32 成功体験
開いた扉の中は、ディアンの背中で何も見えない。
ぐいぐい詰めるように後ろから押し入ろうとすると、肩越しにじろりと睨まれる。
ちょうどその時、奥から『あ!』と声がした。
「――ディアン!」
「……おう」
やや高い声が彼を呼んで、ぱたぱた駆け寄ってきた足音がする。
知りあい、だよね。
おずおず背中から顔を覗かせると、僕より少し大きい少年が、ディアンを見上げている。
視線が合った途端、思いのほか相手が目を丸くして僕を見た。
「え?! 誰……?! 教会の新しい子? なんでディアンが?!」
「こんにちは! 僕ルルアだよ。町に来たばっかりでね、ディアンと教会のお世話になってるんだ」
はにかみながら前へ出て、ぺこりとする。
これはもしかして、『教会を卒業した子』なのかも。
真正面から無遠慮にまじまじ見つめられて、僕はちょっと居心地悪く袖をいじった。
「教会にいるなら孤児なのか? その割に……」
「いや、こいつは『教会の子』じゃねえ、10歳だ」
「10歳?! 見えねえよ……すげえチビで弱そう……!」
……そうかもしれないけど!
ちょっとくらい、小さくたっていいと思うんだ。そりゃあ、ディアンみたいに大きいのは羨ましいけれど。
確かに、日に焼けたその子は、きっと解体だってやってしまえる力があるのだろう。でも僕だって、これから頑張るもの。
僕たちよりずっと低い声が、耳に届く。言われ慣れた返事だとしても、やっぱり不服ではあるんだから。そう、予測して唇を尖らせた時。
「てめえだって、俺より弱っちいチビだろが」
――息が、止まった。
まん丸になった目に、何も映らない。
耳だけが、かろうじて外の音を拾っていた。
「そっ、そんなの当たり前だろ! ディアンに勝てるわけねえよ!」
「こいつ、俺より強いぞ」
「「えっ……」」
固まっていた僕は、思わぬセリフに再び息を吸い込んで、やっと彼を見上げた。
「なんでてめえが驚いてんだよ……。お前、俺を助けただろが」
「でもっ、あれは魔法で……!」
「魔法はてめえの力だ」
ぱちり、と瞬いた。
そうか、最初からディアンはそう言っていた。
あの時、僕だってそう信じたから戦えた。
「え?! 魔法使い……?!」
少年がビックリした顔で僕を見る。魔法使いって、ビックリすることなんだろうか。
そういえば、全属性は珍しいって言っていたもの。
「うん、僕魔法使いだよ! ちっちゃいけど、ちゃんと戦えるよ」
にこっとすると、少年がまた僕をまじまじと見た。さっきとは、少し違う目で。
「お前に構ってる暇はねえんだよ、さっさと依頼取って来い」
「は、はい! 違うんだ、サボってねえよ! 依頼はもう取ったから!」
ハッと姿勢を正した少年が、そそくさとギルドを出て行った。
ディアン、別に怒ってないと思うけど……ほんとだ、怖がられているかもしれない。
何事もなかったように歩き出すディアンを捕まえ、その橙を見上げた。
「掴むな、なんだ!」
「ディアン……ありがとう! あの、僕嬉しくて! ぎゅっとしていい?」
「嫌だ」
「ええー!」
しおしおと手を離した時、くっと笑われた気がして、急いで見上げた。
だけど、口元の手を下ろした時には、いつものディアン顔になっている。
「ベタつくな。そもそも何の礼だ」
「いいよ、もう……僕だって言わない」
少しくらい、気にすればいいのに! と思ったのに、そっけなく『あっそ』と返って来てむくれた。
いいよ、僕の中に大事にしまっておくから。こんなに綺麗なのに、見ないだなんて……ディアンはもったいないことをしたね!
フン、とへの字口をして、改めて室内を見回してみる。
初めての……冒険者ギルド。
戦う者たちの、集う場所。
そこには厳しい顔をした歴戦の勇者たる冒険者が……いないね。
手に手に武器を携えた人たちが物々しい雰囲気を漂わせて……ないね。
「……あれ?」
床こそ色々な染みやら何やらで汚れていたけれど、薄暗くおどろおどろしい雰囲気など皆無。
スッキリ整頓された室内はガランと広く、壁の2面がカウンターになっている。
冒険者は……??
