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神竜の襲撃

 季節は秋になり学校では体育祭があった。

 敦と亜季は応援合戦のメンバーになり、当日まで熱心に練習に取り組んだ。

 二人とも法被姿に鉢巻、裸足というスタイルで、近づいてくる出番に備えていた。

「練習の成果、見せようね、水上君」亜季はやる気満々で、はじける笑顔をみせる。

「大丈夫かな。俺、やっぱし恥ずかしくて」

「私も声出しは照れ臭いけど、何だかお祭りみたいでワクワクして来ちゃった」

「いいな、二階堂さんはネアカで。俺なんか昨日からずっとブルーだったからさ。引き受けなきゃよかったな」

「大丈夫だよ。剣道部エースの水上君なら、最高の演舞ができるわ」

 やがて競技は半分が消化され、演目はハーフタイムに入る。いよいよ執り行なわれるのは応援合戦だ。

 盛大な太鼓の音を号砲に、敦たちはグラウンドに駆け出した。

 敦は中心の右寄り、亜季は後方の真ん中に陣取る。

 太鼓のリズムに合わせて、演舞者は腹の底から気合いの篭った精一杯の発声をして、観戦者を楽しませる。

 一同は足裏で砂を踏みしめながら、あらゆる方向に動いて躍動する。

 敦は周章てて踊りを間違えたり、日頃の稽古で鍛えた声も緊張で裏返ったりと、思うような演技ができなかった。

 対照的に亜季は、綺麗な声と音楽センス溢れる体捌きで、十分に観衆を魅了する演技をやり遂げた。

 最大の見せ場である人間ピラミッドには大拍手が送られた。

 高段のものは禁止されていたため、低段のピラミッドで表現された。

 敦は下段で地面に膝をめり込ませて仲間を支えた。

 亜季は逆に上段で手を突き上げてポーズを決めた。

 全体的に演舞は大盛況で、あっという間に応援合戦はクライマックスに向っていく。

 しかしその時。突然雷鳴が響いたと思いきや、稲妻のスパークが運動場に轟然と出現したのだった。

 そしてその光輪の中から、何者かがぞくぞくと姿を現した。

 生徒、教員、来賓の保護者らは幻を見るかの如くにその群勢に驚嘆の視線を注ぐ。

 イカズチの明滅に照らされたそれは、人間ではなく動物のようだった。

 しかし雷が四散すると、それが動物でもなく巨大な竜であることが判明した。

 この現代の地球に竜の群が現れることなどあり得ず、観衆は核ミサイルが落ちたような大騒ぎになった。

「まさか!ついに来やがったか!」敦は絶望感漲る奇声を張り上げる。

「あれは、ドラゴン?ねえ水上君、どうしよう?」亜季が夢見心地の表情で問いかける。

 敦は回答に窮した。

 クソッ。何て説明すんだよ。とうとう魔王軍の御出ましだ。これで、もう今日から世の中の科学や常識はひっくり返る。地球滅亡の時が来たんだ。

「そ、そうみたいだね。とにかく逃げよう」二人は裸足のまま校舎に逃げ込んだ。

 パニックの中、観衆は一人残らずグラウンドから逃走した。

 すると、校内放送が流れた。

「よく聞け。私は冥府の魔王マンドラに仕える無双神竜軍団長ムザラク。これからお前たち人間は魔王の下僕となる」

 一同は惑乱の渦に巻き込まれて正気を逸する。

「冥府?あの人たち、別の世界から来たのね。でもどうして放送室から声がするの?」亜季が必死に現実を受け入れながら、泣き声で言う。

 テレパシーで放送室の電波をジャックしやがったんだ。

 早くマゴヒルコに会わなければ。

 そうだ。援軍が来るはず。

 敦はとにかく避難して、天津神軍の救援を待つしかなかった。

 そうこうする間に、ドラゴンの一団はグラウンドから舞い上がり街に向けて飛び立っていく。

