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謎の小人

 とある市街地の総合病院の一階フロアは、いつも通り患者で混雑していた。

 海道高校合気道部の男女五人は、合宿で負傷して入院中の部員を見舞いに来ていた。

「川野裕一さんの病室を教えて下さい」部長の優木聡太が総合受付の窓口に声を掛ける。

 事務員の畑田菜緒が丁寧に対応する。

「ご友人ですか?面会は二人までですが」

 仕方なく優木と真中愛の二人が面会し、後は待合室に残ることにした。

 二人は畑田に病棟の場所を聞き、長い廊下を歩く。

「夏合宿はマレーシアみたいだぜ。金貯めなきゃな」優木がポケットに手を突っ込んでぼやく。

「私もバイトはしたくないし、祖父母に泣きつくしかないわ」

「年金ぶん捕るのか?」

「貯金があるはずだから」

 高校生は親の庇護下に依存しているものだが、家計の苦しさを知っているため、優木も真中も罪悪感を禁じ得ない。

「川野の奴、退屈してるだろうな」

「スマホがあるし、そうでもないでしょ」

 その時、忽然とけたたましい警報音が鳴り渡った。

「何だ?」

「火事かしら?」

 二人は正常性バイアスに促されかけたが、念のため待合へ引き返した。

 一階ロビーは騒然としていた。警報アラームと人々の足音で院内はパニックになっている。

「どうして?あっ、患者様、大丈夫ですか?」窓口を飛び出して右往左往する畑田が、眼前で倒れ込む外国人風の男に問いかけた。

「It was aids・・・」男は不気味な声で呟く。それはまるで宇宙人のような、人間のものではない音色だった。

「エイズ?エイズがどうかしたんですか?」畑田はすっかり虚心に陥って慌てふためく。

「アー、アー、グワー・・・」男は喚くようなうわ言を吐く。すると、その背後から水蒸気のような気体がモクモクと現れたのだった。

 それは何かの形になり、天井へと噴き上がった。

 田畑はわけが分からず、兎にも角にも通報だと、一目散にカウンター備え付けの外来用電話へ飛びつき受話機を取った。

「もしもし、あ、あの大変なんです!病院が、病院が、・・・」そこまでで声は途切れた。

 マイクから相手の呼びかけが無情に木霊す。だらんと垂れ下がる受話機。そしてどこからか、シャボン玉のような透明な泡がブクブクと飛んできて、電話にベトベトと纏わりつく。


「国立健生病院は既に封鎖され、自衛隊特殊部隊以外誰も中には入れない模様です。今日午後三時二十分頃、突然病院内の人々が、めまい、吐き気を訴えて次々に倒れ始めました。数分後には院内にいた患者さん、職員の全てが昏倒し意識不明に。政府発表によれば、原因は未知のウイルスであるとのことで、採取した血液サンプルによると、それはエイズウイルスの変異体である可能性がるという見解が示されました。通常空気で死滅するはずのエイズウイルスがなぜ空気感染するのか。目下究明中です」

 六時のニュース速報を見ながら、敦は他人事のようにカレーを頬張る。

 どうせ他県だから関係ない。自分は自分。自らに他者志向が足りないのは自覚している。

「大変なことになってるわね。エイズだって。またパンデミックだったらどうしましょう」母親が心配げに言う。

「こっちまで来なきゃいいけどさ」

「他人事じゃないわよ。仕事も学校もオチオチ行けなくなるもの」

「なら、家で暮らせばいいだけだよ」敦はそそくさとカレーを平らげると、無関心の態で部屋に引き上げる。

 パンデミック。それがどうした。俺の将来には関係ないことだ。それじゃなくたって、AI社会で仕事がなくなるかも知れないってのに。ここまで来たら世の中なんかどうなっても構わない。

 もうどうにでもなればいいんだ。

 どさりとベッドに寝そべり、部活の疲労を癒やす。 

 自分の日常は変わらない。変わるはずがない。

 そう。今日もつつが無く一日が終わるはずだった。

 しかしその時。

「駄目だぞ。お前には与えられた役目がある。そのためにこの世に転生したんだぞ。希望を捨てるな」

 敦は思わず身体を起こした。いきなり何も無い空間から話し声が。泥棒か。

「だ、誰だ!何処に!えっ?」ふと机に視軸を向けると、あろうことか手のひらサイズの人形のような物が鎮座しているではないか。

「ちょ、ちょっと待った。なんだこれ?」腰が抜けるとはこの事だ。

「驚くことはない。我が名はマゴヒルコ。この日の本の神であるイザナギ様とイザナミ様が生んだ最初の神、尊崇すべき第一子、蛭子命様の末裔だ」そう言って小さな物体は自慢げに笑った。