僕の想像では、もっと殺気立ってたくさんの人がいると思っていた。
でも、カウンターにちらほらいるのはとても普通の人たち。武器を持ってる人も、持ってない人もいる。
すごく……普通だ。拍子抜けたと言うよりも、ちょっと期待外れかもしれない。
何やら熱心に、壁の掲示板を眺めているディアンを引っ張った。
「ディアン……? ここが本当に冒険者ギルド? 冒険者はどこ?」
「は? 俺もさっきいたヤツも冒険者だろが」
「あっ……そうか。でも僕、もっと強そうな戦士がいると思ってたんだけど」
「……強そうな戦士でなくて悪かったな」
橙の目がじろっと細くなり、引っ張る手をべちっと指で弾かれた。
一瞬キョトンとして、失言に気が付き大慌てする。
「ち、違うよ?! ディアンが強いの知ってるから! そうじゃなくてもっと大人の! 髭面で鎧とか着てる!」
「そういうやつらは、大抵もっと早くか夜しかいねえ。受ける仕事あるからな」
なるほど! それもそうか。でも、向こうの武器すら持っていない人は……? と思ったら、カウンターには『依頼人窓口』と書いてある。そうか、お仕事を頼みに来る人もいるはずだもの。
じゃあディアンは何を熱心に見ているのかと思ったら、どうやらこれが依頼書らしい。向こうの自立式掲示板にも色々貼ってあるから、結構な数がありそう。
じっと見つめる僕に気付いたか、ディアンが軽い調子で言った。
「俺は依頼を見る。お前は先に登録しておけ」
「登録……? あ、分かるよ! そっか、冒険者登録……!」
「どっちにしろ、俺は一緒に入れねえ」
「そうなんだ!」
どうやら、冒険者にとって登録時の内容は結構繊細らしく、別室で一対一なんだそう。
もう一度ディアンの横顔を見上げ、意を決してグリポンを胸に抱えると、『冒険者用』カウンターへ歩み寄った。
登録する人たちは、初めての人ばっかりだもの。きっと大丈夫、みんな失敗だってする。
そう思うと少し気が楽になって、少しばかり高すぎるカウンターへ伸びあがるように掴まった。
「こんにちは、ご用件は? あら、ペットかしら? かわいいわね」
「この子はね、ペタルグリポン。まだお名前を考えてるところで……とってもかわいいよ!」
「る!」
グリポンを見て、にこやかに微笑んでくれた女性にホッとした。
「あの、僕初めてです。ルルアって言います。僕、冒険者になりたくて」
「うふふ。冒険者登録ですね? では――」
女性も男性と同じ対応でいいって言われたけど、本当に大丈夫みたいだ。
説明と共にどうぞ、と渡された紙類とペンを持ってぺこりと頭を下げると、一目散に駆け戻った。
「見てディアン! 僕できたよ! ひとりで!!」
「……おい」
勢いのまま、ばすっと突っ込むと、すぐさま引きはがされた。
「俺に馴れ馴れしくすんな。特に、外では」
「だって僕、もう馴れちゃってる」
「うるせえわ! で、まだ何も終わってねえだろ、サッサと行って来い」
もらった紙は、色々記入事項があるらしい。それも、個室内で記入せよということで、筆記不能な人のみサポ―トしてくれるそう。
ずい、と押しやられ、渋々向かおうとしたものの、僕の中に何かがくすぶっている。納得いってない。
もう一度もらった紙を見て、ディアンを見た。
僕、ディアンを諦めなくてすんだから……他も少し欲張りになってみようかな。
「……戻ってくんな。ついて行かねえぞ」
「うん、それはいいよ。でも僕、ひとりで受け付けしてきたんだよ! 初めてだよ?」
きらきらと、渾身の期待を瞳に込めて、もう一歩ディアンに近づいた。
もらうまでは、離れないと決意を込めて。だって、簡単でしょう?
ぐっと眉根を寄せたディアンが舌打ちする。
「うぜー……分かったから、行け」
その手が、ほんの一瞬、僕の髪をくしゃっとやって。
「うん!! ありがとう!」
僕はぱあっと笑って、それはそれはご機嫌に駆けて行ったのだった。




