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【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~  作者: ひつじのはね
第一章 ルルアの小さな世界

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14 奮闘と、その終わり

ふう、ふう、と息が弾んで、随分早足になっていたことに気が付いた。

流れ落ちる汗を拭って、そっと周囲を窺う。

……何も、いない。

いない、はず。


「気のせい、なのかな……」


僕が、怖いと思っているから、何かがいるような気がするのかも。

落ち着かず、何度も魔物避けを確認した。

大丈夫、まだ効果を発揮している。

見回した森は、まだ生い茂った藪と木々に囲まれ、お世辞にも浅い場所まで出て来たとは言えない。


「……走ろう、かな」


この方角なら、まっすぐ進めばよかったはず。最適ルートを選んだはず。

もう一度、周囲を見回した。

ちら、と遠くで何かが動いた気がする。

……でも、ただの揺れる枝かもしれない。

視線を感じる気がする。

……でも、どこからか分からない。

ガサ、ガサ、静かすぎる森に、僕の荒い呼吸と足音だけが響く。

ふいに、自分で踏んだ小枝の音に飛び上がって、堪らず駆け出した。


「る、る……?!」


驚くグリポンを胸元に押し込んで、全速力で駆ける。

ざわり、と周囲の雰囲気が変わった気がした。

……動いている。

大きな音を立てて走る僕をあざ笑うように、音もなく移動する影が。

それが何か、確かめる余裕なんかあるはずもなく、お腹も喉も痛いのを無視して走る。

ちらちら視界の端に映る影は、右にも、左にも。

決して近づいては来ないけれど。

きっと、魔物避けがあるうちは……!

その間に、『何か』の生息域を抜けられたら……!


脇腹にはナイフが刺さったようで、焼けるような喉からは妙な味がする。

だけど、走らなきゃ。

あんな怪我を負いながら走っていたディアンを思い出し、動きの鈍い手足を必死に振った。

僕は、怪我もしていない。もっと、頑張れるはず。


「わっ……?!」


藪を駆け抜けた時、くん、と足が蔓に引っかかった。

咄嗟にグリポンを庇って、勢いのまま背中からごろごろ転がる。

慌てて跳ね起き、走ろうとした足が止まった。


「……魔物」


かなり離れている。だけど、進行方向へ姿を現した魔物は、間違いなく僕に視線を向けていた。

こくり、喉が鳴る。

今にもこっちへくるかと思ったけれど、ただ立ち塞がるようにじっとしている。

ヒヒの顔に犬の身体を付けたような、さほど大きくない魔物。

攻撃、してこないのだろうか。

じりっと下がる僕のこめかみから、汗が流れては落ちていく。

足を引く。一歩、二歩……魔物は、動かない。

爆発しそうな心臓の音が、耳にうるさい。

えい、と思い切って踵を返し、来た道を駆け戻る。


「後ろ、見ていて!」

「る!」


胸元から飛び出したグリポンが、背後を見ていてくれる。

今にも後ろからガブリとやられるんじゃないか、気が気じゃなかったけれど、魔物は動かなかった。

あれは、僕を追っていた魔物じゃなかったんだろうか。

まだ、魔物避けが効いているからかも――。

そこまで考えて、ハッと足を止めた。

肩から転がり落ちたグリポンが、抗議するように飛んで鳴いている。


どうして、追って来ないのか。

僕、このまま来た道を戻ったら、どうなるの?


「……頭が、いいんだね」


ゆっくり、振り返った。

距離を保ったまま、離れた分少し距離を縮めて、魔物はそこにいる。

……僕が、森の中をさまよううちに、魔物避けが切れることを知っている。


「つまり、だよ」


ふう、ふう、と息を整えながら魔物を睨み据える。


「君が塞ぐ先に、森から抜ける道がある!」


きゅっと唇を結んで、駆け出した。

その、魔物に向かって。


驚いて、逃げてくれないかと祈ったけれど……。

一瞬ビクっとした魔物は、威嚇するように歯をむき出した。

ぐんぐん近くなるその姿。大きくない、と思ったけれど、僕の半分くらいはある。


「――僕は、放つ。炎の矢!」

「ぎゃうっ?!」


ディアンが褒めてくれたから。僕の魔法は、すごい魔法だって言ってくれていたから。

今にも飛び掛かろうとした魔物が、もんどりうって転がった。

視界の端でそれを確認し、足を止めることなくその脇を駆け抜ける。

ディアン、僕、できたよ! 師匠、基礎魔法、ちゃんと役に立ったよ!

