38 初依頼
どうやら手紙を出すのも、ギルドらしい。
配達を得意とする冒険者さんもいるらしく、その人たちが毎日受けてくれるんだとか。
ドキドキしながら手紙を渡すと、簡単に受け付けてくれた。もしかして食料品のお届けものも、こうやって届けられていたのかな。
次いで、通常のカウンターで依頼の確認をするらしい。
「指名依頼ね、来てるよ。君が町中依頼って、珍しいね」
気さくに話しかけてくれるギルド員さんにも、ディアンは仏頂面で最低限の返事をするばかり。僕の方がヒヤヒヤしてしまう。
受け取った用紙をそのまま渡され、じっくり読み込んだ。読み込む、というほど書かれてはいなかったけれど。
依頼内容は、『店舗収益の月締め補助』。店舗名や報酬がさらりと書かれただけの紙。依頼者は『ターナ』、多分、あの女の子の名前だろう。シンプルだなあ……。もっと規約とか書くべきじゃない?
「指名依頼は、信用ある間柄でするのがフツー。先に話をつけてることも多いし、今回みてえなパターンの方が珍しい」
「そっか、だからシンプルなんだね。会ったばっかりなのに指名しちゃって、大丈夫なのかな」
「報酬が大したことねえから、どうでもいいんだろ」
ああ、それもあるかも。
受けるのか? と胡乱な目をされたけど、もちろんだよ! せっかくの機会だもの。
それに、多分買い叩かれているわけじゃない。今回働くのは僕だもの、Cランクのディアンじゃない。だから、報酬も安いはず。
でも、これをクリアしたらタグに点数が入るんだよね!
「こんにちは!」
張り切ってお店にやってくると、パタパタ駆けてくる音と共に、昨日の彼女が姿を現した。
「さっそく来てくれたんだね! ありがとう。早く、こっち来て!」
随分くたびれた様子で、目の下に隈まである。戸惑いながらついていった先は、2階にあった書斎のような部屋。
どうして『ような』かと言うと、一面に紙が散らばって大変な有様になっているから。
「あっ! そっと歩いてね?! 紙の位置を動かさないで!」
「ええ……これ、一体どうしたの」
よく見れば、一応区画によって種類を分けてあるらしいけど……。
一瞬で興味をなくしたディアンが、下で待ってると出て行ってしまった。
「月締めが……うまくいかないの。でも、きちんと注文とか支払いとか……つけていたはずなのよ」
「あの、そもそもこれ、今月だけじゃないような……」
「うん……よく、分からなくなってきちゃって」
そ、そっか。ターナさんは苦手なんだもんね、計算。僕も得意かというとそうでもないと思うけど、力にはなれるだろう。
今年分全部の月締めを見直すことになるかな、と遠い目をしながら、手近なエリアの紙に目を通す。
うん、そもそも書き方が……。ひとつに、まとめた方がいいんじゃないかな。
紙の大きさからバラついて、非常に雑多。
「元々は、どうしていたの? 君……ターナさんが開いたお店じゃないよね」
「そりゃそうよ。元は……パパがやってたんだけど。でも、ママが引き継いで、だけどママは他にも働かなきゃだし、私が……ね」
項垂れて言葉を濁すターナさんに、ほんのり事情を察して微笑んだ。
「そっか、今は君が頑張ってるんだね。ママさんがつけた帳簿はある?」
「それはあるわ。これ……」
「あの、僕見てもいいのかな?」
「見ないと、分からないでしょ? ちょっとしか書いてないし」
帳簿って、結構重要なものだと思うよ? でも、見る限り少し古いようだし、意を決して手を伸ばした。
「……ママさんは、きっとお店の管理をしてない人だったのかな」
頑張ったのだろう痕跡はあるのだけど……。ママさんはどうも挫折したらしい、というのが読み取れる帳簿だ。
「そうよ? お店はパパが、ママはお屋敷のお掃除する人よ。パパの帳簿は、探したんだけどないの。もしかして、持って行ったのかもって」
そんな大切なもの、持って行くだろうか。
だけど、見つからないものはどうしようもないし……。
気合を入れようとした僕の耳に、ぽつぽつとターナさんの呟きが聞こえる。
「お店を閉めちゃおうか、って言われたんだけどさ。でも、パパが帰ってきたら悲しいでしょ? 私、もう店番くらいできるし。店番は、難しくなかったんだけど」
「パパさんは、帰って来られそうなの?」
「分からないわ。外国へ仕入れにいって、そこから中々……」
僅かに諦めの滲んだ瞳が、それでも希望を握りしめているのが見える。
だから、何とか頑張ろうと思ったんだね。
「そっか、じゃあお店がうまく回るように頑張ろっか! 大丈夫、ちゃんと記録があるもの、できるよ!」
「本当?」
にこっと微笑んで、まずは散らばる紙の地図をカゴに分別を始めた。その後は、ひたすら地味な作業でしかない。大きなノートをもらって、僕なりの帳簿をつけていくことから。
こんな重要任務なんだったら、もう少し規約をつけておいてほしかったなあ……せめて、知ったことを漏らさない、みたいなものを。信頼が怖いよ。
ただ、ひとまずお店の経営状況はあんまり良いとは言えず、ママさんがよそで働いている意味も理解してしまう。
「――あなた、小さいのに本当にすごいわ。お城の役人みたい」
やっと半分を過ぎた頃、ターナさんがそう言って呆然と僕を見た。
数字から顔を上げ、くすっと笑う。
「これは、パパさんもやっていたことだよ」
「そう……パパ、凄かったのね。パパがいた頃は、もっとあちこちに品物を届けに行ったりしてたのよ。今、赤字でしょう? きっとそんなこと、なかったはずなの」
そっか……その記録があれば、また注文を取りに行けるのに。それは、この店の命綱になるかもしれないのに。
僕は、しょぼつく目をこすって、棚を見上げた。たくさんの本が並んだ――。
「あっ……万が一、この部屋のどこかに帳簿があったら……」
「何? 本棚も探したのよ? 金庫もね。だから、ないと思うわよ」
「うん、一応、やってみてもいい? 帳簿じゃなくても、ターナさんに必要なものがあるかもしれないし! あのね、僕魔法使いなんだ!」
「そうなの……? すごいわね……?」
訝し気な顔をする彼女の肩に手を置き、慣れた魔法を組み上げる。
体に馴染んだ感覚が、心地いい。
ねえ師匠、もう、ほとんど詠唱もいらないまでになったんだよ。
僕と、師匠の魔法。
古代魔法文字が、魔法そのものとなって僕を包む。ふわり、ふわりと魔力の圧に髪が揺れた。
「何、何?! 何この光?!」
「ルルア……? 何やってる?!」
魔法の気配に気づいたのか、それともこの光のせいか、ディアンが駆け込んできて息を飲む。
いつもの古書の匂いが、鼻を掠めたような気がした。
差し伸べた手を、ぱたんと閉じて、そして――開いた。
「――選書魔法! 彼女が、求める本を……ここへ!」
柔らかな光が、ふんわりと広がった。




