11 僕の、使い魔は
――小さな部屋に、光が渦巻いている。
消費されていく魔力を感じつつ、魔法ってきれいだな、と思った。
慌てた足取りが近づいてくるのを聞きながら、最後の言葉を紡いだ時。
「ルルア?! 何をしているっ?!」
ほとばしる光と魔法の圧に耐えながら、背中に感じる師匠の視線。
間に合った……!
無事に詠唱を終えられた安堵感にへたり込みそうになって、脚を踏ん張る。
勝手に召喚して、きっと怒られるだろうな。
でも……ひとりでは、ダメだって思ったから。
徐々に魔法の圧が、まばゆい光が、収束していく。
光の中佇むその姿は、想定と大分違ったけれど……。
「……君が、僕の使い魔……?」
くりり、と首を傾げたふわふわのそれが、つぶらな瞳をひとつ瞬くのを見て、笑みが浮かぶ。
「よろしくね、小さい相棒!」
「る」
変な鳴き声だな、と笑ったところで、戸口の師匠を振り返った。
いつもの不機嫌顔が、もっと渋面になって使い魔に視線を落としている。
「……だから、まだお前には無理だと言った」
「ううん。師匠、僕ね、ペタルグリフじゃなくていいんだよ。この子が来てくれて嬉しい!」
「は? 下級のハズレ幻獣だ、さっさと返せ」
「えっ?! 返さないよ、契約したよ!」
目を丸くした僕に、師匠の方も目と口を大きく開けた。
いつも同じ不機嫌顔に、そんなバリエーションがあったのかとびっくりする。
てととと、と寄って来た幻獣がふわっと飛んで、差し出した手の平に納まった。
ほら、こんなに可愛いよ。僕、この子がいいよ。
にっこり笑う僕に、師匠は唖然として――
***
「――それでね、すっごく怒られたんだよ」
「……ったりめーだ。どう考えても役に立たねえ。使い魔ってそう何匹も持てねえんだろ?」
むすっと頬を膨らませてディアンに訴えたのに、ディアンはぬるい視線で僕の使い魔を見ている。
最初は小鳥かな、と思ったけれど、そうじゃなかった。
ふわふわで、丸くって、グリフォンとヒヨコが混じったような小さな姿。
小さなくちばしと三角の耳があって、鳥に似た足が四本ある。
細いしっぽの先は、丸いぽんぽんをつけたよう。
それはグリフォンの上位亜種であるペタルグリフと、似ていると言えば、似ている。
特に、ペタルグリフの花びらのように美しく舞う羽根、それを思わせる綺麗な体色だと思う。
花のような、紫にミルクを混ぜた柔らかい色。
「あの野郎は、どうせお前を自分の代わりにして、悦に入りたかったんだろ。だからペタルグリフにこだわるんだ」
「そんなことないと思うけど……。僕が、ペタルグリフがいいって言ってたからだよ」
そりゃあ、師匠と同じ、あの絵姿のような立派な幻獣に憧れてはいたのだけど。
でも、さすがに今の僕に相応しいとは思わない。
「……でも、だからこそ、似た姿の子が来たんだと思うし。近縁種……じゃないのかなあ」
「似てねぇわ。似てるっつうならこいつは、ペタルグリポンコツだな」
「そ、そんなことないよ!」
ペタルグリポンって、割とかわいい響きだと思いつつ、ふわふわの幻獣を撫でた。
名もなき、下級の幻獣。
僕の手の平に収まってしまうくらい、とっても小さいけど、これで成獣サイズらしい。
「で、どうすんだソレ。いずれ返すなら、契約は早く破棄した方がいいだろ」
「しないよ! 僕、この子と一緒にいる!」
師匠は、どうしてもペタルグリフが良かったんだろうな。
古代魔法文字を自在に操る幻獣なんて、他にいないから。
「役に立たねえのに? 古代魔法文字どころか、乗れもしねえ」
「……いいの。それに、古代魔法文字なら、ほら!」
「る!」
ほわっと一瞬、幻獣の上に光が浮かんで消えた。
微かに読み取れる、古代魔法文字の欠片。
「それ、何か意味あんの?」
