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12/13

俺が総大将

どれだけの時間が経過したか、すっかり日が没し夕焼けが夜闇になった頃。

 スナイパーたちは神竜軍団を制圧した。

 既に生徒たちの殆どは帰宅していたが、暗闇のグラウンドには、残った観衆からの歓声が響き渡った。

 敦と亜季は歓喜を露わに、スナイパーの元へ駆け参じた。

「やったやった。魔王軍を倒したぞ!」敦が両手を高々と上げる。

「よかった。これで地球は救われたのね」亜季が胸に手を当てて微笑む。

 これは始まりに過ぎないんだ。とは言えなかった。しかし、甘い期待を持たせるわけにはいかない。

「まだ、安心できないかもね」

「えっ?他にもモンスターさんが来るの?」

 どう回答しようかと思いあぐねていると、タナウスが辛辣に言い放った。

「水上敦。後は君がやれ。この任務の総責任者は君だっていうのは聞いているだろ」

「俺が?」

「そうだ。軍団長を倒すのはお前の仕事ってことになっててよ」レンドルが脱いだジャケットを肩に掛けて言う。

「てめえ、救国使のくせして、ただ見学するだけでお仕舞いだと思ってんのか?ケジメをつけろ、ガキが!」ベルが悪辣に冷罵する。

「天津神の嫡子だろ?あんたなら絶対出来るよ。自信持ちな。あんたが主人公なんだよ」ジョリーは笑顔で諭す。

「俺たちの役目はここまでだ。頼んだぞ救国使」トライスも無口を押して発破をかけた。

 すると、敗軍の将ムザラクが、前方から近づいて来るのが見えた。

「いきなりそんな事言われても、困るんですけど。魔封銃もないし。武器、貸してくれるの?」

「それは駄目だ。これは自分たちだけの愛玩具でな。貸すわけにはいかない」タナウスが言う。

「そんな。素手で戦えって言うの!」

「知るかよそんな事。神の子孫だろ?自力で何とかするんだな」ベルが意地悪げに嘲笑う。

 五人は敦たちを置き去りにして後方へと退いていく。

 ムザラクが悠揚とした足取りで此方に来る。

「水上敦。貴様の首だけは持ち帰る」

「ちょっ、ちょっとタイム。作戦タイム!」そう言うや、敦は亜季の手を引いて校舎に逃げ帰る。

 ムザラクが逃がすまいと追走して来る。

「水上君!」

「二階堂さん!皆と一緒にいて!アイツは俺がなんとかする!」敦は亜季をスナイパーに預けて遁走する。

 敦は廊下を駆け、逃げ場所を物色する。神経が最高潮に高ぶり、もう足裏にガラス片やらが刺さるのも気にならない。

 廊下の突き当りにある図書館の鍵が開いていた。

 館内に飛び込み、書架を盾に隠れる。

 敦は動悸で乱れる息を何とか整えて、打開戦法を考えた。

 ムバラクが馬車馬のような足音を鳴らして、中に入って来る。

「情けないぞ、水上。逃げるとは救国使の名折れ。潔く立ち会え」

 煩い!そうするために、今作戦を捻ってるとこなんだよ!こっちは素手のスッポンポンなんだぞ、バカヤロー!

