21 教会の子たち
僕……お腹いっぱいで動けなくなるって初めて知った。
結局全然食べきれず、ディアンが怒りながら平らげたんだけど。
ディアン、あんなに食べるんだ……じゃあ僕よりずっとお腹が空いていたと思うのに。
ごめんね、と言ったらものすごく怒られた。
『次、ああいうことをしたら、ぶっ殺す』なんて悪者みたいなセリフ、初めて聞いてびっくりした。それでも……ディアンの言葉の中身は、やっぱり優しい。怒るからもう、言わないけども。
くすっと笑った途端、口元を抑える。
動いたらお腹の中から食べ物が戻って来そうで、僕は今、ただ天井を見つめてじっとしている。
これ、どのくらいこうしていたらいいのかなあ。
せっかく町に来たのに、ベッドの上で1日過ごすなんて、あまりにもったいない。
部屋には、僕ひとり。ディアンは、ヒヒ犬の親玉らしいシルバーバックを売りに行くと言っていた。僕、ついて行きたかったのに……。
シルバーバック以外も、一応毛皮と魔石がお金になるらしい。
僕が、大分傷つけてしまったから、きっと毛皮の価値なんてあんまりないだろうなと申し訳なくなる。
冒険者ってそういうことも、気を付けなきゃいけないんだ。
お肉の方は売れないらしく、ここで全部解体してお肉だけもらうそう。
昨日解体した分を持って行くって言っていたから、今日もまだ子どもたちが解体しているはず。僕より小さい子たちなのに、立派だなあ。
「僕も……手伝えるかな」
身体を起こしてみると、喉まで食事が詰まっていそうだった感覚はなくなっていた。
しばらくちょこんと座っていたけれど、ディアンが帰ってくる様子はない。
滞在する代わりに働け、と言われたのだから、今日の分の仕事をしなくはいけないだろう。
そっと部屋から顔を覗かせてみたけれど、誰もいない。
いい、よね? ここから出るなとは言われなかったし。
ぺた、ぺた、歩く音が響く。
服も靴も洗っていると言われたけれど、どこにあるんだろう。
靴がないと僕、外へ行けなくない?
しばらく外廊下を歩いていると、賑やかな声が聞こえて来た。
同時に、中々不穏な臭いが漂い始める。
生々しい、覚えのある臭い。
そちらへ向かって駆けると、水場周囲でたくさんの子たちが凄惨な姿になっていた。
汚れるからだろう、シャツに裸足で作業しているよう。
すごいな、毛皮剥ぎから切り分け、加工。全て子どもたちで担っているらしい。
僕……教会ってもっとこう、神聖な場所かなって思っていたんだけど。
恐る恐る近づくと、気付いた子たちが一斉にこちらを見た。
「あ! 俺知ってる、ディアンのアニキが連れて来た子だ!」
「違うぞ、お肉をくれた人だろ!」
わあわあと響く高い声が鳥のさえずりのようで、ふふっと笑う。
「こんにちは! 僕、ルルアだよ。僕もお手伝いできるかなと思って」
「えー、無理そう」
「うん、結構力がいるぜ。お前、女? 男? 力なさそうだし」
スパッと言われて、ものすごくしょげた。僕より小さい子にまで、そんな風に見えるなんて。
そして僕って、ディアンたちと同じ保護者側じゃなくて、養われる側だと認識されている気がする。
「あの、でも僕ね、ウサギとかは解体したことあるよ。教えてくれたら、手伝えるんだけど……」
「しょうがねえな、けど、怪我したら怒られるぜ」
来い来いと手招かれ、傍らにあった大きなナイフを渡された。
「これから俺がやるから、よく見てな」
「う、うん」
セリフは大人みたいだけど、得意満面の顔が抑えられていない。つい僕の顔もほぐれてしまう。
だけど、その腕は本物だ。
捌いたことなんて数えるくらいしかない僕より、よほど上手。
「やってみなよ、別に難しくはねえし」
「ありがとう」
にこっとすると、はにかんだ笑みが返ってくる。
わあ……子どもって、かわいいんだな。僕もきっと、こんな風だったと思うのだけど、師匠はかわいいって思ったかな。ああでも、人間嫌いだと、子どもも嫌いかな。
なんて思いながら、ナイフを入れる。
「う、んっ……?!」
「「「弱ぇー!」」」
周囲で注目していた子たちが、やっぱりなと言わんばかりの顔で、きゃっきゃと笑った。
ええ……嘘でしょう?! なんて固い!
