31 冒険者ギルド
「ほらよ」
「ありがとう!」
両手でしっかり受け取ったパンとお肉。ずしっと下がる手が、そのボリュームを余すことなく伝えてくる。
袋状の紙に包まれたそれは、まだ熱いくらいだ。
なんて分厚いお肉……! パンより一回り以上大きなお肉! もしかしてパンは、単なる持ち手なのかもしれない。
すーっといい香りを吸い込んで、期待に溢れるよだれを飲み込んだ。
もう、食べていいだろうか。わくわく隣を窺うと、なんともう半分くらい食べている。
反射的に僕もがぶっと噛みついて、勢いよくお肉を噛みちぎった。
思わぬところで千切れたお肉が、びたっと頬や顎を汚し、タレが路上に飛ぶ。
柔らかくはないけれど、ワイルドな歯ごたえが胃袋を刺激してならない。
咀嚼の時間が惜しくて、大急ぎで飲み込み、さらにひとくち、もうひとくち。
肉汁とまじりあったタレが甘辛く口内に広がり、わし、わし噛みしめる肉の硬さと、パンの歯切れの良さが顎すら楽しませた。
肉食獣になったつもりでガブガブいくと、あっという間に頬袋までいっぱいになってしまう。
「丸飲みすんな、貯め込むな!」
ディアンに二度見され、どっちもダメならどうすればいいんだと高速で顎を動かした。
「だって! 早く食べたくて」
「もったいない食い方すんな」
それはそう。つい、無我夢中になってしまったことを反省し、じっくりじっくりお肉とパンを味わうことにした。
これ、師匠に持って帰りたいな。こんなに分厚くて美味しいお肉、きっと食べたいに違いない。
でも、屋台はまだこんなにある。もしかすると、もっと美味しいものがあるのかも。
僕はさっそく手帳を取り出して、『タレ3つ』と書いた。
「……なんだそのメモ」
「これは、その……持って帰ったら師匠が喜ぶかなってものを……」
だから言いたくなかったのに、やっぱりディアンは眉根を寄せた。
「こんな庶民の食いモン、喜ぶかよ。てめえはもっと、いいモン食った方がいい」
「そっか、もっといいものがあるんだね……」
嫌な顔をしているけれど、それは僕へのアドバイスだ。喜ぶだろうものを持って行かせてやろうって、そう思ってるのが分かる。少しずつ、ディアンの師匠嫌いも軟化すればいいのだけど。
そうこうするうち、しっかり味わったお肉も、残りひとくち。
半分ずつ食べるか、ひとくちでいくか悩んだ末、大きく頬張った。口いっぱいの食べ物、これこそが『幸せ』だって感じる。こんなに簡単に『幸せ』が味わえるなんて、不思議なくらいだ。
べたついた手を前へ出し、ちょろちょろ出した水魔法で洗っていると、突然ディアンが前に立った。
「え、ディアン濡れちゃうよ?」
「馬鹿が、町中で無詠唱すんな! お気軽に魔法を使うんじゃねえ!」
「ええ……?」
じゃあ、いつ使うの。
生活するのは町なのに? そう困惑していたのだけど。
行くぞ、と歩き出したディアンを追いかけながら、説教を受けてしまった。
「――じゃあ魔法使い、戦闘でしか魔法を使わないの?」
「当たり前だ!」
「不便……身ひとつで使えるものがあるのに」
「普通は使えねえんだろ! 俺は知らねえけどよ!」
そりゃあ魔力を使うから、面倒な点もあるけれど。でも、さっきの手を洗うくらいの魔法なら、普通は無詠唱で事足りるだろう。集中力がいるでなし、魔力だって大して使わない。
僕には、戦闘でしか使わない意味が分からない。
「でも、それが狙われる理由になる?」
「なるだろ。お前は見た目もふるまいも、イイトコだろうって分かる」
「いい所……森なのに」
ちょっと苦笑した。そんな勘違いで人さらいだなんて、とても迷惑だ。
現実は、森で暮らしていた世間知らずの孤児なのに。孤児ですって分かる見た目ならよかったのに。
「お前が、ひとりで人間相手に魔法をぶちかませるようになるまで、出歩くな」
「そ、そうだね……そんなに危険なら、確かに」
僕は思った。早々に、他の魔法を覚えようって。
たとえばディアンが殴る蹴るするような、致命傷にならないような魔法を。
僕、嫌だよ……トカゲやゲルボみたいなことを、人にするのは。
「他の魔法使いの人は、どうしてるの?」
「知らねえ。魔法使いの知り合いなんかいねえ。ギルドで聞けよ」
立ち止まったディアンの視線の先に、さっき見た大きな扉。
いよいよ、ここに入るんだね……!
