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【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~  作者: ひつじのはね
第二章

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19 都合のいい、夢

――冷えた暗闇に目を向けた門番が、何かを見つけて目を眇めた。

こんな時間に、猛然と街道を走る人影。

どうも、まだ若い青年……いや、少年のよう。

大方、採取に夢中になって遅くなった低ランク冒険者だろう。


「開けてくれ!! 早く!」


いかにも素行の悪そうな少年に、門番が厳しい顔で首を振る。


「待て、町の者か? 冒険者なら証明書――おい、それは……」


ギョッと言葉を切った門番が、()()を見て息を飲んだ。

灯りを差し向けられた汗だくの少年は、顔を俯け、ぎゅっと抱えたものを抱き寄せる。

些細な灯りに照らされ、だらりと力なく垂れ下がった、まだ小さな手。

乾いた血痕がべったりと貼り付いた――。

幼い少年だろうその子は、上半身の服の色が、完全に変わっていた。


「……魔物にやられたか」


痛まし気な顔をする門番を、少年が睨みつける。


「まだ、息がある! 早く、きっと間に合う!」

「……そうか。助かるといいな」


門番たちが視線を交わし、静かに門が開けられた。

もう、間に合わないだろうと知っていたけれど。

礼もそこそこに駆け込んで行った少年を見送って、やりきれない顔で溜息を吐いた。



「――ルルア、もういいぞ」


存外うまくいったとほくそ笑むディアンが、腕の中の少年に声をかけた。

唯一、ルルアが重傷のふりをできるかどうかが懸念だったけれど、うまいものだ。門番に照らされても、ピクリともせず脱力し、ディアンに身体を預けていた。

今も揺さぶる腕の中、荷物よりも軽い少年は、されるがまま力なく揺れる。

何の反応もなく。


「おい……ルルア?」


まさか。

どくり、ディアンの心臓が音を立てた。

口の中が干上がっていくのが分かる。

……俺は、ルルアを助けられたんじゃなかったのか。

魔物に囲まれ、血濡れで倒れていたルルアを思い出す。

もしかして、あれが、現実で。

俺は、間に合わなかった……?

ただ、事実を受け入れられずに、都合のいい夢を――?

冷えた頭の一部が、肯定を返す。

……そうだ。だって、都合がよすぎるだろう……あんなもの。


じゃあ、このルルアは、もう――?

おひさまのような笑顔は、もう――?

呆然と力の抜けた腕から、小さな身体が滑り落ちかけ、ハッと抱えなおした。

ルルアの懐から転げ落ちた何かが、ふわりと飛び上がる。


「る!」


抗議するようにディアンに一声鳴いた、小さな幻獣。

方角だけを頼りに、当てずっぽうで走っていたディアンを導いた、ハズレ幻獣。

そうだ、使い魔だ。ルルアの……使い魔。だから、きっとまだ。

恐る恐る、明かりの元でその姿を確認する。

頬に触れてみる……冷たい。分からない。

自分の手が、随分震えていることに気が付いた。

ためらった末、血痕のこびりついた首元へ手をやる。


「んー……」


ふいに、間抜けなうなり声が聞こえた。

首を竦め、きゅっと眉を寄せたルルアが手を突っ張る。

そのまま、ぐるりと寝返りを打とうとした。


「っ、ちょい待……この!」


取り落としそうになった身体を捕まえ、抱えたままへたり込んだ。


「……っ、はーー……」


まだうるさい心臓と早い呼吸をなだめ、ディアンは心底地べたで大の字になりたいと思った。


「嘘だろ……寝る? 今、この状況で? 俺に抱えられたまま?」


途中から、随分静かだと思っていた。

だけど、目を閉じているのだ。門からの距離が分からないから、既に演技をしているのだろうと……じゃあ何か? 俺が気を使ってもうすぐ門だとか話しかけていたのは、何も聞いてなかったと。

