表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~  作者: ひつじのはね
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/46

35 それぞれの現実

「うわぁ……!」


思わず口から出た言葉まで、キラキラしていたかもしれない。

すごい、なんて言葉しか出てこないのが悔しい。

ほっぺが熱くて、わくわくが弾けそう。

……だというのに。


「早く入れ」

「わっ……?!」


ぐい、と入口から中へ僕を押し込んだのは、多分ディアンの脚。


「もう! せっかく感動を噛みしめてたのに!」

「邪魔だ、奥でやれ。つうか、どこに感動の要素があんだよ」


淡々としたディアンの様子に、僕はたいそう憤慨した。

ちゃんと見た? この、美しい光景。この、道具の山。

僕はこんなにたくさん、人間の道具が並んでいるのを見たことがない。ひとつひとつは、なるほど普段使っているものに違いない。ペンや紙束、封蝋やランプ用オイル……どれも、師匠の家で見たことがある。

だけど、違う。

よそ行きの顔をしてずらりと棚に並んだ姿は、まるで宝石や魔道具のよう。真新しい道具は、それだけで宝物みたい。

僕、この中から選んでいいんだろうか。僕の……僕の、新しいペン。

まだ誰も使っていない、ぴかぴかのペン。


ほう、と輝く溜息を吐いた僕を見下ろして、ディアンが理解し難いとでも言うような顔をしている。

慣れって怖いね、こんな素晴らしいものにも慣れてしまうんだから。

みんなが『普通』だと思うことに、僕は誰よりもビックリして、感動できるよ! それって、随分お得だと思う。

僕、今までとっておいてよかった。


「いいから、早く選べ」

「もう……予定はないって言ったのに」


せっかちなディアンに追い立てられながら、僕は慎重にペンとインク壺、そして便せん類を選んだ。

手に取ったペンを、ディアンにかざしてみる。


「……なんだ」

「ううん。……ほら、ディアンの色に似てるよね!」


ディアンの髪みたいな黒檀をベースに、橙の金具がきらりと光る。

とても素敵だと思ったのに、ディアンがサッとペンを取り上げ、棚に戻してしまった。


「ちょっと?! 僕、それ買うんだけど!」

「買うな! なんでてめえが俺の色を選ぶ!」

「なんでって……素敵だから? こっちは師匠の色で、これはグリポンの色だよ!」


インク壺は、漆黒に琥珀の蓋がいかにも師匠だ。この、融通が利かなくて重そうなところが、特に。

便せんは、グリポン色の淡いミルク入りの紫。綺麗でしょう? 


「とにかく、俺の色はやめろ!」

「でも僕、これが気に入っちゃった。もう決めたもの。じゃあこれはディアン色じゃないよ、夜とおひさまの色ってことにするよ。だったらディアンは関係ないよね?」

「てめえは……!」


また言うことを聞かない! と怒られそうなので、さっさと封蝋コーナーに逃げた。

あとは、この封蝋を選べば、ひとまずお手紙セットは完了だ。


「ねえディアン、何色がいいかなあ? ディ……おひさま色もいいなと思うんだけど」

「俺の色を送り付けるとか、どんな嫌がらせだ」


鼻で笑われて、それもそうだと納得する。

でも、じゃあ何色にしよう。


「早くしろ。もう、これでいいだろ」

「え、ええ?! 今何色を選んだの?!」

「少なくとも俺じゃねえことは確かだ」


ぐいぐい押されて、成す術なく支払いカウンターに向かいながら、慌ててカゴの中を探った。

変な色はなかったと思うけど……。

ガサゴソする僕の手から、ひょいとカゴが持ち上がり、勝手にカウンターに載ってしまった。

じろりとディアンを睨み上げたけれど、気にする様子もない。


仕方なくカウンターにお金を置くと、お店の人に訝しげな顔をされた。

やり方、間違ってないよね?! 今回はきちんと予習したよ?!

