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【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~  作者: ひつじのはね
第一章 ルルアの小さな世界

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15 背中合わせ




今にも僕を食らおうとしていた魔物が、飛び込んできた異物に一瞬驚いて、動きを止めた。

次いで、響いた仲間の悲鳴に素早く首を巡らせ――


「――クソがぁっ!」


ドッ、と鈍い音と共に吹っ飛んだ。

急に重しがなくなって、息がしやすくなる。

僕、まだ息をしてる……?

狭かった視野が広がって、梢の屋根が見えた。

そして……燃える橙の瞳が。

何かを堪えるように顔を歪ませ、荒い息を吐いて、見下ろしている。

……え? ディアン……? 

ぼうっと頭の中を覆っていた霧が、急に晴れていく。

ぱちり、瞬いた途端、ディアンが息を飲んで僕の身体を起こした。


「……ルルア? 生きてる……か?」

「ディ、アン……? そんなに、動いたら、傷が……」

「は?! ……このっ、馬鹿が!!」


ビリビリするような大声で怒鳴られて、思わず首を竦めた。

遠巻きにしていた魔物まで、一歩下がった気がする。


「厄介なモンに見つかりやがって……! 早く回復しろ!!」


物凄く怒りながらまじまじと僕を観察し、への字口をして小袋を押し付けられた。

そのまま、人形のように僕を持ち上げ、さっきの木にもたせ掛ける。

前に立ったディアンが、肩越しに振り返った。

見上げたその背中が、とても大きく見える。


「こいつら弱いけど、しつこい。俺一人だとジリ貧だぞ。全力で走れるようにしておけ」


多分、ディアン一人なら切り抜けられるけど、僕を連れては難しいということだろうな。

急いで小袋を開けると、思った通り回復薬が入っていた。

急にズキズキ重く痛み出した腕を見て、うわあと顔をしかめる。

がっぷり噛みつかれた腕は、完全に服の色が変わってぼたぼた赤が滴っている。腕以外にもあちこち流れて、気付けば服がビトビトに濡れていた。

腕を上げて庇ったから、もしかして僕、顔から胸元にかけて血まみれじゃないかな。

考えると怖くなってしまいそうで、慌てて回復薬に口をつけ、一気に飲み干した。


「あれ……? これ、すごくいいやつ?」


あんまりマズくなくて、途端に身体が熱くなる感覚。

恐る恐る血濡れた服を捲ると、もううっすら赤く跡が残るのみ。

ホッとしたのも束の間、間近で魔物の悲鳴が響いて飛び上がった。


「俺の後ろから出るな! 立てるか?!」

「う、うん!」


飛び掛かった魔物を切り捨て、ディアンが声を張る。

僕の身体が嗅覚を思い出したように、入り混じった生臭さが鼻をつく。

急に、身体が震えはじめた。

僕……食べられるところだった。この魔物に。

あの牙が、僕の腕を噛んで、あの足で、押さえつけられた。

魔法が使えても、かなわなかった。

どうして、あの時はあんなに落ち着いていたんだろう。


「る」


ふわっと温かいものが頬に触れ、ハッと手をやる。

震える手にすり寄る、小さな生き物の感触。手の平に飛び乗ったグリポンが、僕を見てもう一度鳴いた。


「どうして……? もしかして、君がディアンを連れてきてくれたの?!」

「るっ!」


当然のように胸を張る、小さな生き物に目を瞬いた。

……この子が、役に立たないだって? 


「ぐ……!」


ヒヒ犬の悲鳴と唸り声が同時に聞こえ、ハッと顔を上げた時、大きくディアンがよろめいた。


「ディアン!」

「うるせぇ、早く立て!」


一頭を切った隙に飛び掛かったヒヒ犬。彼はすんでのところで左手で受け、蹴り飛ばす。

急いで立ち上がると、いつの間にか、全身の震えが消えている。

ディアンが、肩で息をしているのが分かった。

そして、ヒヒ犬たちが包囲網を狭めて姿を見せているのも。

獲物が逃げる、と察したらしい。魔物避けがあっても、厭わず攻撃を仕掛けてくる。

ディアンの左腕に血が滲んでいることに気が付いて、ギョッとした。


「ディアン! 回復しなきゃ!」

「この程度でいちいち回復してられるか! くそ……抱えて動けるか……?」


自問の声が聞こえ、それが僕のことだと気が付いた。

ディアン、一人でなら逃げられるのに、そうはしないと分かってしまった。

僕を、助けに来てくれた。

僕のせいで、怪我をした。

あんなに、魔物に食べられるのは嫌だって、言ってたのに。

どうすればいい?

