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癒しの学園

 それから学校は臨時休校になったが、それだけで済むわけはなく、世の中は大混乱になった。

 ドラゴンを退治したあの謎の五人は何者か?どうやって倒されたドラゴンとともに、空中へ消え去ったのか?

 宇宙人か妖怪か霊魂か?あらゆる識者も解明に苦慮し、世界はパニックに晒されている。

 ここしばらく、敦の家に正義が入り浸りだ。

 そして今日は亜季と由美にも連絡を取って、四人で秘密談義と相成ったのである。

「でもビックリしたなあ。画面に敦と二階堂さんのアップが映ったから。あんな危険なとこで、二人で手繋いじゃってさ。一体何やってたんだ?」正義が勘繰るように含み笑いをする。

「おまけにあんたたちの正面には、ドラゴンの隊長が歩いてるし。何か隠してるわね」由美が腕組みをして睨む。

 もう隠し通せる状況ではない。敦は掻い摘んで真相を明らかにした。

「まさかあ。信じられないよ。そんなRPGゲームみたいな話が現実にあるなんて」正義が飽きれた物言いで茶化し笑った。

「じゃあ、あの竜の軍団はどう説明するんだ?現実の話だとでも言うのか?映像トリックなんかじゃないぞ」敦は尋問口調で言い諭す。

「ガチで真実なのかよ。そんな世界が。魔界から来たなんて」

「また来るって言うのは確かなの?」由美が拗ねたような憎らしいような面差しで、信じざるを得ない事実を何とか受け止めようとしている。

「でも大丈夫だから。水上君は天津神の血を引くヒーローだもん。それにスナイパーさんたちも助っ人だし」亜季が精一杯の笑顔で場を和ませる。

「まあ、そう言うこと。不安かも知れないけど、多分何とかなるから。さあ、ピザ食おう」敦は空元気を出して皆を励ます。

「だけど信じられないなあ。敦が神に仕えるヒーローだなんてさ。じゃあ俺たちは、その脇を固めるヒーロー戦隊のメンバーってことだろ?参ったな、もう」

「誰がお前を戦隊に入れるかよ。まあ、皆には迷惑はかけたくないけど、何らかの手助けをお願いすることはあるかも知れない」

「私、何でも協力するから。戦争はよくないもの。モンスターさんを説得して見せる」

「気持ちはありがたいけど、皆を危険な目に遭わせたくないんだ。戦うのは俺だけだよ」敦が嬉しさ混じりの寂しげな語勢で言う。

「どうでもいいけど、ノストラダムス級の世界終末がやって来たわけよね。もうじっとしてても意味がないわ。水上、私も戦わせて」

「新巻さん」敦と由美の目線が、きっかりと結ばれた。

「見直したよ新巻さん。いつも自分の事以外無関心だったのに。いやー、人間変わるもんだね」正義がチーズを口にこべり付かせて感嘆する。

「分かった。その時が来たら三人にも手伝ってもらうよ」

 その時、空間に黒点が発生し、そこからマゴヒルコが飛び出て来た。

 亜季は二度目。正義と由美は初見だ。

「だ、誰、この人!魔王軍?」正義が絶句する。

「仲間だよ。正確には仲介人」

 由美も驚きの表情で詰問する。

「これ、小人なの?」

「そう。古代神の末裔。そこそこ偉い人みたい」

「そこそことは何だ。先祖はイザナギとイザナミの第一子だぞ。お前は救国使。私のずっと末端の部下だ」

「まあいいじゃんか。お互い神系なんだから」

 マゴヒルコはちょこちょこと歩いて、ベッドに腰を落とした。

「ちょうど役者が集ったところだ。お前たちも救国使のお側役として任務を司る運命のようだな。差し当たり、何かアイテムが入り用だろう」そう言って、マゴヒルコはカプセルを三つ、ベッドシーツの上に並べた。