 そして程なく、ドラゴンが街に炎を吐き、そこら中の建物が燃え始める。

 校舎からも、噴き上がる黒煙があちこちに観察できた。

「信じられない。町が、人が。どうなっちゃうのかな?」亜季が唇を戦慄かせながら、茫然と悪夢を眺める。

「何とかなるよ。正義の軍隊が助けに来るから」

「正義の?水上君、何かとっても落ち着いてる。どうして?」

「えっ!い、いや。そんな事ないよ。取り乱してるよ、俺だって」

 弱ったな。こうなったからには、真実を話すべきなのだろうが、何処まで信じてくれるか。

 ドラゴンたちは街中に火を吹き放ち、学区一帯は狂乱の大パニックに陥った。

 住人は分け目も振らず、奇声を上げて逃げ惑う。

 敦と亜季は生徒が犇めく校舎内の廊下の窓から、魔王軍の暴虐を眺める。

 すると、空中に黒い穴が開き、遅れ馳せながらマゴヒルコが闖入して来た。

 続いて何者かが順番に出て来る。人数は五人だった。

 亜季は驚愕のあまり腰を抜かしてしまう。

「天津神軍を連れてきたぞ。彼らが無双神竜軍を鎮圧してくれる」

 はっ?これが援軍?たった五人かよ!

「援軍が来るんじゃなかったのか?」

「だから来たではないか」

「馬鹿にしてるのか!五人だけで、どうしようって言うんだ!」

 敦は怒り任せに五人を睨めつける。

「俺たちじゃ、気に入らないか?」金髪にバンダナを巻いた少しイケメンの男が反問した。

「坊っちゃん、俺たちの実力を見てから文句をいいな」長髪の顎髭を生やした体躯の大柄な男が言う。

「舐めんなよ、ガキ。俺らは黄泉全土から精選された超エリートのスナイパーなんだ。生意気な口聞くんじゃねえぞ」顔に刺青かペイントかを施した目つきの胡乱なヤンキー面の男が面罵する。

「脅さなくてもいいだろ。純粋そうで、可愛いじゃん。私たちがちゃんとドラゴンをとっちめるから、安心しな」気の強さと諧謔性を兼備した男勝りな女が笑い掛ける。

 マゴヒルコが彼らの名前を告げた。

 金髪バンダナがタナウス、長髪顎髭がレンドル、刺青ヤンキーがベル、男勝りな女がジョリー。

「あともう一人は、孤高寡黙な勇士トライスだ」

 無愛想に目を閉じて、完黙を貫くスキンヘッドの老獪そうな男だ。

「でも、相手はドラゴンの大群だよ。人間五人じゃ戦えないって」敦が当惑を露わにする。

「水上君?知り合いなの?この世界、どうなってるの?」亜季が廊下にへたり込んで狂騰する。

「ごめん二階堂さん。ちょっと、深いわけがあるんだ」

「この者たちは黄泉切っての優秀な傭兵。夫々、とっておきの飛び道具を持っている。後は敦、お前が主人公だ。この世とあの世は別次元だ。この世の難事はこの世の者が解決せよとの天津神々の御達しでな」マゴヒルコが誇らしげに説諭する。

「俺に全部押し付けんのかよ!勝手な神野郎め!」

 まずはタナウスがその説明を始めた。

「俺の武器は鬼滅刀さ。こいつは切れ味抜群の妖刀で、どんな組成の物質をも切り裂く。一振りすれば、真空波がたちどころに数十メートルもの半径内を滑空する。魔物を纏めて倒すにはうってつけの神器さ」赤い鞘から抜かれた鬼滅刀は、明鏡止水の心を映し出すように澄明な稲光りを煌めかせている。

 次にレンドルが白シャツの上に羽織っている革のジャケットを豪快に開けて見せた。

 枯れ紙に包まれた四角い箱型の何かが、ずらりと貼り付けられている。

「これは極炎弾。まあ、要は爆薬だ。進路を阻む奴は、この活火山級の爆熱で燃え滓になっちまうがな。原料は冥界のマグマから抽出されていて、一個の爆風で周りの物体は破片すら残らず消し飛ぶ」