食べたらあんなに柔らかかったのに!
「どーぶつじゃないからな! 魔物って固いんだぜ!」
「そうなんだ……みんな、力が強いんだね」
「まあ、うーん……」
「ルルアが弱すぎるだろ!!」
濁してくれた年かさの子の横から、小さな子が元気にそう言って逃げて行った。
足、速いなあ……。
僕、自分がそんなに弱いって知らなかったよ。
「今から頑張ったら、強くなるかなあ……」
「えーと、さ。ルルアはお上品だし、きっとイイトコにお嫁に行けるから! 多分大丈夫だ!」
「僕、男の子だよ……? お嫁って女の子じゃないとダメだよね」
「アッ……俺、向こう手伝ってくるから!」
しまった、とありありと顔に書いて、年かさの子はぴゅっと逃げて行ってしまった。
僕、どっちなのかややこしい感じなんだ。
そんなこと、考えたことなかったけど。でも、ディアンや師匠を女の子かどうかって迷うことはない。なんだか、ちょっとがっかりした。
ひとまず一からの解体は無理と判断して、切り分け班に行ってみたけれど、これも中々力がいる。
汗だくになる僕を見かねて、ついに洗い物班に格下げされてしまった。
ここを担当している子は、他よりもっと幼い。
だけど毛皮を足で踏みながらせっせと洗い、ちまちました手でトレイやナイフを洗う。上手なものだ。
じっと見る視線に気づいたか、僕を見上げて照れ臭そうにえへっと笑った。
釣られて、えへっと笑み崩れる。
……楽しいな。
役には立ってないけど、たくさん人がいて、一緒にいろんなことをしている。
なんだかそれが、とても楽しかった。
解体場から少しずつ子どもたちが減っていき、5人ほどになった頃には、てっぺんにあった太陽が随分傾いていた。
「ルルア、解体したら、ちゃんと手を洗え」
「ふふ、ありがとう」
僕の胸までしかない子が、きりりとした顔で服の裾を引く。僕の、面倒をみているつもりなのかな。
みんな話し方が似ているから、小さいディアンみたいでほっこりする。
……そう言えば、まだ帰ってきていないのかな。
遅くはならないって言ってたけど、『遅く』って何時くらいを指すんだろう。
何気なく、ディアン色をした空を見上げた時、ミラ婆さんの声がした。
「走るんじゃないよ! 先に手当しなっ! あの子は大丈夫だって言ってんだろっ!!」
朝聞いたおっとりした声とは違って、叱りつけるような大音量の声。
ビックリして振り返った時、物凄い速さで走る人と、大分後ろから追いかけるミラ婆さんが見えた。
「……ディアン?」
どうしたんだろう、と瞬いた時、ハッとこちらを見たディアンが足を止めた。
肩で息をしながら僕と視線を合わせ、舌打ちしてどこかへ行ってしまった。
「え? ディアン?!」
今――確かに見えた、赤。
……怪我、してる?! どうして?!
駆け出そうとして、むんずと捕まえられてしまった。
「あの悪ガキはまた……あたしが行っても、どうせドアを開けやしないんだから。これ、頼んどくよ」
「え、え……?」
押し付けられたのは、応急セットだろうか。
ぷりぷり怒りながら離れていくミラ婆さんをぽかんと見送って、僕は慌てて駆け出した。




