうなあ?」
ついボヤいて、溜息を吐く。
あんな危なっかしい生き物、見たことない。生まれたての子猫の方が、まだ危機感を持ってるだろ。
ほやほや気の抜ける笑みを思い出し、ディアンは盛大に舌打ちした。
そばを歩く人がそそくさ離れていくのを感じながら、取り急ぎ帰路へ着く。
「――おやディアン、早かったね。怪我はないかい? 喧嘩してないだろうね?」
「……」
サッと全身に視線をやるミラ婆から顔を逸らして、獲物の袋を投げつけた。
難なく受け取ったミラ婆が中身を確認し、顔をしかめる。
「あんたって子は、また森へ行ったのかい。まだ肉なら十分ある。そんなに頑張らなくていいんだよ、安全な仕事をおしよ!」
「うるせぇ」
いつもの小言を聞き流して、さっさとその場を離れた。
獲物を獲るのも、もちろんディアンの目的ではある。けれど、それよりも実戦を積まなくては。
Cランクでは、足りない。
乱暴に自室の扉を開け、そこに目的の姿がないことを確認した。
運動場に向かうついでに、食堂も覗いておく。
……いない。
苛立ちを募らせながら隅々まで運動場を眺め、解体場も確認して、さらに焦燥に駆られる。
ちょうど通りかかった子どもを摑まえ、不機嫌さを隠さず尋ねた。
「おい、アイツはどこ行った」
「え? えーと、ルルア? ローラと買い物に行ったよ」
「は……?」
そっと逃げていく子をそのままに、ディアンはすぐさま駆け出した。
あんなトラブル体質、連れ歩いて果たして無事かどうか。
ローラなら、それなりに対応はするはず。そうは、思うものの。
息を弾ませ商店街付近まで来て、平穏な町の様子に立ち止まった。
……買い物に出ただけだ。森へ行くわけでなし。
ふいに自分が馬鹿らしくなって、戻ろうとした時、何かが顔面へ飛来した。
素早くキャッチしたものは、想定外に柔らかく温かい。
「……お前? なんだ、お前……なんか違うような? いや、でも形は同じか」
掴んだものをしげしげ眺めていたら、必死に逃れたソレが、飛び上がってディアンに体当たりを始めた。
鬼気迫る様子に、はっきりと覚えがあるディアンが、顔色を変えた。
「くそっ、どこだ?! 案内しろ!」
一声鳴いたグリポンは、短い羽をめいっぱい動かして矢のように飛んでいく。
負けじと駆けるディアンは、路地へ駈け込んで――足を止めた。
◇
「――てめえ、いい度胸じゃねえか」
顔を歪めた男性たちが、さらに近づいてくる。
段々路地奥へ追いやられるローラが、視線を寄越さないまま、早く行けと僕を押しやった。
「……この人たちが、ディアンと喧嘩した人?」
ローラの手を掴んで、ぎゅっと引いた。
少し驚いたローラが、こっちを見て厳しい顔をする。
「そうだ。だから、別にルルアちゃんが逃げたって追って来ねえよ。悪いけど足手まといになるだろ? だから――え、ルルアちゃん……?」
なにかな?
じっと男性たちへ視線を移した僕に、ローラの顔が少し引きつった。
「あの、ルルアちゃん? どうした、何で笑ってんの……?」
あれ? 僕笑ってた?