 敦と亜季が、あんぐりと口を開けて畏怖していると、今度はベルが捲し立てる。

「だから舐めるなと言っただろう、ボケナス。俺のは神空槍しんくうそうと言ってな。槍先の堅牢な刃はどこまでも無限に伸びんだ。それだけじゃねえ。伸縮もできっから、鞭のように柔らかい軟体にも変形できんのさ。まあ、黄泉界最強の武器ってことよ」

 ムカつくヤンキー野郎だが、天下無双の槍使いってことか。どれも魂消た飛び道具だ。

 さらにジョリーが胸元から豪勢な銃を取り出し、両手で鋭く構えた。

「あたいの愛玩具はこれ。舞麗ガンって言うんだ。ただの銃じゃないよ。発射された弾丸が麗しくも不定形に歪曲するんだ。円状にも霧状にも、飛礫にもナイフにも網にも変幻する。どんな獲物でも絶対確実に撃ちのめす最終兵器ってわけ」

 敦と亜季は四人の解説に度肝を抜かれて、焦点の定まらない目を泳がせる。

「さ、トライス。あんたも説明してやんな」ジョリーが、まだ瞼を上げないスキンヘッドに言い遣る。

 仕方なく緘黙癖の男は目を開け、自身のはめている黒い手袋を見る。

「これは魔剛掌まごうしょうだ。このグローブで叩かれた物は巌鉄だろうと大岩だろうと、全て木っ端微塵になる。大地を殴れば裂け目ができる。至近距離戦では無敵だ」

 これまたオッカナイ代物だ。

 確かにこれだけの究極神器が揃えば、魔王軍を倒せるかも知れない。

 敦は大分気持ちが楽になった。

「もう漫画の世界だもん。どうしよう、水上君?」亜季があっけにとられて目を丸める。

「この人たちに任せよう。きっと人類は助かるよ」


 魔王軍は町全域を空爆すると、学校グラウンドに舞い戻って来た。

「奴らはお主たち五人の存在を探知したのだ。いざ決戦だな」マゴヒルコが一同を鼓舞する。

「君、それにしても変わった身なりだな。それがこの世の普段着なのか?」タナウスが法被姿の敦を舐めるように観察する。

「いや、そうじゃないんだ。ちょっと、催し物があって」敦は羞恥心を露骨に見せる。

「似合ってるよ。彼女とお揃いでさ」ジョリーが囃すように褒める。

 亜季は照れ臭さそうに敦をチラ見する。

 彼女だなんて言われると正直嬉しいけど。亜季はどんな感想なんだろうか。もうこの際だ。恋人になってやろうか。

 敦は色情を孕ませた気持ちで亜季を見返す。

「私たち、お似合いかな?」

「ええっ?そ、そうかな。ハハハッ」

 取り敢えず笑って置くしかない。

 そんな事より、ドラゴン軍団だ。

 黄泉のスナイパーたちは、敵軍の待つグラウンドへと足を急がせた。

 空想譚から躍り出てきたかのように、数十体の凶暴そうな巨竜が傲然と並んでいる。

 生徒や学校関係者らは、只管怯えながら校舎から状況を傍観している。

 そしてスナイパー五人は、敢然とその大軍に相対峙した。

 まさに最終戦争の幕開けといった光景だ。

「冥界最強の破壊力を持つ無双神竜軍団が相手だ。最初からフルパワーで行くぞ」タナウスが気概を全面に出して発奮する。

「魔王軍と戦うことになるとはな。ワクワクするぜ」レンドルが早くも両手に爆弾を握る。

「いつも命懸けだが、今回は地球なんてどうでもいい世界を護るためにひと暴れかよ。割に合わないぜ」ベルがボヤキながら神空槍を肩に当てる。

「しょうがないだろ。こっちの世界と黄泉の世界は密接に絡みあって共存してるのさ。無視はできないよ」ジョリーが舞麗ガンの安全装置を外す。

 トライスも魔剛掌をはめた手を交互に拳で打ち感触を確認する。

 準備万端となったスナイパーたちは開戦の時を待つばかりだ。

 漆黒の燕尾服に深紅の内襟。己自身も竜の化身であるかのような獣顔をギラつかせて、軍団長ムザラクが最前衛に立つ。

