絆を結ぶ綱
どうにか窮境を逃れて、四人は一息ついた。
「敦、俺すっかり洗脳されたみたいだな」正義が頭を掻いて反省する。
「行きたいんだろ?魔王軍団を観覧しに」
「いいよ。黄泉の世界なんておっかないから」
「水上君。ありがとう。やっぱり私が魔王さんの国へ行っても何もできないわ。水上君こそが地球を助ける真のヒーローだもんね」亜季が心底惚れ込んだ声色で感謝する。
「二階堂さんは優しすぎだよ。だから魔物に引っ張り込まれちゃうんだ。もっと厳しく鬼にならないといけない」
「はい。頑張ります」
「新巻さん。自由愛好家だなんて、あんたも結構純粋だね」敦の問いかけに、由美は気恥ずかしそうに俯く。
「何であんな恥も外聞もないこと言ったのか、分からないわ」
「恥なんかじゃないさ。あんたが何考えてるのかが理解できて嬉しかったよ。これからは遠慮なく何でも話そうね」
「水上」由美が静かに呼ぶ。
本当はこんなに優しい声なのか、と敦は驚く。
友情がさらに堅固なものとなった四人は、各々微笑み合いながら心を揉みほぐした。
しかしその時。再びスマホに映像が浮き上がった。
暗澹たる闇夜をバックに、山羊が四匹映っている。
そこへツベルクの声が響く。
「この動物の山羊は君たちだ。これから山羊を魔王の生贄とする。つまり君たちをだ」
「どういう事だ?」敦が負けじと言い返す。
「すぐに分かるよ。さあ、楽しいショーの開幕だ」
すると画面が明滅し、山羊たちの体にイナズマが落雷した。山羊は血を流す。
陰惨で不気味な画だ。
「な、何が起こるんだ?」正義が泣きべそをかいて震える。
その時。すぐ横にある公園のブランコが独りでに動き出した。それは鉄具を軋り鳴らしながら、どんどん揺れ幅が大きく角度がついていく。
「何なのよ。何をする気?」由美が焦慮で顔を歪ませる。
すると、揺さぶられたブランコの片端が切れて、それが巨大な蛇の鞭となって四人へ襲い掛かって来た。
「危ない!」敦の一声で、全員地面に屈み込んだ。
鉄の鞭は執拗に四人を絡め取ろうと、蛇のようにくねりながら打撃を仕掛けてくる。
四人はその鞭に身体のあちこちを打たれながら転げ回る。
敦は魔封銃を持っていない。電波魔獣戦はあくまで非肉弾戦になるものと想定していたためである。
くそっ。何とかコイツの間合いから出なくては。
だが鉄鞭はそれを阻むように、絶妙のテンポと包囲網で四人を逃さない。
「もう駄目だ!殺されるよー!」正義が砂面を這いつくばりながら弱音を吐く。
「どうしちゃったんでしょう。ブランコが動くなんて不思議」亜季は未だに現状を把握できない。
「あの死神が魔法で動かしてるのよ。スマホだけじゃなく、物体まで操るなんて」髪を振り乱した由美が悔しそうに言う。
ブランコは休むことなく、彼らを鞭打とうと繰り返し迫り来る。
なぶり殺されるのは時間の問題だ。
三人を巻き込んだ責任は自分にある。
とうとう敦は意を決して立ち上がった。
「妖怪ブランコ野郎!目当てはこの俺だろう。他の三人は関係ないぞ。俺を殺れば気が済むんだろうが。さっさと来い」敦は手を広げて攻撃を誘導する。
「危ないよ敦!」正義が頭を抱えて叫ぶ。
「水上君!やめて!」亜季も決死の叫喚を上げる。
「あんた、ホントお調子者ね!どうするつもりよ!」由美が自棄になって見遣る。
鉄鞭が空気を裂くような唸りを発して飛んで来た。
しかし敦は瞬時に平行跳びをしてかわす。
と、鉄鞭はその真後ろにあった低い手摺りに絡まりついてしまった。
その隙に四人はブランコの攻撃が届く射程範囲から脱出することに成功した。
「やったー。さすが剣道部エース。もう大丈夫だ」
「安心するのは早いぜ正義」
その刹那、地震のような地鳴りが発生した。
その音源を仰ぎ見ると、今度は鉄製の滑り台がムキムキと地面から剥がれ、あたかも低空飛行機の様態で空中に燦然と浮かんだ。
「嘘だろー。滑り台まで」正義が顎が外れたように驚愕する。
「怒ってるみたいだね。どうしましょ」困り顔で首をすくめる亜季。
「最低だわ。もう生きて帰るのは無理みたいね」由美が諦観した口振りで対象を睨む。