 ムバラクは長剣を掲げて、呪文を唱える。

 すると刀身から光の渦が放たれ、館内がけたたましく揺れ始めた。

 そしてガタガタと書棚が傾き、ドミノのように本をふるい落としながら倒れる。

「うわー!」敦は左右から書棚に押し潰されて、身動きができなくなる。

「軍団長の私と、貴様とでは力の差は歴然だ。大人しく出て来い」ムバラクは悠然と散らばった本を蹴り分けつつ、敦を見つ出さんと歩き回る。

 敦は良くない頭を稼働させて、起死回生の策を思案する。

 どうすればいい。勝てる可能性は極めてゼロだ。こちらには攻撃アイテムは何もないんだぞ。

 アイツは魔力を秘めた剣を持ってやがる。

 待てよ。そうか!勝つにはそれしかない。当たるも外れるも八卦だ。 

 実に拙い作戦だが、他に生きる道はない。

 敦は書棚の下敷きになったまま、気絶したふりをした。

 本を踏み散らしながら、足音が接近して来るのが分かる。

 そして、ムバラクは倒れた書棚の下からはみ出た足を発見した。

「どうした?頭を打ったか?起きろ、救国使!」ムバラクは足を掴み上げ、敦を引っ張り出した。

「まあいい。闘うまでもあるまい。即刻あの世に魂を送ってやろう」そう言って剣を振り上げた。

 その瞬間。敦の足が敵の股間にヒットした。

「オアー!」悶絶するムバラク。

 敦はその長剣に飛び付き、素早くもぎ取った。

「ざまあ見ろ!これで、お前は魔法を使えない!」敦は勝鬨の笑いを放つ。

 しかし、ムバラクは冷笑を返して言う。

「勘違いするな。魔法は私の体に由来するものだ。剣など必要ない」

「う、嘘?そうなの?ま、待って。ちょい待ち!」敦は怯えながら後ずさる。

「貴様は今日死ぬ運命なのだ。諦めろ」

 こうなりゃ、やるだけだ。死んでも魂はあの世で生きるんだ。怖くない。

 破れかぶれの敦は、半狂乱の気概で敵に斬り込んだ。

 しかし、腕力と動体視力の差はあまりに大きく、敦は呆気なく長剣を奪い返されてしまった。

「その根性に敬意を払って、私の真の姿を見せてやる」そう言うと、ムバラクは剣に烈しい闘気を起こした。

 それは赤い炎になり、体中を取り巻いた。

 そして次の瞬間。ムバラクがドラゴンに変幻したのだった。

「ドラゴンだったのか!」

 もはや逃げの一策しかないと、敦は本の山を踏み分けながら図書館を脱出する。

 

