43 互いの願いが違っても
明るい日差しの中、白く乾いた石畳が光る。
お店の扉を開け放ち、路上にまでテーブルを出したお店や、行き交う人に呼び掛ける店員さんたち。
賑やかすぎて、目が回りそう。
「おや、ローラその子は? 迷子か?」
「違うわ! デートだ、な?」
「はは、お前より可愛い彼氏だな」
「は?! あたしも十分可愛いわ!」
手を引かれて歩きながら、僕は感心してローラを眺めていた。
口調は似ているのに、町の人はローラにはたくさん話しかけるんだな。ディアンみたいに、ピリピリしていないからかな。
赤い髪を揺らしたローラが、こちらを振り返ってにっと笑う。
「甘い物なら、この辺りだな! ルルアちゃん、予算は?」
「うーん、あんまり考えてなかったけど、金貨までは無理って感じかなあ」
「いやそりゃそうだろ! 菓子に金貨ってお前」
大笑いするローラだけど、金貨のお値段がするお菓子も、実際あった気がするけどなあ。
でもつまりは、ここらだと手ごろな価格で買えるってことだ。
「この子にも、ご褒美のおやつをあげたいんだけど、何かいいのあるかな?」
「はー? 贅沢な鳥だな……ペットがおやつを食うのか」
「る!」
憤慨したグリポンが猛然とローラに体当たりして、適当にあしらわれている。
自認としては、鳥とは全然違うみたいだね。小鳥みたいで可愛いとは、言わないでおこう。
「この子は、ペットじゃなくて使い魔だよ! 報酬も必要だからね」
「使い魔ぁ? 何の役に立つんだ? 皿洗い?」
タワシじゃないよ?! グリポンで洗おうとしないで?! 確かに綺麗になりそうではあるけど。
ふわふわの羽毛を見て、ちょっとそう思いつつ否定しておく。
怯えたグリポンが、ローラと反対側の肩へ戻って来た。
「僕が魔物に襲われてる時、ディアンを呼んでくれたのはこの子だよ」
「へえ……この柔らかタワシがねえ。つうか、大丈夫だったのか? ほらな、冒険者なんかやめときなって」
眉尻を下げて覗き込むローラの首元、そこに光るチェーンを見た。
でもそれ……冒険者タグだよね。
じっと見る僕に気付いて、タグを引っ張り出したローラが笑った。
「あたしはいいんだよ、危ないのも慣れてんだから。ルルアちゃんは違うだろ、綺麗な服と、柔らかい寝床が似合う。危ないことは、あたしがしてやるから」
「そんなの嫌だよ?! 僕、そんなに弱々しいかなあ……」
そうなんだろう、とは思いつつ口に出さずにはいられない。
そして、そのタグに『D』と刻まれているのを見て、少し落ち込む。そうだよね、僕よりずっと経験と実績があるんだもの。
文具店のターナさんも言っていたけど、ディアンのCランクって普通じゃない。大人でも中々なれないランクなんだって。つまりローラのDランクだって、この年だと十分すごい。
「何言ってんだ、かわいいってのは特権だぞ? それを活かせばいいだろ」
「うーん。僕、それは活かさなくていいかな……。だってそれ、もうちょっと大きくなったらなくなるよ?」
「ははっ、何言ってんだ。小さいだけと、かわいいは違うんだぞ?」
ローラの持論を聞きつつ入った店は、果物のお店……だと思う。
いろんな香りがふわりと漂って、思わず深呼吸した。
匂いが、もう甘い。
果物って、こんなに香るんだろうか。
うっとりしながら見回して、メインのショーケースを飾るものに首を傾げる。
果物……?
