41 トレーニング
「お前……よくそんなんで生きてるな」
ものすごく失礼。だけど、今はそれどころじゃない。ベッドから起き上がるのも一苦労だもの。
だってあんな長い距離、あんなスピードで走ったことなかったんだよ!
師匠の全身性の内火って、こんな感じかな。もう、身体のあちこちが痛くって涙目だ。
そりゃあ、内臓にまで及ぶアレとは違うだろうけども。
「どうしてディアンたちは、そんなに平気なんだろ……」
「逆だ。お前がひでえ」
そうなんだろうけど! むすっとむくれて、足をさすった。
たぶん僕、ものすごく運動能力が劣るんだ。あと、力も。
家と、その周りでしか生きてなかったから、仕方ないと思うけど。でも、それにしたって孤児院の子たちは頑丈だと思う。
それはそれで、きっと……そういう環境だからだなと苦笑した。その人にとって何が幸いするのか、分からないものだね。
「冒険者なら……せめて、もう少し鍛えなきゃいけないよね」
「力は諦めろ。魔法使いなら、力が幼児レベルでも何とかなるだろ。せめて、体力つけろ。走れないと話しにならねえ」
「幼児じゃないと思うけど! ディアンは力もあるし……身体補助が上手だよね」
僕は、そっちはからっきしなのに。
「身体補助?」
「そう、魔力を体に巡らせて補助に使うの」
「使ってねえよ、そんな魔法」
「魔法じゃないよ、魔力を巡らせてるだけ。魔法って言うのは、知識で使うものでしょう? 身体補助は、感覚で使うものだよ」
習ったわけじゃないんだね。これも、日々命がけな活動をしている彼が、自然と身につけた技能なのかもしれない。
「へえ? じゃあ、身体の割にすげえ力のあるヤツは、それか。魔力あるなら、俺も魔法使えるのか?」
「うーん。これは仮説だけど、身体補助が得意なら難しいかも。機序が全然違ってね、身体補助としての機序を既に構築しちゃってると、『魔法』としての発動が難しいかも」
分からない顔をして諦めたらしいディアンに、くすっと笑う。
逆に魔法を十分に使えると、身体補助が苦手になるんじゃないかな。だから、魔法使いはパワフルな人が少ないのかも。両極端になりやすいのは、このせいかなって思う。
「ひとまず、お前は一般人レベルになれ。これから、ガキと一緒に朝走れ」
「えっ?! みんな朝から走ってるの?」
「俺らには、金のかからねえ体が必須だ」
なるほど……それは合理的だ。
さっそくランニングを試みようと立ち上がって、ぎちり、ぎちり、とぎこちなく動きながら扉へ向かう。
「……ねえディアン? これ、僕走れるの……?」
「走れよ」
そうじゃなくってね、意欲の問題じゃなくて可能不可能の話で――
「あっ?! ちょっ――いだだだだ?! でぃ、でぃあんー?!」
「手伝ってやる」
「引っ張らな――あ゛ーっ?!」
肩越しに振り返ったディアンが、にや、と笑う。
確信犯だ!!
ご親切に僕の手を引いて、前を行くディアンを睨み上げた。
ほんとに動かないんだから……! 転ぶ、転ぶよ!!
涙目でよちよち必死な僕に構わず、段々その足が速くなる。
今にも足がもつれて転ぶ、そのギリギリの綱渡りをするうちに、少しずつ足が動くようになってきた。
運動場に着く頃には、割と普通に走れるようになっている。もしかして、本当に手伝ってくれていたんだろうか。
感謝して見上げると、面白くなさそうな顔で手を放された。……違うじゃない!
「おら、スピード上げろ。それだとネズミにも負けるわ」
「え、ネズミは結構速いと思うんだけど?!」
ディアンの生暖かい視線に晒されながら、少しずつ上がっていくスピードに必死についていく。
そのうち、僕たちを見つけた子たちが一緒に走り始めて、きゃっきゃいう声が響き始めた。よ、余裕……なんだね?
ふいに、名前を呼ばれた気がして、前を行く背中から視線を外した。
外廊下で手を振っていた人が、一気にこちらへ駆け寄ってくる。赤い髪を揺らして、息も乱さず横に並んだ。
「ルルアちゃん、冒険者になったんだって? そんなことすんなよ、怪我でもしたらどうすんだ!」
「ローラ、さん! でも、僕っ、やりたい、からっ!」
「ローラでいいぞ? ルルアちゃん、あたしの養子にどうだ? 怪我させねえし、一生、食わせてやるから。な?」
きらり、と笑ったローラさんに、思わず笑った。
「それっ、プロポーズ、みたいだねっ? ローラさ……ローラ、カッコいい、ね!」
「おっう……無邪気ピュアな笑顔が胸にクる……。やべ、マジかわいい。欲しい」
「僕、ぬいぐるみじゃっ、ないよっ」
他にも僕くらいの身長の子はたくさんいるのに、何となく腑に落ちない。
ローラとディアンって、あんまり年が変わらないだろう。つまり、僕とローラもそんなに離れてない。なんで養子なの……? そ、その、本当にプロポーズだってあり得る年齢差のはずなのに。
「うんうんそうだな、ぬいぐるみより可愛い! 今度、ローラ姐さんと買い物行こうな? あたしが守ってやる!」
「あり、がと! あの、でも僕が……守り、たいなっ!」
まだ、ちょっと実力は足りないけども。
えへ、と笑ったところで、ローラがくずおれた。えっ、と振り返る僕をぐいと引っ張って、ディアンが『気にすんな』なんて言う。いつものこと、なんだろうか。変わってるね……?
とは言え、僕は変わっていると判断できるほど人を知らないんだよね、と笑う。
ギルマスさんにしろ、ローラにしろ、僕とはずいぶん違ってよく分からないけど。でも、みんな嫌な人じゃない。
師匠はどうして、あんなに人が嫌いなんだろう。こんないい人たちと会ってなかったのだとしたら、あんまりだ。
「ローラって、素敵な人、だね」
「は? てめえの目は腐ってんじゃねえ?」
「あ、あ、速いよ、待って?!」
「ついて来い」
ぐんと上がったスピードに、あっと言う間に置いて行かれてしまう。
「うっ……。がん、ばれ!」
爆発しそうな胸とわき腹を押さえ、鈍い身体を叱咤して必死に追いすがった。
ディアンに、負けないから。
自分でも、ちょっと違うなと笑える対抗心を燃やしながら、乱れた息で汗を拭う。
体は限界だけど、辛くない。
だってディアン……本当に僕と冒険者をしようって、そのつもりがあるってこと、だよね?
踏み出す一歩一歩を感じながら、僕は汗ひとつない背中を見上げた。