ふわっと頬に血が上る。
本で何度も見た。冒険者を語る時に外せない、拠点となる冒険者ギルド。
いざ、と足を踏み出しかけてストップをかけた。
「待ってディアン! 先に、聞いておきたい!」
「何を」
「ギルドのルールとか、当たり前とか、そういうの!」
「あー」
納得したような顔と、めんどくせえ、とありあり書いてある顔が半々。
でも僕、あんまり何度も失敗したら落ち込むよ?! 町に出たくなくなっちゃうから。
ディアンは渋々道の脇にあった木樽に腰かけると、視線を向けた。
「何を聞きてえんだよ」
「何をって言われても……。僕が知ってるのは、ギルドが『民間から国家、地方領主に至るまでの依頼を取り扱い、任務の斡旋や素材取引を担う機関 』ってことで、僕の理解としてはね、いわば官と民の隙間を補完する中間組織……みたいな立ち位置かなって――」
学んだ知識を引っ張り出しながらつらつら話していると、段々ディアンの目が細くなっていく。
「そうか。じゃあ、行くぞ」
「待って?!」
「それ以上何を言えっつうんだ!」
色々あるじゃない?! そんなうわべの知識だけじゃなくて!
そもそも、分からないことが分からないのに、尋ねようがない。
「ギルドの概要は知ってても、実際は分からないの! 冒険者だって、僕が知ってるのは師匠とディアンだけだよ!」
「野郎、冒険者なのか? 貴族のくせに?」
「師匠は、選書魔法で冒険者から名誉貴族になったんだよ」
ふうん、と納得いかないような顔をするディアンが、服の中から何かを引っ張り出した。
頑丈そうなチェーンで首に掛けられていた、小さな金属板のようなもの。
「これ、なに?」
「冒険者証」
「あ、古代魔法文字だ」
「は?」
知らなかったのかな?
古代魔法文字が刻まれているからこそ、この金属板は魔法が維持されている。
「ええと……多分、起源を、辿る、重ねる、記憶……? あとは、保持とかそういう系だと思う」
「模様じゃねえのか」
「違うよ?!」
大して興味もなさそうなディアンが、タグを握ってから僕に渡した。
「魔力で文字が表示されるんだ! こっちは普通の共通文字だね。『C』と、『リスク依頼:23』『日常依頼:13』?」
「総合ランクC、他は達成点」
「? あ、なるほど!」
総合ランクって、多分冒険者ランクというやつだろう。
あと、古代魔法文字から考えて、きっとこの冒険者証は更新されていくものだ。
つまりこれは、ディアンのお仕事記録だね!
ふむふむ、と眺めていたら、ディアンが立ち上がってタグが手元をすり抜けていった。
ちゃらり、とタグを再び胸元に落とし込み、その足が扉へ向かう。
「え! もう説明終わり?!」
「中見た方が早いだろ! 後で聞け」
「う、うん……」
冒険者証しか新たな知識が得られなかったけど……仕方ない。
ディアンのすぐ後ろに立って、その力強い手が扉を押し開くのを見つめる。
冒険者ギルド……そこには、屈強な冒険者たちが集っていて、物々しい雰囲気が満ちている――そう、思っていた。