 夜の廊下をひた走る。

 最悪だ。逃げる以外に何ができるってんだよ。

 元はと言えば、スナイパーがいけないんだ。彼奴等が怠けるからだ。武器もない子供に軍団長が倒せるわけない。

 よし。あいつらに闘ってもらうしかない。

 敦は開き直って、スナイパーたちの所へ全力疾走する。

 亜季が真っ先に叫んだ。

「水上君、大丈夫!」

「いいや、全然!」

「おっ、やっつけたか?」タナウスが気楽な調子で声を掛けた。

「勝てるわけないでしょ!武器もない高校生にタイマンさせるなんて、いじめだよ!あんたたちに闘ってもらうからね」敦が本音をぶちまける。

「それはできねえ。契約外なんだよ」レンドルが憮然と言い捨てる。

「総大将はてめえだ。死ぬなら勝手に死んじまえ。俺たちには関係ねえ」ベルが退屈そうに罵倒する。

「でも気の毒だからさ。何か道具をあげるよ」

ジョリーが温和な表情で言う。

「道具?」敦はキョトンとする。

 すると、タナウスが何かを投げて寄越した。小さな拳銃だ。「これでよければ使いな」

 ジョリーは布地のリストバンドを投げた。

 そしてレンドルは茶色いマスクだ。

「何だよ?拳銃はともかく、こんなものでどうするの?」

「使ってみれば分かるさ。さあ、敵が来るよ。ファイト!」ジョリーが激励する。

 火輪を纏わせたドラゴンの化身ムバラクが殺意を漲らせてやって来た。

 敦は再び廊下を走り抜け、曲がり角を死角にして敵を待ち受ける。

「救国使。貴様の首を魔王に持ち帰り手柄とする」

 ムバラクは強烈な火炎を吐いて威嚇する。

 敦はまず拳銃を試射してみることにした。

 床に映る竜の影を見計らい、L字路の壁から半身を出して弾を撃ち放った。

 すると、弾光は敵の胸に当たり、その被弾周辺部が白い斑点になった。

 何だこの弾は?斑の部分は火が消え、皮膚がかさぶたのように変質した。

 こいつは魔力を消し去る銃弾なのか。

 敦は幾分生きた心地になってきた。

「そんでもって、このリストバンドは?」右手首に装着した。

 その刹那。右手の筋肉に異常なまでの力感がこみ上げてきたのだった。

 何だよこの力。自分の腕じゃないみたいだ。

 そうか。これは筋力を飛躍的に向上させるアイテムか。 

「じゃあ、このマスクは何だ?」

 待てよ。これにも取っておきのパワーがあるんだ。このマスクは最後の切り札に取って置いた方がいいな。

「小癪な武器を持っていたか」ムバラクが豪鬼の面貌で、廊下の曲がり角まで押し寄せる。

 このパワーなら。ものは試しだと、敦は決然と敵前に走り込み、捨て身で右腕を敵の腹部に打ち込んだ。

 思わぬ怪力の一撃にムバラクは驚き悶える。

「気持ちいいぜ。モンスターになった気分だ」

「天津神の小せがれめ。非力な存在と分かっていて、なぜ我々に歯向かう?何の得になるというのだ?」

「俺だっていきなり神の子孫だから戦えって言われて頭に来たさ。だが、世界が魔界になるのは困るからな。自由と幸福を守りたいんだよ」

「この世はとうに魔界だ。道徳も哲理も廃れ、世界は病巣化しているではないか。魔王が支配したとて、大して不都合はないはず。お前たちは魔王の神恩に感謝すべきだ」

「人間を奴隷にするのが、そんなに楽しいのか!」

「黄泉と現世が一本の橋で繋がるのだ。これほど素晴らしいことはないだろう」

「そんなことをしたら、黄泉の破壊獣がわんさかこっちに来て、やりたい放題じゃねえか!人間の歴史文明は終わっちゃうだろ!」

「そう言う事になるな。いいではないか。法も秩序も無くなれば、それこそ貴様が望む自由と幸福が実現するぞ」ムバラクが腹底から笑い声を吐き出す。

「どうせ人間は魔物のパシリになって虐待されるんだろうよ。お断りだな。魔王の野望は天津神の末裔にして英雄の救国使、水上敦の前に潰えるんだ。てめえら魔王軍は、黄泉の片隅で自慰でもしてればいいんだよ!」