平凡な高校生の敦は、恵まれない才知をフルに稼働させて攻略法を探った。
あの剛鉄に追突されたら、即一巻の終わりだ。 何とかして巻いてやる方法はないか。
考える猶予はなく、滑り台は四人めがけて傲然と突撃に及んだ。
各人悲鳴を上げながら、前後左右に無人飛行機の無慈悲な体当たりをよける。
滑り台は彼らを押し潰そうと、地上スレスレを滑空しながら襲いかかる。
次第に四人は呼吸が上がり、体のこなしも遅くなる。
「もう足が動かないよ」正義が泣きっ面でボヤく。
女子二人も互いに支え合いながらよろめく。
一同体力の限界に達している。
しかし、そこは神系の救世主水上敦。ある打開策を閃かせていた。
「こっちだ!木偶遊具め!」敦は単独で猛然と走り出した。
言葉を解するのか、罵倒された滑り台の魔物は憤怒のような風切り音を出してそれを追い掛ける。
敦はある地点で立ち止まり、両手の人差し指を天に向けて差し上げた。
さらに激情したかの如く、望む所だと滑り台は全速力で敦を轢き飛ばそうと衝突していく。
激突の間際、敦は反側横跳びでスルリと追突を免れる。
勢い余った滑り台は面前の大小の樹木が密生する叢林の中に突っ込んでしまった。
幾本もの倒木の下敷きになった滑り台はグラグラと悶え動こうとするが、重みで駆動できない。
「またやったな敦!」正義が跳び上がって歓喜する。
「水上君!ありがとう!」亜季も拍手で愛でる。
「無茶苦茶な男だわ」由美は珍しく失笑した。
そして全員再度周囲に警戒を払った。
すると、不意にエンジン音が喧しく火を吹いた。
見ると、造成中の集会小屋の隣にあるショベルカーが忽然と動き始めた。
「もうー、何から何まで動くのかよー」正義がまたしても晴れのち雨といった具合に悲嘆する。
「まあ、強そうだわ」亜季が口を覆って魂消る。
「あれは縛ることも潰すこともできないわよ」由美が皮肉るように言う。
「そうだな。だけど、言うじゃないか。ほら、中国古典だよ。そういう時は、三十六計逃げるにしかずってさ」
窮策を思いついた敦は、三人を連れてある場所へと逃走した。
そこは公園の一角に敷設された小高い丘だった。
四人は急いでその小山に駆け登る。
ショベルカーはそれを追って丘の下まで来たが、無論足はなく登れない。何もできず立ち往生する。
「またまた策士だね。まさに諸葛敦明だ」
「また水上君が助けてくれたわ」
「どうしたの?あんたそんな頭よくなかったわよね」
三者口々に褒めそやす。
「まあね。試合で野神に勝って生まれ変わったのかもな」敦は肩を揺らして大笑いする。
しかし束の間、急に足元が底揺れした。
見下ろすと、ショベルカーが物凄い起動音を鳴らして、小山の土を削り崩し始めていた。
「まさか此処を丸ごと崩落させる気かよ?」正義がまたも訪れたピンチに蒼白顔になる。
「大丈夫。かなり時間は稼げるよ」敦が落ち着いて言い諭す。
四人は依然追い詰められた状態で、敵の次なる出方を待つしかなかった。
「すまないな皆。こんな事になって」敦が口惜しげに言う。
「何今更言ってんだよ。友達だろ」
「そうよ。皆大切なクラスメイトだもの。きっと神様が助けて下さるわ」
「今頃謝ったって意味無いわよ。ていうか、悪いのはマンドラだし」
三人の返事が敦には有り難かった。彼らは自分を責めるべきなのに。優しい奴らだな。
ここで朽ちるわけにはいかない。この友人たちを絶対に護らなくては。
そして必ずや、またあの教室で楽しい語らいの時間を過ごすんだ。
いまだ薄氷の上だが、四人は肩を寄せ合って息を整えた。
するとスマホが鳴り、仮面のツベルクが液晶に映写された。
「よくぞ難関を切り抜けたな。水上敦、見上げた度胸だ」
「このイカれ死神!いつまで遊園地ごっこを続けるつもりだ!」敦が噛みつくように怒号する。
「いよいよクライマックスだよ。せいぜい楽しんでくれ給え」ツベルクは悠揚な冷笑を漏らして画面から消えた。
と同時に、向かって北側にある砂場から雑音が生じた。
睥睨すると、つむじ風が砂を巻き上げ、トルネード状に上空で烈しい爆風となっていた。
「砂嵐だよ!逃げなきゃ!」
「大変!下にはショベルカーさんがいるし」