安堵のあまり脱力したディアンの額に青筋が浮かぶ。沸々と怒りがこみあげてくる。

どうしてくれようか、このポンコツを。


「……この野郎」


幸せそうに規則正しい寝息をたてるルルアの寝顔。あまりに心地よさそうなそれに苛立ちを募らせ、割とがっつり両頬を引っ張った。

痛い顔をしながら目を開けないルルアに、ディアンは馬鹿馬鹿しくなって、声を上げて笑ったのだった。



*****


ぱちっと、目が開いた。


「……あれっ?」


匂いが違う。

見渡した部屋に、首を傾げる。見たことのない部屋だ。

見下ろした自分の姿に、もう一度首を傾ける。

見知らぬ服、そして寝具。


「僕、もしかして死んじゃった?」

「……こんなショボい天国があってたまるか」


隣にあった布の塊がごそりと向きを変え、こちらを向いた。

不機嫌そうな橙と視線が絡み、ぱっと笑みが浮かぶ。


「ディアン! じゃあもしかして、ここが教会? あれっ? 僕、どうやってここに来たんだっけ?」

「どうやってだろうなあ……?」


すごく、低い声。どうしていきなり怒っているんだろうと思いつつ、昨日の記憶をたどる。

確か、僕が怪我しているふりで門を通るって話で……。

もうすぐ門から見える範囲になるから、ここからは抱えるってディアンが言って。

大丈夫? 重たいよって言ったのに……パンみたいに軽いと言われてむくれて。

ずうっと抱えていくなんて、無理に決まってるって思ってへそを曲げていた。

なのに、ディアンは一向に疲れた素振りがなくて。

ことん、ことん、揺れるリズムが心地よくて。

ここにいたら安心安全だなあなんて思って。


「えっと……もしかして僕、寝ちゃった?」

「いいご身分だなあ? 俺に運ばせるとはなぁ」


わあ……ディアンが笑顔で怒ってる。


「ご、ごめんね?! 僕、あんなに動いたり魔法使ったの初めてで! ちょ、ちょっと疲れちゃって! その……ありがとう、運んでくれて」


で、でもうまく町には入れたってことだよね! 僕、演技ができるかどうかって思っていたけど、無事クリアできたようでホッとする。

ディアンは、しばらくじっと僕を見て、息を吐いて、『怒った顔』をやめた。


「……ひとまず、飯を食え。話はそれからだ」

「うん……でも飯って?」

「教会でガキ用に作ってる。昨日の獲物を渡したから、俺らの分もある」

「本当?! 僕、手伝ってこようか!」

「呼ばれるまで、大人しく待ってろ」


そっか。

そわそわしながら立ち上がって、我慢できずに窓の方へ駆け寄った。

何か見えるかと思ったけれど、窓の外では洗濯ものが、たくさんはたはた揺れて視界を塞いでいる。

もうすっかり明るい空に、目を細めた。

僕、いつもより起きるの遅かったな……。

師匠は、朝ごはん食べたろうか。お薬は飲んだろうか。

つい森を探して視線を彷徨わせたところで、カァンカァンと音がした。


「何の音?」

「飯」


端的に言ったディアンが、立ち上がって伸びをする。

そのまま出ていく背中を見送っていたら、イラっとした顔で戻って来た。


「ついて来いよ! ドン臭えな!」


ええ……僕、そんなの分からないよ。

唇を尖らせながらぺちぺち走って、自分が裸足であることに気が付いた。

そういえば、身体のあちこちにガビガビにこびりついていた血の跡がない。


「ねえ、どうして僕きれいになってるの?」

「……俺じゃねえぞ。ミラ婆だからな」

「ミラ婆?」


あんまりディアンがしてくれるとは想像できなくて、くすっと笑った。


「司祭っつうの? ここの責任者。お前を見て、悲鳴あげてたからな」

「わあ……悪いことしちゃった」


それはさぞかしビックリさせたことだろう。夜中に血まみれで抱えられていたら。

まず謝らなきゃ、と思いながら、ディアンに続いて部屋に入った途端。

ばふっ、と何かにぶち当たった。いや、何かがぶち当たって来た?


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― 新着の感想 ―
いやールルアったら大物だね
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