 憤激したムバラクは、口から獄炎を吹いて敦を焼き払おうと猛攻に出る。

 敦は炎熱を避けながら、隙を見ては銃を発射する。

 四発の弾丸の内二発がヒットし、燃え盛る火輪は幾分弱められた。

 しかし力の宿る怪腕は、打ち出すタイミングが難しく、全て空振りしてしまう。

 一瞬の躊躇を突いて、ムバラクが敦に激突し覆い被さる。

 敦は右手で敵の体躯を押し返しながら、肉薄する近距離から放弾した。

 火勢はさらに鎮火したが、肝心の拳銃は弾切れになった。

「くそったれ!」

「残念だったな水上。私の勝ちだ」ドラゴンが牙を剥いて、敦を焼き殺そうと火炎を吐くべく開口する。

 殺される。仕方ない、使うか。

 敦は右手に最大限の力を投入して、ムバラクを押し上げると、左手で茶色いマスクを取り出して掛けた。

 すると。身体に何とも言えない違和感が起きた。骨肉が極度に柔らかくなり、スルスルと覆い被さる敵の下から身体を抜き出すことができた。

 そして、肉体がふわりと浮き上がり、まるで幽霊のように空中を飛べるようになった。

 何だこれは?俺は霊体になったのか。すげえマスクだ。まあいいや。これで相手の攻撃は食らわない。

「人間に小賢しいアイテムを授けたもんだ。だが逃げるだけでは勝てんぞ、救国使」ムバラクが龍体をくねらせて突撃を仕掛ける。

 しかし敦はヒラヒラと木綿のように幽体を棚引かせて回避する。

 そんな応酬がどれだけ続いたか、夜は更け窓外には雨が滴り落ちていた。

 ふと、敦は絶好の作戦を思いついた。

 即時決行だと、疾風のように廊下を飛び屋外へ出た。

 無論ムバラクは追撃の手を緩めず後を追う。

 そのまま飛空し、敦はムバラクを雨の降りしきるグラウンドまで誘き出した。

「何のつもりだ?うぬっ、何!」

 ムバラクが自分の短慮と迂闊さに気づいた時にはもう遅かった。

 雨で身体の炎がどんどん燻り、なくなっていく。

「引っ掛かったな、軍団長。これでジエンドだ」

 必殺の炎を失くしたドラゴンは、空中を狼狽えながら舞い狂う。

「ほ、炎などいらぬ!貴様、巻き締め殺してやる!」

 狂牛のように突進するムバラクを風のような身のこなしでいなした敦は、敵の顔面を怪力の右腕で思い切り殴りつけた。完膚なき会心のクリティカルダメージだった。

「ウガァー、救、国、使・・・。貴様は後戻りのできない死の領域に踏み入った。魔王軍の同志たちが必ず貴様を八つ裂きにし、この世を地獄に変える。せいぜい糠喜びに浸るがいい。水上敦、貴様の行く先を思うと、痛く同情するぞ」

 そう予告すると、鈍い悲鳴を漏らしながら、ムバラクは土面に墜落した。


 かくして、無双神竜軍団は壊滅した。

 敦が校舎に戻ると、スナイパーたちは既にいなくなっていた。

 そして、グラウンドにへたばり倒れていたドラゴンとムバラクを黄泉へと回収してくれていた。

「何だよ。一言礼が言いたかったな」

「心配する必要はない。奴らとはまた幾度も会うからな」マゴヒルコが亜季の肩に乗っかって人差し指を立てる。

 そうだった。魔王軍の侵略戦争は始まったばかり。まだ恐るべき魔王の軍団は四つも残っている。今後もスナイパーたちの手を借りなければならない。

 雨は急に上がり、秋夜のグラウンドは涼やかだ。

「やったわね、水上君。また勉強や部活、できるね」

 まだ地獄の蓋は開いたばかりだよ。とは言い出せなかった。しかし、魔王軍は必ず攻めて来る。地球を支配するまでは。

「それが。その、もう少し待っててくれる?」

「まだ黄泉からモンスターさんが来るの?やっぱりしばらくは駄目そうね」

「ごめん。必ずまたできるようにするから」

「水上君、本当に凄い人なんだね。地球を救ってくれるんでしょ?」

 細かい質問に答えていたらキリがない。敦はある意味真摯に、そしてはぐらかすように説明した。

「そっかー。しょうがないね。やだ、もう夜中よ。帰らなきゃ」

「そうだね」

「ねえ足、洗いに行こ?」

 グラウンドに立つ二人は、思い出したように足の裏を見た。

 雨と土でドロドロだ。丸一日裸足で歩き回ったせいで、まさに黒墨状態だった。

 敦と亜季は笑いながら水道で足の汚れを落とした。

 敦は嬉しくてたまらない。亜季は自分に惚れている。間違いない。人生初の彼女だ。

 マジで応援合戦に出てよかった。今日一緒じゃなかったら、こんな縁結びは端からなかったのだ。こんなにトントン拍子に行っていいのか。

 だが今は非常事態下。平時になれば、また距離が空かないとも限らない。

 よし!絶対に密着したままでいるぞ。

 二人ははしゃぎ声を出して、いつまでも足を水に浸していた。

 


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