頬を火照らせながら、思わず笑みを浮かべて――そして、凍り付いた。


「……こんなに……?」


立ち塞がったヒヒの魔物が、2匹、3匹――。右からも、左からも。

薄くなる魔物避けの香りと比例するように、魔物の独特な臭いと、火がくすぶる臭いが強くなる。

後ずさる僕からつかず、離れず、ちらちら姿を見せては森に紛れる魔物。だけど、確実に僕を包囲していく。


「……ねえ、君は飛べるから、高いところにいてね」


木を背に完全に囲まれたところで、グリポンを高く空に放った。


「るっ?!」

「見ていなくていいよ、ありがとう。……師匠には、言わないで」


にっこり笑って手を振った。

ふと、師匠がペタルグリフとの契約を解除したことを思い出す。

ねえ師匠、もしかして、こういう気持ちだったのかな。

今なら、とてもよく分かるよ。

師匠を脳裏に思い描いて、ちょっとだけ涙がにじむ。

師匠が、突然出て行った僕に腹を立てていますように。

顔も見たくないと、思っていますように。


――魔物は、ただ、待っている。

どのくらい経ったんだろう。削られていく精神に、意識が薄れそうな気がする。

グルル、と聞こえた唸り声にハッとして、藪から覗いた一頭へ両手を向けた。

途端、弾かれるように身を翻し、僕には見つけられなくなる。

きっと、魔物避けが切れたら一斉に襲い掛かってくる。

こんな、賢い魔物もいるんだな。

魔物避けが何であるか理解して、臭いさえ消えれば獲物であるって分かっている。


「魔法を撃ちまくれば……でも、その間僕から離れるだけだよね」


飛び掛かってきたら、そうしよう。一矢くらい報いないと、情けないもの。僕、広範囲魔法を知らないから。だから、撃てるのはせいぜい一発か二発かな。


背中の大きな木が、震える僕の脚をしっかり支えてくれる。

こんな時だからだろうか、『ここなら……』あの時呟いたディアンの言葉を思い出す。

そっか。言葉の意味、少し分かった気がするよ。

見上げた空は梢に覆われてほとんど見えないけれど、僕、森は嫌いじゃないよ。

ディアンは、魔物に食べられたくなかったって言ってた。

僕も、痛いのは嫌だ。


「でも……お腹がすくのって辛いしね」


ここなら……。こっそり、師匠のそばで。

案外、いいかもしれない。

僕、二人しか知らないから、二人の事ばっかり考えてるね。

流れる汗を感じながら、少しだけ笑った。


ざわり、と梢を風が揺らして、森の中にささやかな空気が流れる。

魔物避けの香りが、流れる。


「――か、ぜの、刃っ!」

「ぎゃっ?!」


右の藪が大きく動いたと同時に、構えていた魔法を放った。

まだ、魔物避けは効いてるのに!

飛び掛かった一頭を皮切りに、堪えきれなくなった一部の魔物が動き出した。


「あ、当たれーっ!」


無我夢中で、小さな魔法を次々放つ。

藪の中から飛び出してくる魔物は、一体何頭いるんだろう。

魔物の悲鳴と、唸り声が方々から響く。

背中を木が守ってくれているおかげで、僕は、一矢どころでなく報いることができ――!


「あっ……」


ドン、と横合いから衝撃を受けて、僕の軽い身体はいとも簡単に弾かれて転がった。

わっと駆け寄る魔物に、最後にひとつ魔法を放って、迫る牙を腕で庇う。

ズシッと重い魔物の脚がお腹を踏んで、腕がしびれるように熱い。

……目を、閉じた方がいいかな。

僕の知ってる人たちが、どうかこんな目に遭いませんように――。


「――るっ!!」

「えっ」


ふわっと頬に触れた、想定外の柔らかさ。そして、場違いな声を聞いた気がして、ぱちっと目を開ける。

――魔物の、悲鳴が聞こえた。


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