「あの道化男。どうやっても世界征服は諦めないわけね」
防衛策を練る間隙も与えず、砂塵の暴風は山上の四人へ獰猛に吹きかかった。
全員目を閉じ顔を伏せて、狂おしい乱風に耐え忍ぶ。
荒れ狂う砂嵐をしのぐこと数十秒。
砂塵の舞は勢いを弱め、どうにか一同は生き延びた。
四人とも烈風を身体中に浴びて、服は酷いまでに砂だらけになった。
「何なのこの砂。買ったばかりのシャツなのに」由美が恨みがましく砂粒を払う。
「いっそのこと、ダッシュでこの公園から逃げようよ」正義がいよいよキレた口調で捲し立てる。
「そうしたらショベルカーさんも追い掛けてくるのかな」
「二階堂さんの言う通りだ。それじゃ、町の人が犠牲になる。外に出すわけにはいかない。ここで決着をつけるしかないんだ」敦が険しい眼尻で説諭する。
そして程なく、またも砂場が騒音に包まれ、今度は数倍の大きさのつむじ風が出現した。荒れ狂う爆風もさらに威力を増幅させている。
敦は懸命に思考した。必ず秘策があるはすだ。
これは全て敵の念力によって起こされている物理的怪現象だ。
そうだ。奴のエネルギー源は電波。スマホ端末の回線に憑依した電気エネルギーを、何とか麻痺させシャットアウトすればいい。
でもどうやって?
そうか。こちらからも念力を発射させて、奴の魔力を無力化する。それしかない。
敦は怯まなかった。
よっしゃ。ようやく使う時が来たようだぜ。
パーカーの懐から、とっておきの切り札を出す。
黄泉の隠しアイテム、サニワの綱だ。これで四人の意志を一つにする。
敦は有無を言わせず全員の足首に綱を巻いて、すなわち四人五脚を拵えた。
「こんなロープで何するんだよ?」正義が不安げに訝る。
「まあ見てろって」
敦は四人を一列に並ばせ、両手でスマホを持つように言う。
「いいか。これから俺たちは意志を統合する。四人で一つの想念になるんだ。そして全念力をこのスマホに注入する」
正義と亜季が分かりあぐねた表情なのに反して、由美だけは了解した面持ちだ。
「なるほど。敵の本体は電波信号。だからそれを遮断することでスマホからアイツを駆除するのね」
「そう。さすが優等生新巻さん。偏差値高いな。さあ、手のひらに意識を集めてあらん限りの念を送り込んでやろうぜ」
敦の激励で一同は意識を両手に集中させる。
一方の砂嵐は、俄然猛威を発揮して竜巻旋風を全開にする。
「来るぞ!皆急げ!」
四人はぎこちなさを見せながらも、全神経を注いで手に思念を集める。
すると彼らの身体からオーラの光波が滲み表れてきた。それは玉虫色の光輝になって一心同体の想念体となる。
今四人は、内なるエナジーを解き放たんとしているのだ。
そこへ砂嵐が暴威を剥き出しに爆進を開始した。
各人のスマホ画面にノイズが生じ、玉虫色に点滅する。
「いいぞ。この調子だ」敦が士気を鼓舞する。
しかし暴風がどんどんと此方へ肉迫する。
「ヤバい、間に合わないよ!」正義が悲鳴を上げる。
「正義!集中しろ!」
つむじ旋風は轟音を響かせてすぐ目の前に近づく。そしてまさに四人を呑み込まんとした時。
画面の点滅が止み、端末がけたたましく音を鳴らした。
瞬間、砂嵐は形を崩し弾けるように霧消してしまった。また、山肌を削ぎ崩すショベルカーのエンジン音も絶えた。
「やったのね!」由美が笑みを放つ。
「皆で一つになれたね!」亜季も満面の笑みではしゃぐ。
「よっし!俺たち勝ったんだ!」正義は歓喜に咽ぶ。
「どうだ、参謀さんよ!まだやるか?」敦が誇らしげに通達する。
ツベルクは思わぬ誤算に惑乱する。
「これほど手こずるとは。だがこのままでは済まさん」
一同は一気に勝負をつけるべく、さらに思念を込める。
スマホの背景が完全な玉虫色に染まる。
「よし。あと一押しだ」敦が半ば確信めいた口調で言う。
四人はようやく安堵した心持ちになりつつ念波の放散を継続する。
しかしその時。突然カマイタチのような疾風の刃が土面に生じ、亜季と由美の足首を繋いでいた綱がポツリと切れたのだった。
それと同時に、液晶の玉虫色が薄まり点滅が再開した。
そして眼下のショベルカーが動き出した。
「何でだよ!」正義が怯え騒ぐ。