「へっ?何だそれえ?」狐に抓まれた敦は唖然と口を開くしかなかった。

「古事記を読んだことはないのか。この世の人間は無教養だな」

「そ、そんなことより。一体何なの?幽霊か妖怪の一種ってこと?」

 マゴヒルコはピョンッと軽快に机上からカーペットに飛び降りた。

 この小人は異世界から来たというのか。ファンタジー小説か御伽話しか。でも何故。

「感謝しろ。水上敦、お前は黄泉の最高神の計らいにより、救国使に選ばれた。詰まるところ、今日はその記念すべき就任式だ」

「はっ?キュウコクシ?」

「そうだ。お前は唯一人の地球防衛隊員として孤軍奮闘、働かねばならん」

「ち、地球防衛?」

「黄泉の魔王マンドラがこの世に破壊獣を送り込んだ。お前はその悪魔を退治する役目を担うのだ」

 ちょっと待て。これは夢か幻覚かも知れない。悪魔が地球に降臨して、自分がその討伐隊になる?何という紋切り型の似非物語だ。こんな馬鹿げた展開。信じないぞ。俺は病気じゃない。普通の高校生。誰がなんと言おうと正気だ。

「じゃあ聞くけど。もし仮にあんたがあちらの世界から来た異形だとして、その最高神ってのが俺を選んだ理由は何なのかな?」もういい。こうなれば、妄想甚だしいこの小人の暴論にとことん噛みついてやることにした。

「それはお前が天津神の血を引いているからだ」

「アマツカミ?」

「お前の遠い遠い遥か昔のご先祖様だ」

 ますます戯言の度合いが増していく。いいだろう。夢でも幻でもないなら、どこまでも聞いてやる。

「高天原という場所に住まう神々は、地上に人間界が生み出されてからこの方、その監視役として救国使を派遣して、今日まで世界を鎮護して来た。その末代、つまりその系譜を継承するのがお前と言うわけだ」

 そう言って、マゴヒルコは胡座をかいてまたも笑いを漏らした。敦は些かムッとしてきた。

「へえ、それで。俺にどうしろって?」

「早速御役目がある。先刻、ニュースを見ただろう。ウイルス騒ぎだ。お前が解決しなくてはならん」

「解決する?」

「それが救国使としての最初の仕事になる」

「仕事って。何をどうするって言うんだよ?」

 するとマゴヒルコは小さなカプセルを懐から取り出した。そして、奇妙な言葉を暗唱した。

 次の瞬間、カプセルは大きな金属のようなものに変幻したのだった。

「うわっ!何だよそれ!」

「黄泉で創製された魔封銃だ。これで破壊獣を掃討するのが今回の任務というわけだな」

 魔封銃で破壊獣を?何言ってやがるんだ。意味不明だが、ウイルスと悪魔とどう繋がってるんだよ。

「冗談だろ。俺に悪魔を倒せって?」

「それがお前の使命だ。嫌だと言っても、お上の命令からは逃れられんぞ」マゴヒルコはまたも愉しげに笑って見せる。

 逃れられんって。俺の人生はどうなるんだ。学校は。剣道は。指定校推薦は。

「いい加減にしてくれ!そんな馬鹿な仕事、二つ返事で承諾できるわけないだろ!」

「任務を断ることは絶対にできない。お前の身体には天津神の魂が脈々と宿っている。この世の大衆を守護しなければならないという神魂の志しが必ずお前自身を動かす」

「シンコン?そんなものあるのかよ?」

「今ある肉体はただの乗り物。本体である魂は永遠に生き続けるのだ」

 その辺で拾って来たような心霊話ばかりしやがって。なんで神の役目を凡人の自分なんかに振るのか。ああもう、神経が崩壊する。

「本当に真面目に確実に、事実なの?夢芝居じゃないの?」

「正真正銘の真実だ。こんな手の込んだ法螺を吹いてどうする」

「くそっ。どうして、どうして俺なんだよー」敦は頭を抱えてベッドに顔を伏せる。

「過酷であることは百も承知だ。愛する家族、友人がいるのも知っている。しかし、お前は神々の血族なのだ。宿命を変えることはできない。分かってくれ」

 ヤバいを通り過ぎて、もはやどん底だ。使命、神々、血族。世界を護る救国使だと?全く笑う気も起こらない。

 絶望感に打ちひしがれた敦の意識はいつしか薄らいでいった。


 

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