37 選ばれた色
ごろりごろりと寝返りを打って、壁に突き当たった。
あれ? と目を開け、薄明るくなり始めた部屋を見回す。
ディアンがいない。もう起きたんだろうか。
ふあ、と大きなあくびをして、目をこすった。
今日は手紙を出しに行きたいから、ディアンが出かけていると困るのだけど。
「る!」
「おはよう」
クッションからほわっと飛んできたグリポンが、僕のほっぺに朝の挨拶をする。
そう言えば……僕、ちゃんと寝ていたね。もしかして、起きたら床の可能性も考えていたけれど。
昨日はディアンと色々話せてよかった。
中々きちんとお話をしてくれないんだもの……せっかくの機会に寝ちゃったのは惜しいけれど、これからあんな風にゆっくり話せる時間も増えるのかもしれない。
のんびり着替えながら、ディアンが帰ってくるのを待っているものの、朝食の合図が鳴っても姿が見えない。
「――おはよう! ねえ、ローラ。ディアンを知らない?」
朝食のスープを注いでいる彼女に声をかけると、満面の笑みが返って来た。
「おはよう! あたしのかわい子ちゃん。今日もすんごいかわいい。そのぴこぴこ跳ねた髪、どうなってんの? どうしたらそんな可愛くなんの?」
すごくいい笑顔だけど、全然質問の答えじゃなかった。
顔を赤くして髪を撫でつけながら、少しむくれてもう一度尋ねてみる。
「うっふふ、赤いね。ほっぺ赤いよ? え、ディアン? 知らね。鍛錬でも行ってんじゃねえの?」
「鍛錬? そっか……」
赤い赤い言わないでほしい。僕は逃げるようにお盆を抱えて、部屋まで戻った。
ディアンの分も持ってきたから、中々重い。
扉の前で、さてどうやって開けようと悩んでいたら、後ろから伸びて来た腕が扉を押し開いた。
「あ! ディアン、おはよう」
「……ああ」
「どこ行ってたの?」
「鍛錬」
やっぱりそうなんだ。
お盆を置いて振り返ると、肌寒い朝の空気の中、流れる汗を拭っている。
「ねえ、僕も一緒に鍛錬したい」
「馬鹿か。ついて来られるかよ」
「そ、そっか……。あの、じゃあどんな鍛錬したらいいかな?」
「知るかよ。てめえほど貧弱だと、何すりゃいいか分かんねえわ」
そうかもしれないけど! ふくれっ面で見上げたディアンは、気に留めた様子もない。
絶対ちゃんと答えてくれなさそうなので、今度選書魔法で確認しようと思う。
どかっとベッドに腰かけたディアンが、朝食に手を伸ばした。
今日はお肉のスープと、パン。ゲルボのお肉は、腐らないようせっせと加工作業の真っ最中。塩漬けだったり乾燥だったり、いろんな方法で日持ちさせるんだって。
「今日もおいしいね! 誰かが毎日ごはんを作ってくれるって、すっごく幸せ! ディアンもごはん作るの?」
「作らねえよ」
「でも、野営の時とかは?」
「保存食」
そうなんだ。保存食も美味しいね。
でも、せっかくなら色々作ってみたいなあ。
「お金が入ったから、僕お料理に使うものを揃えたいなあ。作りたいものがいっぱいあるんだ!」
「……まあ、金が余ってんならいいんじゃね」
「……ディアン? 僕がお料理苦手だと思ってる?」
微妙なニュアンスを感じて、むっと詰め寄った。ディアンの視線がさまよっている。
そりゃあ、あの頃は……美味しくなかったかもだけど! だって食材がなくて、どうしようもなかったんだもの!
それでも、日々おいしくなるよう、そしてなんとかかさ増しできるよう工夫してたんだけど!
