17 森を抜ける
「魔物避け、切れちゃったけど……あんまり出てこないんだね」
僕の魔物避けはとっくに切れ、ディアンの分も、もう効果はないだろう。
「そろそろ浅い部分に来たからな……と、あんだけ派手に魔法使えば、ここらの魔物ならビビッて逃げるわ」
「そ、そう?」
えへ、とはにかんで笑う。
魔物が逃げて行くなんて、僕、強い人みたいだ。
あれから、『獲物』を手に、僕たちは森を抜けるべく歩いている。
ディアンが大きなシルバーバックを担いでいこうとするので、慌てて僕の収納袋を差しだした。
収納袋は、魔法で容量がとても大きくなっている不思議な袋。しかも、師匠が作った収納袋はとっても容量が大きいから、ディアンはほくほく顔で他のヒヒ犬も詰めていた。もしかして、これもお肉になるのだろうか。
「お前さ……どうなってんだよ。基礎魔法しかできねえって話だろ」
「うん、そうだよ。あれも、風の基礎魔法なんだ。でもね、工程を分けたの」
魔法って、まず魔力を集めて、魔法に合わせて練り上げて放つもの。
ひとつひとつ、放つ言葉と一連の手順が必要だから、遅くなる。
それを、分解してみた。
そうすれば、大量の魔力を調整した状態で、留めておけるかなって。
一度の発動で、貯めた魔力が切れるまで、撃ち続けられるかなって。
「うまくいったね!」
「る!」
グリポンから返事をもらって、にっこり笑うと、またディアンに頬を引っ張られた。
「あれの、ど・こ・が、基礎魔法だ! あれはもう、別魔法だ」
「ええ……」
「つうかお前、最初に会った時、氷の魔法じゃなかったか? 無詠唱だったよな。風も使えんの?」
覚えててくれたんだね! 嬉しくなって、僕のおしゃべりが止まらなくなる。
「そう! 氷はね、無詠唱できるの。だって、お食事とか氷枕とか、よく使うから! でもね、氷って他の基礎魔法より魔力を使っちゃうんだ。だから、今日は風の刃が一番速くて都合がいいかなって。火は、あんまりたくさんだと森が火事になっちゃうしね――」
「待て待て、お前、火も使えんの?」
火『も』ってどういうことだろうか。
分かっていない顔の僕を見て、ディアンが訝し気な顔をする。
「お前が使える基礎魔法は、火と、風と、氷で合ってるか?」
「……? 今日使ったのは火と風で合ってるよ! 氷はね、ディアンの時に使ったね。基礎魔法というか……適当魔法というか……。あっ、もしかすると氷は基礎じゃなかったかも」
派生形基礎、だったかな。せっかく勉強したのにこんなことでは、師匠に怒られてしまう。
こっそり復習しておこう、と思いながら見上げると、ディアンはこめかみを揉みながら少し考え、口を開いた。
「お前は、どんな魔法が使える? 基礎魔法はどんなだ? 内容を教えてくれ」
「そっか、ディアンは魔法使いじゃないもんね! 基礎魔法はね、火・水・風・土があって……そう、派生形に雷とか氷があるよ! 僕はそれと、古代魔法を……ちょ、ちょっとだけ使える……かな?」
使えるって言っちゃっていいのかな? すごく、簡単なものだけなんだけど……。少しもじもじしていると、ディアンが、深く眉根を寄せて、『待て』と言った。
大人しく口を閉じて待っていると、ディアンが低い声で尋ねる。
「あのな、今の話を聞くと……お前、全属性を使えるように聞こえる」
「うん、僕、ちっちゃくても魔法使いだから!」
「当たり前の顔してんじゃねえぇ!!」
急に頭を抱えて大きな声で言うものだから、びくっと肩が跳ねた。
ど、どういうことなの……。
「え、ええと……全部使えない人もいるかもだけど、僕は魔法使いだし、全部使えるんだよ……?」
「そこからかよ?! お前の常識のなさ!! 『かも』じゃねえわ! 全属性の魔法使いなんざ、めちゃくちゃ貴重じゃねえか!!」
えっ、と目を瞬かせる。
それが、魔法使いじゃないの? だって……
「でも……だって。それじゃ、古代魔法が使えないよ……?」
「そんなもん聞いたことねえわ!」
「そんなわけないでしょう?! だってそれ、古代魔法だよ?!」
指したのは、ディアンの腰に下がっている小袋。師匠が寄越した一式の入った、内部空間の拡張された収納袋。
古代魔法は、全属性の魔力がないと使えない。だから、魔法使いは全属性が当たり前のはずじゃない?
「はぁ?! 収納袋は、そもそも出土品だろ? なんか、貴族は確かに『作る』って聞いたことあるけどよ……」
「それ、師匠が作った収納袋だよ?」
「は?! マジか……」
驚愕の顔を見て、ついにまにましてしまう。少しは、師匠の凄さを分かってくれただろうか。
凄いんだよ、師匠は。
「選書魔法っていうのはね、古代魔法を組み合わせた、師匠独自の魔法だよ。凄いことなんだよ?」
「いや……それのスゴさはわかんねえ。収納袋作ってりゃ一生安泰じゃねえか?!」
「そうなの?!」
じゃあ僕、収納袋作れるようになろうかな……。
そうすれば……もしかして僕、お金をもらえちゃうかも!
素晴らしい未来を思い描いて、うふふ、と笑う。
「ますます、納得できねえ。全属性魔法使いを囲って、自分の世話させてるとか……しかも、こんな世間知らずに育てやがって。ぜってぇ、お前が逃げたり余計なこと考えねえようにだろ」
「もう、またそんなこと言って。師匠、優しかったでしょう?」
だって、ディアンの脚が治っている。
師匠の寄越した収納袋の、いい回復薬を使ったから。
僕用に何本もいい回復薬を使うことはないだろうし、明らかに、ディアン用だ。
ディアンは、『俺を使うためだ』なんて舌打ちしていたけれど。
……師匠、嫌っていたディアンを使おうと思うほど、僕を探していたんだろうか。
今すぐ駆け戻りたい衝動に駆られながら、空を見上げた。
いつの間にか、梢の天井は随分薄く、夕暮れの光がちらちら降り注いでいる。
「ひとまず、町に着いたら、てめえの話をしっかり聞かせてもらおうか」
フン、と鼻を鳴らし、ディアンが目を細めて凄むように言う。
それって、僕……大歓迎だよ?
満面の笑みで見上げた瞳は、夕日と同じ温かな色をしていた。
一区切り、です。
まだまだ序盤ですが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
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