「ねえ、これ果物なの?」
「果物だろ。シロップ漬けだ」
「わあ……それなら、とびきり甘いんだね!」
大切そうに、綺麗に並べられたシロップ漬けは、きゅっと縮んでつやつや、キラキラしている。
色とりどりのシロップ漬けがきらめくさまは、宝石みたい、と言うにふさわしい。
食べ物に見えないくらいだけど……本当に甘いのかな。
「ねえ、ディアンは食べるかな?」
「はあ? なんでディアンだよ、勿体ねえ!」
「ローラは? どれがいい?」
「えっ……あたしにも?」
今日付き合ってくれたお礼に、と微笑むと、目を瞬いてそっぽを向いてしまった。
でもそれはきっと、嫌だっていう意志表示じゃない。
「これはどう? きれいな色だよ。ローラの髪の色みたいだね?」
「うわ、こんな綺麗なもんと、あたしの髪を比較すんなって」
じゃあ、これにしよう。
とろり、とろけるような赤いフルーツを選んだ。
わあ、これは師匠の目の色、あとこっちの燃える橙は、ディアンだ。
二人の瞳には、甘みを感じないのにね。同じような色なのに、こんなに印象が変わるもんなんだな。
これを食べたら、二人も少し甘くならないだろうか。くすくす笑って、真剣に選んでいるらしいグリポンの選択を待った。
「――いいのかよ、結構高いだろ」
「だって、一人で食べるのは嫌じゃない」
さっそく食べてみたいとねだって、二人して路地の木箱に腰を落ち着けた。
じっと赤い宝石を見つめたローラが、ありがと、と小さく言って僕の頬をつまんだ。
どうして二人は、僕のほっぺをつまむんだろうね。
「みんなで一緒に食べてみよう? いくよ、せーの!」
小さな宝石を、小さくひとかじり。
ねっちりと柔らかく、果物とは似ても似つかない食感。
ぎゅうう、と果物の要素を濃縮したみたい。
甘い……口の中がとろけるような甘みと同時に、幻のように香ったのは、果物本来の匂い。
爽やかな香りと濃厚な甘みが、これは果物じゃなくてお菓子だと伝えている。
「美味しい……果物ってこんな風になるんだ?!」
「うっま。菓子とかもったいねえと思ってたけど、これは美味いな……」
目を丸くしたローラが、丁寧に指を舐めている。もう全部食べちゃったの?!
グリポンは、と見れば両手で大事に大事に抱えて、至福の顔でもちもち食べている。
いいなあ、グリポンは小さいから、ゆっくりたっぷり味わえるね。
僕もひとくちで食べてしまうのが惜しくて、残った欠片をちびちび齧りながら味わった。
「これなら、師匠もきっと喜ぶよ! 日持ちもするし、いいものが見つかったなあ」
「師匠って、ルルアちゃんを奴隷にしてたヤツじゃねえの?」
「してないよ?!」
とんでもない言いがかりは、どこから伝わったのかよく分かる。
師匠、町に来たら名誉挽回に励んでほしい。
「師匠は、滅多にない病気でね。治らないみたい……。でも、そんなの分からないでしょう? もっと熱心に治療法を探すべきだと思うんだ」
「探さねえの、そいつ」
どうにも、マイナスイメージがついていそうな言葉選びに苦笑しながら頷いた。
「師匠は……それでいいって、そう思ってる気がする。なんだか、何もかも諦めてるように見えて」
「けど、不治の病ってやつなら、そんなもんじゃねえの? 諦めるしかないじゃん」
そうかもしれない。
だから、『悔いのない最期』のために僕に魔法を託した。
それでもう、満足なんだろうか。
未練がないのは、いいことなのかもしれない。
でも。
「それでも、毎日は楽しくていいはずだって、思うんだよ」
だから、僕……色々見つけてくるからね。
いろんな楽しいこと、お話しするからね。
それが、師匠の未練になるかもしれなくても。
師匠の願いが、僕と違ったとしても。
『不治の病なら、ありがたい以外ねえわ』
そう言った師匠を思いだし、僕はきゅっと唇を結んでその面影をじっと見つめる。
そして、ごめんねと呟いて笑った。