僕――僕だって、ディアンを助けたい。


グリポンが、できることを精一杯やったように。

僕だって、できることを最大限に。

今なら、魔物の姿が見える。魔法を当てられる。

ディアンの後ろから、手を伸ばした。


「――僕は放つ、風の刃!」


吹っ飛んだヒヒ犬に喜色を浮かべ、ディアンが僕を振り返る。


「あ……?! よっしゃあ、お前、戦えるな?!」


うん、と頷いて呼吸を整えた。


「僕、戦うよ! ディアンから、離れて!」

「おいっ?!」


風の刃を放ちながら、くるっとディアンの前へ出る。

単発の基礎魔法だけでは、足りない。

数を圧倒できる、速度と量がほしい。


「魔法は、創意工夫……でしょう?!」


師匠が、そう言った。

選書魔法も、そこから生まれたのだと。

師匠みたいな体系立てた創意工夫はできないけれど、僕だって。

イメージの通りに左手を上に、右手を前に。


「僕は放つ、――風の、乱撃!」

「は……?!」


僕を後ろへ引っ張り込もうとした手が、肩を掴んだまま、止まった。

空間を撫でるように、小さな僕の右手が包囲網の端から端までなぞっていく。

ひゅ、ひゅう、と空気を切り裂く無数の音と、重なる魔物の悲鳴。

折り重なるように倒れる、魔物たちと、千切れ落ちる葉っぱや小枝。

血生臭さよりも、青い草木の臭いが漂った。


「でき、できた……! ディアン、できたよ! 僕が、守るからね!」


僕は、油断なく構えたまま頬を熱くした。

僕、できた。魔物の包囲網を、破壊することに成功した!


「な……? お前……なんだ、その魔法?!」

「風の刃だよ! 連発、できればって! ……うまくいったね!」

「は……?!」


興奮して見上げた僕をしばし唖然と見つめ、ディアンは気を取り直すように僕を後ろへ引っ張り寄せると、深々溜息を吐いた。


「……いい、ひとまず森を抜けてから聞かせろ」

「うん! ……ひ、()たい?!」


何を? と思いながら頷くと、思い切り頬をつねられた。

突然の蛮行に涙目になった僕を見て、ディアンが鼻で笑う。


「行くぞ、俺の背中に貼りついて動け」

「う、うん!」


つねった理由を聞く間もなく、僕は慌ててディアンの背中にしがみついた。


「……ちげえよ。背中合わせだ、お前も戦うんだろ?!」

「あっ! ……うん!」


ふわっと、身体が熱くなる。

ディアン、ちゃんと僕を戦力にしてくれるんだ。

僕……絶対、絶対、ディアンに怪我をさせるもんか。

守りたい、そう思った。

背中合わせの僕たちは、残る魔物と睨み合いながら、ゆっくり歩き出す。


「魔力は、まだあるか」

「まだまだあるよ!」

「すげえな?! なら、ためらわずに撃ちまくれ。俺が援護する」

「うん!」


背中から、ディアンの息遣いを、熱を感じる。心が、落ち着いていく。

僕は心持ち背中を伸ばして、息を吸い込んだ。

ディアンにも、少しでもいい、伝わるといいなと思って。


口角が、くいっと上がる。こんな時なのに、ね。

背中には、ディアン。片方のほっぺには、ふわふわの相棒。

もう片方のほっぺだけが、じんじんと痛かった。


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― 新着の感想 ―
ディアン有難う!!! グリポンも頑張ったね(^_^)
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