「石垣正義。お前にはこれだ」右のカプセルを押すと、煙とともに光り輝く衣が出現した。

「これは翔天の羽衣だ」

「俺に、アイテム!これが!」正義が衣を引っ掴む。

「二階堂亜季。そなたには」真ん中のカプセルを握る。

 煙から吹き出てきたのは、装飾優美な杖だった。

「破邪の錫杖だ」

「ありがとうございます。こんな美しい杖を下さるんですね」亜季は手に取って大事そうに精察する。

「そして、新巻由美。そなたにも」左のカプセルスイッチを押下した。

 現前したのは、眉目秀麗な履物だ。

「これは朱雀の靴という」

 由美は疑い深げに靴を拾い上げる。

「怪しいわね。履いた瞬間、魔法でうんと遠くに飛んで行ったりするんじゃないでしょうね?」

「今は敢えて使い方は伝授しないでおこう。すべては経験だからな。実戦あるのみだ」マゴヒルコは掠れた笑い声を奏でる。

 こうして三人は救国使である敦の、名付けて舎使として地球防衛の補佐を担うことになったのだった。


 数週間後に学級閉鎖は解除され、悪夢を忘れるべく生徒たちは学業に勤んだ。

 しかし地球上で唯一、魔王マンドラの侵略計画を知る敦たちは、とても学校生活に集中できるわけがなかった。

 自分たちの青春はこのまま踏みにじられてしまうのか。

 二度とは戻れない淡い思い出のページの数々は千切り取られる運命にあるのか。

 そんな中、東青高校は文化祭を迎えた。

 敦たちのクラスの出し物は仮装行列だった。

 これについては、ある興味深い珍事があった。

 仮装のテーマは花魁おいらんで、生徒たちは着物を着飾って江戸の情緒を表現する。

 クラスでは、この仮装行列のメインこと花魁を誰が演じるのかを決めるに当たり、まず亜季が真っ先に挙手し即決した。

 しかし花魁はもう一人いた方が華やかだということになり、それを誰にするかが決まらなかった。

 派手な衣装を纏う花形は、現代っ子には恥ずかしい役回りだからだ。

 やる気のある者がいないため、やむを得ずくじ引きで決めることになった。

 するとそれを引き当てたのは、あろうことか由美だった。

 とんだ災難に、本人は断固拒否した。だが、クラスメイトや担任の圧力、そして何より亜季の強い説得で、泣くなくやらざるをえなくなってしまった。

 そんな事情で、今行列の中心には亜季と由美が豪華絢爛な和装を身に着けて歩いている。

 当日欠席も考えていた由美は、本番直前まで駄々を捏ねていた。 

 しかし、絶対欠席しないでねという亜季が説得に説得を重ねて、何とか引き釣り出したのだ。

「よっ!二階堂さん、新巻さん!綺麗だよ!クレオパトラも敵わない!」正義が行列に添い歩きしながら絶賛する。

 行進を眺める学内外の観覧客からも、キレイ!の掛け声が投げかけられる。

「二人とも傑作だな」相伴役の商人に扮して一緒に練り歩く敦は、薄ら笑いが止まらなかった。

 新巻のあの顔。笑えるぜ。化粧塗りまくっちゃって。あんな頬が引き攣ってる新巻を見たのは始めてだな。平素の無愛想な捻くれ女とはまるで別人だ。

 その不満げな所作からは、いまだに後悔と苛立ち、嫌悪が滲み出ている。

 生意気な事ばっかり言ってるから、バチがあたったんだ。まあ、これもいい薬ってことか。

 一方亜季は胸を張り、不安定な高下駄で可憐な花魁歩きを演じている。

 二階堂さん、すっかり世界に入り切ってるな。

 何をやらしても純粋で素直だ。この前のドラゴン事件でだいぶ仲良くなったし、付き合ってくれないかな。一気に結婚でもしようか。

 敦は終始愉快な気分で二人を凝視しながら、年に一度の祭典を満喫していた。

「もう、最悪!何よ、これ!」由美が脱いだ高下駄を投げつけて怒鳴る。

 さらに、破り取るように着物を剥いだ。

「やったわね、由美さん。私たち、色んな人から拍手貰えたね」亜季が満面の笑顔で嬉しがる。

「何が拍手よ!こんな恥ずかしい思いしたのよ!」

「ごめんなさい。私が誘ったから、新巻さん無理矢理だったもんね」

「私はそもそも学校行事には何の興味もないの」そう吐き捨てて、更衣室に直行する。

「気にしなくていいよ。新巻さんには、こういう刺激が必要だからさ」敦が満顔で衣装を畳む。

「そうそう。午後から演劇部の公演があるよ」

「あっ、そうだった。石垣君、張り切ってたもんね。一緒に行こ」

 よし来た。今日一日カップル成立!

