33 冒険者登録
用紙と一緒にもらった札を頼りに、僕は足取りも軽く奥の廊下へと進んだ。
指示された部屋をノックすると、どうぞと返って来る。
「あの、こんにちは……」
「おや? 随分とまあ可愛らしい。君が登録するの?」
一緒にいてくれるのかなと思ったけれど、ギルドのお兄さんは説明したら出て行ってしまった。
小さな部屋に、僕ひとり。
「緊張するね。でも僕、ズルしてるよ。君がいるからね!」
「る」
ふわふわの羽毛に頬を寄せ、小さな身体から力をもらいながら記入していく。
「テストみたいだね」
度々行われた師匠のテストを思い出し、ふふっと笑う。
僕、テストは結構好きなんだ。だって、頑張ったら点数が上がるんだもの。
一方で罠なんていくつかけても、ほぼ収穫ゼロ。お庭で育てようとしたお野菜なんて、毎日手間暇かけたのに全滅してしまった。
「それに比べたらね、テストは勉強したら点が上がるから」
「る」
……その鳴き声に、ちょっぴり呆れが混じっている気がするのは、気のせいだろうか。
記入項目は年齢から性別などの基本必須項目、任意で魔法などの能力詳細など。あと、誓約事項もかなりあった。結構色々あるんだなあ。
感心しながらペンを走らせていて、ふとそれが止まった。
「死亡時連絡先……」
こくり、と喉が鳴る。
そうだよね、必要だよね。遺品とかあるもの。最後の方に書かれたその項目は、浮ついた気持ちを引き締めるようにと考えられているに違いない。まんまと思惑通りになった僕は、ほんのり苦笑して『その時』のことを考える。
僕が書けるような住所って、師匠のところしかない。
だけど……ちょっと考えて、やっぱり空欄にしておいた。
「さあ、これで全部かな?」
もう一度見直して、うんと頷く。
どきどきしながら呼び鈴を鳴らすと、さっきのお兄さんがやって来て僕の向かいに座った。
「感心だね、こんなに小さいのに自分で読み書きできるなんて。どれどれ――」
記入用紙を辿っていたお兄さんが、ちょっと困った顔で僕を見た。
「君はもしかして、まだ属性検査をしていないかな? ここはね、無記入でも構わないけれど、記入するなら正確にしてほしいんだ」
「属性検査……は、してないです。でも、間違ってはないです」
畏まって返事をすると、苦笑したお兄さんが引き出しから何やら取り出して机に載せた。
「これが、属性検査の器具だよ。ちょっと痛いの、我慢できるかな?」
「はい! ……えっと、でも、どのくらい痛いですか?」
勢いよく返事をしてから、おずおず尋ねてみる。このお兄さんのちょっとと、僕のちょっとが同じとは限らないもの。
「そんな怖がらなくても大丈夫。冒険者を目指すなら、この程度はね? 指先をちょっと切るだけだよ」
そう言われると、ますます怖いような気がする。
片手でグリポンを撫でながら、そっと僕の手を差し出した。
「……ちっちゃい手だね。さすがに、罪悪感が――はい、終わり。罪悪感が湧く間もなかったね?」
「えっ」
見ると、ぎゅっと色が変わるほど握られた指先から、ぽたりと赤い雫が垂れている。お兄さんが素早く僕の血を小さな瓶に入れ、液体を注いで細長い紙を1枚投入した。
ビックリした……全然痛くなかった。
……あれ? でもどうして? だってこの人、刃物もってないよ?
瞬いて、僕の指とお兄さんの顔を交互に見た。
「ふっ……お目目が落ちそうだよ? はい、これでちょっと待てば分かるから。血が止まるまで、押さえておいで」
「は、はい! あの、大丈夫です!」
綺麗なハンカチを差し出され、慌てて断って回復をかける。僕はこの程度気にしないけれど、きっとお兄さんが気にするだろう。
「大丈夫です、治せます。――我は癒やす、水の回復!」
「――ッ?! 回復術師?!」
きれいに塞がった指先をまじまじ眺めて、今度はお兄さんが目を丸くしている。
でも、僕回復術師じゃないよ。
「僕、魔法使いだよ?」
「いや、現に今。いやいや、結果を見ようか」
やっと僕の手を放したお兄さんが、浸けていた紙を取り出して、また目を丸くする。
何やら、紙にはさっきまでなかった線がたくさん出ている。
「全属性……回復も、使えるのか」
「全属性だから、使えるよ?」
因果が逆だと思う。でもやっぱり、ディアンの言う通り全属性は珍しかったらしい。
別に、僕が頑張った結果ではないけれど。でも、ちょっぴり得意になる。
「……うちのギルドに、所属するんだな? もうサインしてあるからな?」
「え……あの、はい……?」
急に雰囲気の変わったお兄さんに困惑しつつ、頷いた。
途端、にやりと好青年の顔に不釣り合いなワイルドな笑みが浮かんだ。
「――よっしゃあ、逃がすかよ! じっくり話聞かせてもらおうか!」
突如小脇に抱えられながら、僕は唖然とするほかない。
さっきまで、上品な好青年だったお兄さんが……。今や、目をぎらつかせ、猛々しい雰囲気を醸し出している。どうしよう、これ、悪い人だったろうか。僕を、攫う人?
でも、ここはギルドの中で、この人はギルド員のはずで――。
混乱するうち、ずかずか歩くお兄さんが、カウンターのあるフロアに足を踏み入れた。
これは、チャンスだ!
「ディアン!! ぶっ飛ばしていいの?!」
「おいディアン! でかした! どこで拾って来たんだ、こんな上物!!」
――え、と互いに顔を見合わせた。
そして、振り返ったディアンの生ぬるい視線。
「ギルマスをやれんならやってみろ。それと、俺はそいつの保護者でも何でもねえ!」
お兄さんは、無言で僕をぬいぐるみのように目線の高さに持ち上げた。
「ぶっ飛ばす? ……俺を?」
「……あの、ごめんなさい。間違ったみたい」
いたたまれなくて視線を彷徨わせると、放り投げるようにディアンに押し付けられた。
……そんなに、笑うこと?
床にうずくまって震えるお兄さんに、少々頬を膨らませた。
「あーーおかしい。つうかお前、保護者ってかパーティメンバーだろがよ」
「は?」
「は? コイツの所属先、ディアンって書いてあったぞ」
二人の視線が、僕に落ちてくる。
……僕は、きっとまた何か間違えたんだなと小さくなったのだった。