「この子、これしか出さないんだけど、ペタルグリフもね、こうしてふわーっと魔法文字の言葉を浮かべて意思疎通できるんだよ!」
「で? ペタルグリフがそうだとして、ポンコツの方は意味ねえってことだな?」
そうだけど……。でも、僕だって古代魔法文字を勉強している途中。仲間ができたみたいで、本当に嬉しい。
師匠は、この『まがいもの』は意思疎通だって碌にできないし、知能も低いって言うけれど。
だったら……僕とよく似ている。
「これから、一緒に色々知っていけばいいんだよ!」
「使い魔って、そういうもんか……? まあ、害にもならねえだろうけどよ」
誰からも、不要とされて碌に記録にも残っていない、ペタルグリポン。
僕だって、師匠が拾わなければ、もういなかったもの。
僕くらい、ずっと一緒にいたっていいと思う。
掴もうとしたディアンの手を嫌がったグリポンが、短い羽で飛びあがった。
ちょん、と止まったのは、包帯を巻いたディアンの右脚。
「てめえ……良い度胸だな」
ディアンの低い声に慌てて、グリポンを回収する。
「脚、どう? 今日は解熱薬使わなくてもよさそう?」
「ああ、もう行けるだろ。お前の、準備は」
「ディアンてば、僕がここを出るって決めちゃってる」
「当然だろ。あんな野郎の所に、一応恩人を置いてはいけねえ」
「一応……」
ディアンらしい物言いにくすっと笑った。
でもそんなに、師匠って悪い人に見えた? ディアンなら、分かるかなって思ったんだけど。
ただ、口汚く言う割りに、師匠に害を為そうって感じがしないのが、答えかもしれないね。
だってディアン、本当に怒ったら剣を振り回しそうだもの。
ふふ、と笑って立ち上がった。師匠用の回復魔道具を使ってもらって、ごはんも食べて、もうふらつかない。
持ってきた食事類を引き上げるついでに、いくつか小瓶を渡しておく。
「じゃあ、基本は解熱薬を飲まないってことで、これは万が一熱が出たり内火が起こった時用ね」
「内火なんてわかんねえ」
「腫れたり、触って熱かったり、赤くなって痛みがひどくなった時だよ。あと、おやつもここに置いておくね」
ふうん、と受け取ったディアンをじっと見て、伝えておくべきことを口にする。
「僕、ディアンに色々教わったね。ありがとう、本当に」
「礼は俺が言う方だろ」
照れ臭そうに、『助かった』と小さく言う彼にくすくす笑って、その場を後にした。
さて、もう一人の病人は、どうだろうか。
夜の薬を持って部屋に行くと、師匠はまだ起きていた。
「……まだガキがいるのか」
苛立たし気な呟きに、どうして分かるのかなと肩を竦める。
師匠から話しかけてくるなんて、珍しい。
ディアンがいるおかげで師匠の口数が多くなって、僕は嬉しいよ。とはいえ、ディアンも師匠も、相手の悪口ばっかりなんだけど。
「ディアンは、もうすぐ歩けると思うよ」
「放り出せ」
「もう……。いつまでもいないから、大丈夫だよ」
そうは言うものの、強制的に追い出しはしない。
師匠自身は魔法が使えないけど、魔道具は色々持っているのに。
二人は、やっぱり似ていると思う。
苦くないはずのお薬も、苦々しい顔で飲み干して、空容器が置かれる。
視線の合わない不機嫌な横顔をしばらく見つめて、少し息を吐いた。
寝台に乗り上げるように、そっと大きな体に腕を回す。
ギョッと身を引いた師匠を逃がさないように捕まえて、大丈夫だよ、と呟く。
「師匠、僕、ちゃんと師匠のこと好きだよ。大丈夫」
「…………うぜぇ」
大きくそっぽを向いてしまった師匠は、振り払わない。
人が、嫌いなのに。
くすくす笑った僕は、もう一度ぎゅっとしてから、部屋を出たのだった。
ホントは羊毛で作っておこうと思ったんですよ。
全然無理でしたね……いずれ作りますのでね!!!