 演劇部の題目は「街角の勇者」というコミカルな青春群像劇だった。

 正直、内容はありきたりで、あまり感動する場面もない凡作だ。

 敦は劇を見るよりも、隣の亜季の事が気になって仕方なかった。

 可笑しくなくても亜季が笑えば笑い、シリアスになれば敦もシリアスに、という具合に亜季の機嫌を損なわないよう注意した。

 お笑いだったのは、大道具係の正義がライトの消えた中、舞台セットを片付ける時に思い切りズッこけた事だ。

 また上演中、感動の見せ場で花吹雪を降らす場面があったのだが、そのタイミングが早すぎて、気づいた観客が失笑を響かせていた。

 花吹雪は俺が担当だと自慢していたので、天井裏で失態を犯したのは正義だろう。

「楽しかったね」満悦の亜季が爛々と笑いかける。

「うん。いい芝居だった」退屈だった敦だが、やむ無く追従笑いをする。

 それからメインストリートの模擬店を見に行った。

 昼食は食べていたが、また小腹が空いて、二人とも焼きとうもろこしと鯛焼きを一個ずつ買った。

「文化祭っていいね。年に一回しかないのが残念だけど」亜季がとうもろこしに息を吹きかけて言う。

「そうだね。イベントは毎月あってもいいよね。授業だけじゃ学園生活が詰まらな過ぎ」敦は鯛焼きにかぶりつく。

「ねえ水上君。みんな、地球が危ないのを知らないのよね。こんなお祭りがずっとあると思ってるのかな?」

「そうだろうね。魔王軍の事は僕たちしか知らない。みんな、あの異星人の侵略はもうないと思ってるんだろう」

 二人は芝生に座って、ぼんやりと校内を見遣る。

 道端には何処かのクラスが作ったハリボテが幾つか立っている。

「何とかなるよ。スナイパーもいるし、なんたって天津神が後ろ盾になってるんだから。百人力だ」

「前向きなのね、水上君は」

「まあね。世の中天国にするのも地獄にするのも、自分の心次第だからさ。俺は心に天国を持ちたいね」敦は胸を叩いて言う。

「素敵」そう言って、亜季が敦の肩にもたれ掛かる。

 うわー。来たぞ来たぞ。ついに愛の告白か?

 敦は舞い上がって赤面してしまう。

 やっぱこういう時は抱き寄せるもんなのか?

 恋愛経験ゼロのおくて青年には、まるで恋心は分からないのだ。

 しばらく二人は寄り添ったまま、心ここにあらずの状態で、生徒の行き交う学内の景色を雑然と見ていた。

 他にもバンドの演奏や、カラオケ大会などがあり、あっという間に夕暮れ時になった。

「いやあ。俺としたことが、花吹雪間違えちゃった」

「でも面白かったよ。石垣君の一生懸命さ、伝わったから」亜季が笑顔で癒やす。

「ホント!ありがとう。そう言ってくれると、また続けたいという熱意が出てきちゃうな」

「一番良かったシーン、教えてやろうか?」敦が意味ありげな顔で割り込む。

「おう。教えてくれ。どこが泣けた?笑えた?」

「消灯中、お前がギャグマンガみたいにコケたシーンだよ」敦はそう言って腹を抱える。

「敦!お前って奴は!親友の不幸がそんなに笑えるのかよ!クソッ!」

 笑いを噴き出しながら逃げる敦を追い回す正義。

 それを見て亜季も笑いながら一緒に駆け回る。

 地球の危機は夢幻だったのか。そう思わせるぐらいに、文化祭は平和と安楽のうちに過ぎていった。


これで物語は一区切りです。お読み頂きありがとうございます。またよろしくお願いします。

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