「くそったれ!サニワの綱が切れたから、想念の一体化が妨げられたんだ」
サニワの綱は謂わば統合の命綱。切断されたら強い念は送れない。
執念深い死神野郎め。苦し紛れに縄をぶった切りやがったな。
由美が咄嗟に手で綱を掴む。
もう一度、一同は意思統一をして念力を発した。
しかし映像に変化はない。
何故だ?綱はちゃんと繋がってるぜ。
駄目だ。由美は片手を離している。両手でしっかりと放念する必要があるんだ。
由美の足首には綱の切れ端が巻き付いている。
青のデニムパンツにスタンスミスのスニーカー。その間から見える素肌のくるぶし。
そうだ。
「新巻さん!靴下履いてる?」
「えっ?履いてないけど」
「すぐに靴脱いで足の指で綱を挟んでみて」
「足の指で?」
「そう。片手をスマホから離すと念力が不十分になるんだ。だから足で挟むんだ」
由美はスニーカーを脱ぎ捨て、言われた通り足指で綱を挟み掴んだ。
そして四人は改めて想念を結集させた。
すると、見る間に再び玉虫色が画面を覆い尽くしていく。
各々のスマホが強力な念波によって微振動し始める。
一同は集中力を維持したまま、しばし画面とにらめっこする状態になった。
「まだ中に居座ってるのかな?」正義が痺れを切らす。
「でも私たちが想いを送ってるから、苦しいと思うわ」亜季が情を注ぎながら眉尻を下げる。
「も、もう足が攣るわ。しぶとい奴」由美が足をふらつかせて渋面を作る。
なおも四人は渾身の意志力を発揮して、端末に魂の波動を通電し続けた。
そうして、幾時かが過ぎた時。画面から黒い光波が盛り上がるように膨満累増し、ザワザワと空中に這い出した。
それは電波回線に取り憑いていたツベルクの本体だった。
「よくぞ魔王軍参謀である俺の罠を攻略したな。敵ながらあっぱれだぞ」
「人間を舐めてかかったのが敗因だったな。そう簡単に地球は支配できないぜ」敦は勝利の微笑を見せつけて喝破する。
「今回は完敗を認めよう。だが我々の侵略計画は微動だに変わることはない。勇敢なる救国使、また会おう」そう言うと、ツベルクは仄黒い光芒となって空の彼方に姿をくらました。
翌日は休日で、悪魔払い大戦の興奮も冷めやらぬ中、四人はとあるカフェに集合した。
「皆にはとんだ迷惑をかけたからさ。この玉姫の木の実をプレゼントするよ」
「何だ木の実って?」正義が真っ先に分捕る。
「食べると予知能力が備わる黄泉アイテムなんだ。一ヶ月経つと効能はなくなるから心配ないよ」
「すごーい。ノストラダムスみたい」亜季が目を輝かせて木の実を抓む。
「スピリチュアルカウンセラーになれるのね。面白そう」由美も興味深そうに、そっと指に取る。
三人は意気揚々とドリンクで木の実を喉に流した。
すると、突如三人とも無表情になり、キョトンと虚空を見つめる。
そして数瞬後、ハッと我に返る。
「あれっ?俺いつカフェに来たのかな?」
「うん?水上君、石垣君?新巻さん?私、どうしたのかしら?」
「何よこれ?何で私があんたたちと一緒なのよ!」
玉姫の木の実が予知能力を萌芽させると言うのは大嘘で、これは食べた者の記憶を丸一日分忘却させる秘密アイテムなのだ。
三人の脳からは昨日の公園でのスマホ大激戦の記憶が、綺麗さっぱり抹消されたのである。
敢えてそうしたのは、マゴヒルコと相談した結果、やはり記憶を削除した方が彼らの学生生活にとって安全かつ賢明だという結論に達したためであった。
「おかしいよな。敦や二階堂さんはともかく、何で新巻さんとカフェなんか」
「黙んなさいよ!と、とにかく記憶喪失になったのよ!あの公園に呼び出されて、それから。もう、何がなんだか!」由美はテーブルを叩いて立ち上がる。
「新巻さん。よく分からないけど、せっかくだもの。楽しく話しましょ」亜季が愛くるしい笑顔を向けて宥める。
「そう言えば。何かあんたたちと打ち解けた記憶があるような」由美はふくれっ面で腰をおろす。
三人はなぜか筋肉痛だの打撲痛だのと、覚えのない身体の異変を訴えた。
「まあ細かい事は気にしない気にしない。さあさあ、ランチでも食べよう」
敦はつくづく自分の任務が大層侘びしく思えてきたのだった。




