44 彼らにとっての大人
「――でさあ、あたしが教会守りつつ作る側。で、アイツが獲って来る側が一番、効率がいいだろってことになってさ」
「ローラはもう、冒険者してないの?」
「してるしてる。金稼がなきゃだろ? けど、ディアンみたいに森の奥へ行ったりは、なくなったな。……お、柔らかタワシ、やっと食い終わったか」
シロップ漬け最後のひとかけらもお腹に収めたグリポンが、満足そうな顔で『る』と鳴いた。
グリポンが食べ終わるのを待っていたら、結構な時間が経ってしまった。次からは、持って帰って食べよう。
小さな小さなべたべたお手々を拭って、ずっとお話ししてくれていたローラににっこり微笑んだ。
「ローラ、いっぱいお話ししてくれてありがとう。すごく楽しい!」
「お、おう……そう、か? うるせえとは、よく言われるけど。ありがとうと言われると、ちょっとアレだな。ま、楽しかったならいいよ」
彼女はちょっと視線を逸らして頭を掻くと、幼子にやるように僕を木樽から下ろした。
「ローラ、僕赤ちゃんじゃないよ」
「だってルルアちゃん、ちっこくて柔らかくて、すぐ怪我しそうだし」
「そんなこと……ないよ」
今度は僕がそっと視線を外す。
ディアンに何度言われたか……『走るたびにいちいち転ぶな』と。
筋肉痛もひどかったし、しょうがないじゃない! わざとやってるわけないの、分かるでしょう?!
でも、おかげで転ぶのは上手になった。それはそれで、成長だと思うんだ!
「じゃあ他、何見たい? 商店街一通り歩くか」
「いいの?!」
優しいローラに手を引かれながら、少し町中に入り込んだ商店街を歩く。
ディアンと居たら、ずっと僕が話しているけど、ローラと居たら、ずっとローラが話しているかもしれない。僕、僕以外でこんなに話す人を初めて見たよ。
教会のこと、町の事、ディアンのこと。突然莫大に増えた情報を、必死に咀嚼して頭の中へ整理するので精一杯だ。
「ルルアちゃんが来た時もさあ、ミラ婆が悲鳴あげて大変だったんだぞ」
「そ、そうなんだ? ごめんね、そりゃあビックリするよね」
血まみれでぐったり抱えられていただろう僕を想像して、心の底から申し訳なくなる。
「けど、寝てただけだったんだろ? ディアンが手当てさせねえから、ミラ婆がやきもきしたってな」
「う、うん。色々あって、疲れちゃって……。そうなの? ミラ婆さんが、僕を綺麗にしてくれたって聞いたよ」
「ミラ婆がアイツの部屋まで押し掛けてだろ? 手当て部屋があんのによ」
そうなの? ぱちり、瞬いて小首を傾げた。
ディアンなら、そもそもその部屋に僕を置いて行きそうなものなのに。
「どうしてだろ? ディアンも眠かったのかな?」
「ぶはっ、そんなわけねえだろ! 冒険者だぞ? 1日や2日起きてられるわ! そりゃ、考えちまったんだろ、もしまた――あ」
変な所で言葉を切ったローラが、頬を掻いてちらりと僕を見た。
何か、言っちゃいけないことだった?
「僕、聞かない方がよければ、聞かないよ?」
「うっ……物分かり良すぎて怖ぇえ! いや……別に、隠してねえし……いいんじゃ、ねえかな。あたしはルルアちゃんが危ねえことすんの反対だし、言っとくか」
少し迷ってそう言ったローラが、通りから少し路地の方へ入った。
「あたしらはさあ、孤児で冒険者だろ? つっても、腕のねえのは大体町中で活動するんだけどな。外で稼ぎたいって、欲張るヤツもいんの。そうなると当然、一緒に行く大人がいた方がいいんだよな」
「もちろんそうだよね」
ゲルボに襲われた時のことを思い返して、大きく頷いた。助かったのは、ディアンがCランクの実力を持っていたからだ。
「けどな、ルルアちゃんなんか特に気ぃつけな、大人にはクソが結構いる。特に、あたしらにとっては」
吐き捨てるように言ったローラを見上げた。
……何となく、分かるよ。だって僕も孤児だったもの。
記憶はほとんどないけれど、感覚として覚えているものはある。酷いことをする大人たちがいたのも、分かる。これは、もしかしたら両方の記憶に共通しているのかもしれないけれど。
僕、師匠とずっと過ごして、そういうことを忘れていた。ディアンが師匠を極端に嫌うのも、その辺りの影響があるのかもしれない。多分、大人が嫌いなのかも。
「僕だって、孤児だったよ。分かるよ」
「そっか、まあ……そういうこと」
僕の表情を見たローラが、『意外だ』とちょっと笑った。
そういうこと……? それが何を指すのかまでは、分からないかも。
見上げる僕の視線に気づいたか、ローラが少し言い淀んで口を開いた。
「んー。今言わなくても、そのうち知るだろうから、言っとく。ディアンはさー、それを知って駆けつけたんだけどな。まあ、分かるだろ。そうそう間に合うわけねえっつう話だ」
肝心なことが話されないままで、僕は一生懸命足りないピースを探して当てはめていく。
何に間に合わなかった……?