不安に思いながら見つめていると、店員さんが何やら紙に書きつけながら、品物を取り出しては難しい顔をしている。まだ僕より少し上くらいの、少女と言える年齢の子だ。

やがて、パッと顔を上げて値段を教えてくれた。


「ありがとう!」

「え……あの、お金」

「置いてあるよ?」


キョトン、としたその子が、慌ててお金を数え始める。


「合ってる……すごいわ!」

「すごくは……ないと思うよ」


もしかして、この子は計算が苦手なのかもしれない。

少し得意になって胸を張ったら、がしっと腕を掴まれた。


「ね、ねえ! 手伝ってくれない?! 報酬は……一応、払えると思うから!」

「どんなこと? お手伝いならお金なんて――ンンッ?」


いきなり背後からディアンに口を塞がれ、抗議の目を向ける。


「依頼なら、ギルドを通せ」


努めて穏やかに言ってるとみえるディアンだけど、店員さんはビクっと後ずさってしまった。

お手伝いなのに、依頼になるのか……。

口を塞ぐ手をむしり取って、にっこり笑う。


「あのね、僕、今日冒険者になったばっかりなんだ! ディアンはこう言ってるんだよ。『お金のやり取りは、ギルドを通した方が安心だよ。もしよかったら、僕の初めての依頼ってことにしてもいい?』って!」

「壮絶な意訳するんじゃねえ!」

「でも、合ってるでしょう?」


ぽかん、と僕たちを交互に見た店員さんが、少し笑った。


「そうね、パパにもそう言われてたんだっけ。でもね、他の人に依頼を受けてほしくないんだ。Fランクってことなら、指名できないよねえ」

「大丈夫だよ、ディアンはCランクだから!」


確か、Dランクからは指名を受けられると書いていたはず。


「えっ! Cランク?! すごいっ!」


褒められたよ、ディアン! 満面の笑みで振り返ると、ディアンは仏頂面でそっぽを向いている。そんな顔をするから、怖がられるんだよ。

嬉しかったら、嬉しい! って顔をしたらいいのに。



結局、明日指名依頼を出すということで、お店を後にした。僕の、初依頼だ!

店員さんは、お店の月締めの計算が難しくて音を上げていたらしい。

でも、お金のことだから誰かに頼むのも怖いのだとか。

まさか、計算することがお仕事になるとは思わなかった。


「でも、どうして僕に頼もうって思ったんだろう」

「お前がどう見ても間抜け面で、悪事に向いてねえからだ」

「それは、褒め……」

「褒めてねえ!」


そんな、きっぱり言わなくても。後半は結構褒め言葉だと思ったのだけど。

少しむくれる気持ちも、手元の重みを感じれば霧散してしまう。


「師匠にも、お店……見せたかったなあ」


袋を覗き込んでつい呟くと、小馬鹿にした声が返ってくる。


「見たことあるに決まってんだろ。もっとすげえの見てるわ」

「もっと凄いの?! それなら僕が見せてもらいたかったな!」


ぱあっと笑って、良かったと思う。

師匠もきっと、色々綺麗で凄いものを見てきたんだ。じゃあきっと、大丈夫。


「……でも、師匠はあんなだから、きっと僕みたいに感動しなかったよ」

「お前みてえなのは、普通いねえ」

「それじゃあ、僕が見たものを教えてあげたら、きっと楽しいね!」


違うでしょう、世界が。

僕の見る世界と、師匠の見た世界は、きっと違う。


「僕、いっぱい色んなことを見るよ! それで、いっぱい教えてあげることにする!」


何が綺麗で、何が凄くて、何が嬉しかったか。

だってそれは、僕にしか話せないこと。師匠が同じことをしても、決して叶えられないもの。


「だって僕の世界は、ものすごく素敵だよ!」


満面の笑みを向けると、ディアンが少し目を細めた。


「……よく言う。確かに、てめえの世界は現実とかけ離れてんだろうけどな」

「違うよ、これが僕の現実だよ! ディアンこそ、現実をちゃんと見て? 辛い所ばっかり見るのを、現実って言わないよ?」


ディアンの目が、丸くなる。

今、空を下り始めているおひさまと、ちょうどお揃いだ。

ねえ、教えてあげるね。

僕、楽しいことを見つけるのだったら、きっと得意だから。


よく似た二人に、これからいっぱい教えてあげよう。

そう考えて、僕はさっそく足取りを弾ませたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>辛い所ばっかり見るのを、現実って言わないよ 至言ですね。さすがルルア奥が深い(^_^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