……どうしてかは、分かるけれど。
「僕、どうやって探そうかと思ってたんだ。見つけられて、よかった」
意識すると、余計に口角が上がる。
ああ、魔力が沸き立っているのが分かる。
「なんだ、このチビ……」
「僕? 僕は、ディアンのパーティメンバーだよ」
「馬鹿っ!」
ローラが舌打ちして僕を後ろへ庇った。
いいんだよ、わざと言ったんだから。
一気に僕へ視線が集まって、ターゲットが変わったのを感じる。
そうでしょう、僕の方が簡単そうでしょう? しかも、重要な関係者だよ。
「ローラ、後ろだけ、お願い」
もう一度ローラの前に回り込んで、倍くらいありそうな人たちを見上げる。
そして、一歩前へ。
引き戻そうとしたローラが、そっと手を引いた。
「僕、ディアンを怪我させた人を――許さないから」
僕は、居並ぶ彼らを見据えて、にっこり、笑った。
◇
路地へ駈け込んだディアンは、流れる汗を拭うことも忘れて、混乱していた。
グリポンの案内を受け、男性に囲まれる二人を見つけられた。
そして、思ったより相手が多い――と緊張を走らせたのも束の間。
「えいっ! やあっ!」
本人の意気込みとは裏腹に、気の抜ける声と、気の抜ける身振り。
短い手が前へ突き出され、短い足が空を蹴って尻もちをつく。
「……何だこれ」
多分、殴る蹴るのつもりなんだろう。
馬鹿馬鹿しいほど、滑稽な姿。
――なのに。
「ぐはっ!」
「おぐっ?!」
派手にぶっ飛んだ男たちが、壁に、仲間にぶつかった。
周囲には、既に数人の戦線離脱者が転がっている。
既に逃げ腰の男たちの前で、ルルアの馬鹿馬鹿しい『えい、やあ!』は続いている。
そして都度、見えない巨大な拳に殴られたかのように、男たちが吹き飛んだ。
これは……風魔法、だろうか。
「……なんだ、これ」
「あっ?! ディアン! おっせぇ!!」
気付いたローラが振り返り、残った男たちとディアンの視線が絡んだ。
「くそ、ディアンだ!」
倒れている仲間を放置して、動ける者が見る間に逃走をはじめる。
「え、ディアン? あっ……待てー!」
「待てじゃねえわ」
追いつけるはずもない速度で、とことこ駆け出したルルアをむんずと捕まえ、詰め寄った。
「おい、てめえ何してる? 俺はなんつった?」
興奮で赤い顔をしていたルルアが、ハッと視線を泳がせる。
「大人しくしてろ、っつったよな? あぁ?」
「お、大人しくはしてたよ? 買い物に出ただけで……」
「ほぉ?」
ディアンがわざとらしく周囲を見回すと、大汗をかいたルルアが一生懸命言い訳を述べ始めた。
「だって、何にもしてなかったけど、向こうが来たんだもの。しょうがないよ。ローラも危ないし、僕だってほら、危ないでしょう?」
「そーだそーだ、勝ったんだから何も問題ねえわ! ルルアちゃん、強えー。なんだよ、マジで守られちゃったわ」
ローラの援護を受けて、見るからにホッと胸をなでおろしている。
しかし、相手はローラだ。
「ルルアちゃん、怒ったら超~~~怖え~~。けどカッコよかったぞ、ディアンを怪我させたのはどいつだ! つってな?」
「い、言ってない、言ってないよそんなこと?!」
「てめ……俺が負けたみてえに言ってんじゃねえ! 変なこと考えんなって言ったよな?」
「聞いたけど、でも。だって、つい……怒りがぶり返したって言うか。ちょうど出てきてくれて、都合がよかったっていうか」
「ついカッとなってんじゃねえ! てめえ、普段あんなふにゃふにゃのくせに……!」
子猫のようにルルアをぶら下げたまま、真正面から睨みつける。
ディアンは、えへ、と誤魔化すように笑ったルルアに脱力した。
おかしい。視線の強さには自信があったのだが。こいつに全然効かねえ。
「あの、でも僕ちゃんと喧嘩できたでしょう? ディアンの攻撃を真似して、ちゃんとぶん殴れたよ!」
「……よかったな、その悪口に俺は結構ダメージを受けた」
「ええっ?! どこが悪口?!」
言い合うディアンとルルアを見て、ローラは肩を竦めて笑っていた。




