4 ディアン
うめき声と身じろぎにハッと見つめると、うっすら少年のまぶたが持ち上がった。
「なん、だ……? 冷ってぇ……甘臭ぇ……」
「お、起き、た……! 良かった……! あの、ごめんね、甘草汁……僕のおやつもかけちゃったから……」
「は? おや、つ……?」
大丈夫、ちょっとべたべたするくらいで害はないから!
腑に落ちない顔で瞬いた少年が、突如跳ねるように身体を起こした。
目を丸くする僕の前で、案の定苦悶の表情で身体を折り曲げる。
「ダメだよ! まだ、少し回復しただけ。毒も残ったままなんだよ!」
「夢、じゃ、なかった……か。けど、生きてる……ざまあみろ」
ぼたぼた脂汗を流しながら、彼は……口角を上げて笑った。
ぎらぎらする、獰猛な獣みたいに。
……すごい、人だ。
身体の中に、はち切れんばかりの命が詰まっている。
思わず目を奪われて、そして……少し視線を下げた。
「それで、お前は誰だ……? あの魔法、まさかお前……じゃねえよなあ?」
まだ荒い息をしながら、立ち上がろうとする少年にビックリして飛び上がった。
「動いたらダメだよ! 毒が回っちゃう!」
「馬鹿か、動かねえとここで死ぬだろが」
「えっと、ええと……じゃあ、僕のお家まで、頑張って歩いて! 毒をなんとかする方法、調べるから!」
「毒消し、あるのかよ?」
「作れる……んじゃないかな……? 師匠が、もしかすると治して――」
ふいに、言葉を切った。
薬箱に、毒消しはなかったと思う。多分、師匠に必要がないんだ。解毒魔法を持っていたのだろう。
だけど、今は……。
少し言い淀んで、脚の状態を確かめている少年を見た。
「あの……師匠は人が嫌いなの。それと、今病気で……魔法は使えないと思う」
「そうか。ここらに家があるなんて聞いたことねえ。こんな深い森の中にシールド付きの家なんて、そりゃ……相当だ」
へっ、と皮肉気に口角を上げた少年が、ふらつきながらもしっかり二本の脚を踏みしめる。
そして、僕の頭を撫でた。
「ありがとよ。どっちにしろ、金持ってねえ。回復薬代は……生きてたら、何かで払う。無理だったら……これ。遠くには行かねえ、拾えばいい」
腰に下げている剣を指した意味が分からず、小首を傾げた。
「じゃ、な」
ふら、ふらとその場を離れようとする少年に仰天して、思わずはっしと腰を捕まえた。
「待って待って?! 治療しなきゃ?!」
「放せ、金持ってねえつったろが。回復してもらったから、俺の体力がもてば、助かるだろ」
「えええ?!」
そういう、ものなの?! 違うよね? だって、あんなに強い瞳をしていた。
「ぼ、僕! 毒消し作る練習するから! だから、それだったらお金はいらないでしょう?! あと、シールドの中だって雨は降るし、お布団もごはんもないし――」
言い募るうち、だんだん腹が立ってきた。
僕、嫌だ。この人を、助けたいもの。
キッとまなじりを険しくして、顔色の悪い少年を見上げる。
「僕が拾ったから、僕が責任もつ! 僕が連れて帰る!」
そう言いきって唇を結ぶと、瞬いた少年の瞳が、わずかに和らいだ。
「……いい根性じゃねえか。ガキのくせによ」
「ガキじゃないよ! 僕、もう10歳だよ? 10歳の、魔法使いルルア!」
弟子だけど、と心の中で付け足して胸を張れば、少年が想定より驚いた顔をする。
「10歳?! ちっちゃくねえ?!」
「えっ……そこ? 僕、ちっちゃいの? ううん、とにかく! 僕についてきて!」
「……俺、結構ガキに怖がられんだけど。お前、怖くねえの」
「ガキじゃないもの!」
正直、何が怖いのかは分からなかったけれど。それもきっと、僕がガキじゃないからだ。
支えようと触れた身体が随分熱くて、ああ、熱が出ていると眉尻を下げた。
でも、大丈夫。解熱薬ならいっぱいある。
「――ディアンって名前なんだ! 冒険者かあ……すごいね! あのね、僕は森に採取に来てたんだけど、ディアンは何しに? 冒険者だったら、狩りもできるの?」
「当たり前、だろ」
だんだん意識の濁り始める彼は、それでも全然僕に体重を預けてくれない。ディアンの意識を引き留めるため、名前やら怪我の理由やら、一生懸命尋ねながら一歩、また一歩。
僕たちは、家までの近くて遠い道のりを歩き始めた。
――ぐら、とふいに崩れた背の高い身体を支えきれず、僕の身体も巻き込まれるように地面に着地する。
「ディアン! 目を開けて、もうちょっとだから!」
「……」
もう限界かもしれない。
助けを求めて彷徨わせた僕の視界に、使っていない薪小屋が映った。あそこなら……!
ほとんど意識のない彼をどうにかこうにか引きずるように、なんとか小屋の中に引っ張り込み、一緒に倒れ込んだ。
汗だくになった僕の顔に、ホコリと枯れ葉がいっぱいくっついた。
ホコリまみれの小さな古い薪小屋。あるのは、床と屋根、そして壁と小窓。
本当に何にもないけど……外よりは!
「待ってて! すぐに戻ってくるから!」
目に入る汗を拭って、小屋を飛び出した。
まずは、回復薬をもって来る。そして、解毒薬を作る。
ばたばた駆け込んだ家の中から、『うるせえ!』といつもの声がして、思わず涙腺が緩みそうになる。
師匠に、師匠に言えば助けてもらえるだろうか……でも。
むせ込んでいた今朝を思い出し、首を振る。
持てるだけ回復薬を掴んで、今来た道を駆け戻った。
「ディアン、飲める?」
かけるよりも、飲む方がよく効くはず。
持ち上げた頭を支え、少しずつ、口に当てがった小瓶を傾けた。
こくり、確かに動いた喉仏に安堵する。
もうひと口、ふた口飲ませて、頭の下に持ってきたタオルを敷き込んでおく。
「よし、あとは毒消し……!」
再び家に駆け込み、ふらふらしながら書庫に飛び込んだ。
「――選書魔法! 僕を、助けて。毒消し、僕が作れるものを……お願い!」
開いた手から、きらきら湧き上がる光。ぽたっと落ちた雫は、汗なのか涙なのか。
ふわり、と小さな手の中に降り立った本は、2冊あった。
1冊は、冒険者用の毒消しの作り方。もうひとつは――。
「ありがとう!」
僕は大急ぎで2冊とも抱えて、薬品庫に走った。
ブクマ、応援ありがとうございます……
スタート前にコケちゃって半泣きどころかマジ泣きでしたが、皆様の優しさが身に沁みました……!!