外で稼ぎたい教会の子。一緒に行く、悪い大人。
ふと、ディアンが以前僕に言ったセリフを思い出した。
『てめえを魔物のエサにするかもしれねえし、逃げる時の生贄にするかもしれねえんだぞ!』
……まさか、そんなこと。そんなこと、ある?
目を見開いた僕を、じっと注視していたローラが、眉尻を下げて笑った。
「……そういうこと。だからアイツ、超心配症だろ? まーそうは見えねえけどさ。それ以来、チビ共の引率は必ずディアンがする。けどなあ、アイツ強いけど一人だろ? 知れてんだよ、守れる範囲なんかさあ。無理だっつうの」
ローラは、複雑な表情で視線を下げた。
それでも、子どもたちだけよりは。
それでも、悪い大人に利用されるよりは。
だってディアンは、絶対に裏切ったりしないから。
……でも、その代わりディアンは?
「そっか……。分かった、僕、強くなるね。僕が、ディアンを守れるように」
ぎゅっと拳を握った僕に、きょとんとしたローラが大きな口で笑った。
「あっはは! マジか、逆効果だった! 焚きつけちまった」
朗らかに笑うローラが、僕のほっぺをむにむにと揉む。
もしかして、怖がらせようと思ったの? 『忠犬』が、そんなことで怯むわけないのに。
僕が強くなれば、全て解決するのに。
僕の全属性は、役に立つんでしょう。魔力量だって、多いよ。接がれた魂の過剰分が、魔力返還されて僕に影響を及ぼしているのかもしれない。
僕、僕のためには頑張れなくても、ディアンと師匠のためには頑張れるよ!
闘志を燃やす僕に、どこか柔らかい視線を注いでいたローラが、ふと通りの方を見て眉をひそめた。
振り返ると、ちょうどローラと視線を合わせた男性が隣の人に耳打ちしている所。
「チッ……ルルアちゃん、通りの方へ行くぞ」
有無を言わせぬ声音でそう言って、ぐっと手を掴まれる。
でも……通りに行こうと思ったら、その不審な人たちの方へ行くことになるよ?
路地の奥へ行った方がいいんじゃないのかな。
何が何だか分からないまま、男性の横をすり抜けようとした時、一人がローラの肩を掴んで押しやった。
すぐさま振り払ったローラが、距離を空ける。
「お前、教会のヤツだな。羽振りがよさそうじゃねえか」
「何のことだよ」
「ディアンの野郎が、換金してるの見たぞ」
少しずつ近づいてくる男性が、2人……いや、3……4人。なぜか、増えてくる。
「ルルアちゃん、走って教会まで行ってくれ。ディアンを呼べ」
そっと囁かれて、仰天した。
「嫌だよ?! これ、喧嘩でしょう? じゃあ僕が残るから、ローラが行って」
「おいおい……このローラさん、可愛いけど、それなりに戦えるからな?」
軽く言って片目をつむってみせる。きっと、わざとだ。
置いてなんて行けるわけない。でも、助けは呼ばなきゃいけない。
ハッとグリポンに目をやって、そっと空へ放った。
「お前、ディアンより弱いだろ」
鼻で笑う男性に、ローラも小馬鹿にして笑う。
「ああ、お前ら、もしかしてこないだディアン一人にボコられたヤツ?」
「えっ」
驚く僕を尻目に、男性たちが顔を歪ませた。




