29 鳴き声を
小さく息をして、ぎゅっと体を縮めた。
隠れよう。さっき出て来た路地が、一番いい。
ほとんど本能的に路地に身を潜め、あっと声をあげた。
「どうしよう! もうディアンから離れちゃった……?!」
今、本当にたった今約束したのに!
でも、行き交う人の中どれだけ目を凝らしても、彼を見つけられない。
こういう時は……どうすればいいの。今、選書魔法が使えれば……!
「る?」
「あ……! そうか、僕一人じゃなかった……ありがとう」
ほわっと優しいぬくもりが頬に触れ、小さな相棒を思い出した僕は、心から安堵した。
「ディアンが、いなくなっちゃったんだ。でも……そうだね、ディアンはきっと僕を置いて行ったりしない。だから、探してると思う」
「る」
グリポンが聞いてくれるから、落ち着いて話をする。
ディアンが僕を探すなら、きっと来た道を戻ってくるはず。
きっと、見つけてくれる。僕がすべきは、見つけてもらうための行動。
「君なら、どうする?」
「る? るっ! るーっ!!」
ちっとも響かない声を張り上げるグリポンに、くすっと笑って頷いた。
「そっか! 分かるよ、巣から落ちた雛も、ずっと鳴いてるもの」
僕も、真似をすればいい。
鳴き声は、もっていないけれど……。
「ディアーーン! ディアンーー!」
僕は、一生懸命鳴き声を上げ始めた。
こんなに音が多い場所では、分からないかもしれないけど……でも、ないよりもマシ!
でも、忘れていた。
動物だってそう。雛の鳴く声は、捕食者だって呼ぶ。
「おやおや、迷子かなあ?」
「どうした? 親は?」
……これは、『嫌な人』だ。
何も証拠はないけれど、僕の中の何かが確信している。
もしかして、これが僕を売る人だろうか。
どうしよう、と思う間に二人の男性が路地側と通り側に立ってしまった。
僕……どっちにも逃げられない。
魔法で、逃げるべき? でも、まだ何もされていないのに。
それに、ここを離れたらディアンと会えなくなるかもしれない。
捕食者に見つかった雛は、どうするか。
「ディアン―! ディアーン!! ディア……っ?!」
「この、黙ってろ」
身を潜めた挙句に見つかったら、もう僕は鳴き声を上げるしかない。
とりわけ大きな声をあげれば、二人が即座に顔を歪めて距離を詰める。
伸ばされる手をくぐって逃げようとしたのに、あっと言う間に口を塞がれ、簡単に捕まってしまった。
もう、じたばた暴れる以外ない。
果敢に体当たりするグリポンが、鬱陶し気にあしらわれているのが見えた。
何とか口を塞ぐ手を外そうともがくうち、ひょいと持ち上げられた。
連れていかれちゃう……!
びくともしない腕に、自分が悲しいほどに非力なのが、まざまざと分かった。
まだ、何も痛いことをされていない。でも、でも、魔法を使わないと僕、何もできない……!
それでも――木に縫い付けられたトカゲが、脳裏に浮かぶ。
「ごっ?!」
ふいに妙な音がして、僕の体が振られ、どすんと地面に落ちた。
壁際まで吹っ飛んだ男性が大きな音をたてる。
慌てて見上げた視界の中。
しなやかな影がフッと息を吐く。
踏み込んだ左足がぐっと沈み、次の瞬間、地面と平行になった背中が見えた。ピンと伸びた右足が相手の頬を捉え、その靴の裏までが、しっかりと目に焼き付く。
綺麗、だな……。
場違いだと分かっている感想が浮かぶ。
きっと、回し蹴りというやつだろう。勢いのままぐるり、と回転して真っ直ぐ立ったディアンが、僕を見た。
息も乱さずずんずん歩いてきて、むんずと首根っこを掴む。
「てめえ……いい度胸してんなあ? 言った尻から守らねえとは」
ぎらぎらする目と視線が絡んで、涙が浮かびそう。
その目で分かった。危なかったんだと……今、分かった。そして、助かったことも。
急にせわしなくなり始めた鼓動に、今さらだよ、と息を吐く。
「ごめんね?! でも僕だってついていきたかったんだよ?! ディアンがいなくなっちゃったんだよ?!」
「うるせえ!」
首根っこを掴んだまま、引きずるようにその場を後にする。
あの人たち、倒れてるけど……放っておくの?!
そのまま路地から離れ、少し拓けた場所でやっと解放され、ふうふう息を吐いた。
町が怖いだとか、もうそれどころじゃなくなってしまった。
不安な場所に、まだ心はざわつくけれど。
「あの、ディアンありがとう。僕、どうしたらいいか分からなくて」
「ぶっ飛ばせばいいだろ?! なんで大人しく捕まってんだ!」
「でも……まだ何もされてなかったんだもの」
「へえ? その理屈じゃ、殺されるまで分かんねえことになるなあ?」
確かに……?! びっくりの顔をする僕に、ディアンが深々と溜息を吐いて項垂れてしまった。
「ディアンは、怪我してない? 凄いね……ディアン、剣がなくても戦えるんだね」
「当たり前だろが……」
疲れ切った顔をしたディアンが歩き始め、慌ててついていく。
でも……でも、段々と前から来る人に負けて離れていってしまうのだけど。
どうにも、町を歩くには慣れがいるよう。
また離れていきそうになって、『ディアン―!』と渾身の声をあげた。
「叫ぶな! はぐれたって丸わかりだ」
「そんなこと言ったって、それ以外方法がないよ?!」
戻って来たディアンに鷲掴まれ、ホッと安堵する。やっぱり、この方法が一番確実なように思うけれど。
「……お前、道は覚えられるな?」
「うん、多分」
「なら、教会かギルド、近いほうへ行け」
「はぐれたらってこと?」
「それ以外でも、その二つが頼みの綱だと覚えておけ」
そうなのか。
多分、そう言って歩き出したディアンはギルドへ向かっているのだろう。
町ではこんなに建物があって人がいるのに、頼みの綱がその二つ?
不思議に思いながら、今度こそはぐれまいと、ディアンのベルトを掴みながら歩いた。
じろっと睨まれたけど、これは僕の命綱だ。
すいすい進んでいくように見えるディアンを観察しながら、建物に目を走らせる。
きっと、通りに面しているのは店が多いだろう。
文字と、絵と、看板には色々ある。
いい匂いがして勢いよく振り返った先には、多分パンのお店。
これが、焼き立てのパンの香り……!!
甘く、香ばしく、幸せが漂う香り。
「……飯は向こうの通りで食う」
視線がパン屋さんから離れなかったのがバレたのか、ぼそりと声が聞こえた。
町で、ごはんを食べる……。
きっと、ディアンにはわからないだろうけれど。
僕の目はおひさまよりも輝き、しっぽは、ちぎれるほどに振られていた。
子猫もずっと鳴いて親を呼びますよね。アレです。
にゃー!にゃー!にゃああーー!! (TΔT)