だって僕、お料理の本はよく読んだんだよ。師匠に、美味しいものを作りたかったから。
結局、食事情的にお粥ばっかりになっちゃうんだけど。
師匠、焼いた分厚いお肉とかを出せば、食べてくれたんだろうか。
「じゃあ今度、僕何か作るよ! ちゃんと食べてね?!」
「食うけど……金がもったいねえことすんなよ」
「もったいないって何?!」
憤慨して、これは絶対にリベンジしてやると心に決めた。
つまり、今日は食材のお店にも行かなきゃ。こんなことをしていると、本当にすぐお金は底をついてしまいそう。
冒険者として、頑張って稼がなければ。
そして美味しいものを食べて、綺麗なものを見て、僕の中に貯めていこう。お金よりも、こっちの方がずっとたくさん貯まりそう。
「ぼーっとしてねえで食え」
「してないよ! ディアンの食べるのが早いんだよ!」
見ればパンがもう残り1個。慌てて引き寄せ、あたたかいスープと共に噛みしめる。
今日は依頼を受けに行くし、お昼は外だろうか。また、あの美味しい『タレ』を食べられるといいな。
僕、お料理が上手になったら、あんな風に屋台をするのもいいかもしれない。
最後のひとくちを大事に味わったところで、せっかちなディアンがお盆を持って立ち上がる。多分、返しに行ってくれるんだろう。
そしてきっと戻ってきたらすぐ出るって言うだろう。お手紙を準備しておかなきゃ。
もう一度ざっと目を通し、うん、と頷いて便せんに入れた。
封蝋を取り出して、しげしげ眺めてみる。
ディアンが勝手に入れた封蝋だけど、何色って言うんだろう。
夜中に見たときは、茶色だなと思ったけれど……もっと、複雑なミックスカラーのよう。
「あったかい茶色と、緑っぽいのと、金っぽい……何色だろ。どうしてこの色?」
なぜ、と聞いても、きっとそこにあったものを適当に選んだと言うのだろう。
でも、僕はきっと意味があるような気がしてるんだ。
ひとまずディアンが帰ってくる前に仕上げてしまおうと、封蝋を溶かしてぎゅっと印を押す。
「る」
「え? 僕?」
グリポンが僕を見て、封蝋印を見て、嬉しそうに鳴いた。
一緒……僕と? うーん、髪かなあ? 確かに僕の髪は茶色だけど。
首を傾げて封蝋印を眺め、どこかで見たことがあるなと思う。
「あっ?! これ、僕だ……」
「る!」
じ、と僕を見上げるグリポンがそうだと頷いている。僕の、目を見つめて。
そっか、これ……僕の目の色。
茶色なんだか緑なんだかよく分からない、色んな色が混ざって見える僕の目。
今思えば、もしかするとこんな所に『混ざった』要素が出ていたのかも、なんて。
「僕の色……」
ディアン――僕の目の色を、ちゃんと見ていた。ちゃんと、覚えていた。
色々なものが、ぐっと胸を圧迫する。
……聞かないよ。だって違うって言うから。違うって言われたくない。
きっと、大した意味があるわけじゃない。単に早く店を出たかったんだろう。
だけど……ディアン、君って本当にすごい。
思ったんでしょう、自分の色を送るのは嫌がらせだって。じゃあ、何色ならいいのかって。
あんなに、師匠を嫌うのに。
僕も、ディアンみたいに優しい人になりたい。
そう、願いながら自分の手帳にも封蝋印を押した。
「……僕の目、こんなかな?」
ふふっと笑う。僕は師匠みたいな、澄んだお月様みたいな目が素敵だと思った。
ディアンみたいに、命が溢れるような燃える橙が素敵だなって思った。
だけど、この色。
様々な色を内包して複雑に輝く、変化する色。
「こんなに、綺麗だったんだね」
なんだか僕は、僕がすごく素敵な気がして、溢れるように笑った。
毎日投稿にお付き合いいただき、ありがとうございます!
以降は火・木・土の更新予定です。
ブクマや感想・評価、とても励みになっております!