「天津神の使者よ。自ら死を選ぶとは潔い心掛け。望み通り死を与えようぞ」

 敦と亜季は校庭の端で、壮大なバトルを唖然と眺める。

「あの人たち、無事でいてくれればいいね。ドラゴンさんも無事にあちらの世界に帰って欲しい」

「こんな時だってのに、二階堂さんは善にも悪にも優しいね。大丈夫、何とかなるから」

 ドラゴンたちが翼を広げ、威嚇態勢に入った。

 同時にスナイパーたちは、敵方との距離を縮めるべく歩き出した。

 そしてムザラクの号令で、神竜軍団が地表から舞い上がった。

 すると、まずはレンドルが猛突撃を仕掛け、多数の極炎弾を投下した。

 長方形の爆弾は空中で苛烈な火花を咲かせ、ドラゴンを爆風で抱擁する。

 二番手はジョリーで、舞麗ガンを連射する。ある弾光は円球に、あるものは噴霧に、そして次は網目にと、多彩なレーザー弾で敵を撃ちのめす。

 そして土面を蹴って爆走するベルは、神空槍を長々と伸ばし、ドラゴンを激しく打ち据える。また槍棒を柔軟化させて、鞭の連打をお見舞いする。

 さらにタナウスが鬼滅刀を抜いて強靭な素振りをかますと、超絶な真空波が生じ、敵を風刃もろともはじき飛ばす。

 最後尾に構えたトライスは、四人の切り込み具合を見計らって、そこから逃れたドラゴンたちの正面まで侵入し、自慢の魔剛掌で力の限り痛打を叩き込む。

「どうだ?奴らの実力は本物だろう?」マゴヒルコが太鼓判を押すように訊いた。

「す、凄すぎだ。互角以上だもんな」敦が観戦に没入して言う。

「漫画や映画より凄いわ。あの人たち、人間じゃないの?」亜季はまだ事実を承服できないでいる。

「黄泉全土に名を馳せる最上級の傭兵だからな。これくらいは当然だ」

 マゴヒルコの奴、相変わらず物見遊山か。監督気分でいい気なもんだ。でもこの分だと、救国使である俺の出番はなさそうだな。安心安心。

 その時。上空にヘリのプロペラ音が聞こえて来た。

 テレビ中継だ。お茶の間では、全国民が驚愕の眼差しで、この地球存亡を賭けた戦いを見守っているのだろう。

 スナイパーたちの猛撃に、神竜たちもその本領を見せつける。

 グラウンドを豪快に羽ばたきながら、燃え滾る火炎を吐いてスナイパーを寂滅せんと暴れる。

「危ない危ない。噂以上の威力だな」タナウスが降りかかる火の粉で火傷を負う。

「クソッ。炎しか芸のない低能ドラゴンが。燃料は無限ってことか」ベルも業火を掻き分けながら苦戦する。

「レンドル!近距離戦はキツイから、あたしとあんたでやっつけようよ!」ジョリーが息巻く。

「ああ。もっと派手にばら撒くしかねえな」 

 バトルはさらに過酷化し、敦と亜季は校舎に避難する。

 激戦の煽りを受け、廊下の窓ガラスが割れていた。

 裸足のままでは歩けない。破片の少ない通路を伝いながら安全な場所を探す。

「怪我するかもしれないから乗って」敦が屈んで背中を差し出す。

「水上君。でも」

「いいから、早く」

「水上君だけが怪我をするなんて駄目」

「急ぐから!早く!」敦は怒声で強烈に言い捨てる。亜季が悲しそうに涙ぐむ。

「ごめんね、ありがとう」

 敦は亜季をおぶって校内を巡りまわる。

 レンドルとジョリーは緻密に連携しながら秀麗な攻撃を続ける。

「おいジョリー、もっと沢山撃ち込めねえのか?」

「これが目一杯だよ」

 爆弾とレーザー弾の嵐でドラゴンを蜂の巣にするも、圧倒するまでには至らない。

 それでも多数のドラゴンを打ちのめし、軍団は威勢を失いつつあった。

「俺の鬼滅刀だって射程範囲は広いんだぜ」タナウスが見るに耐えられず、二人に割って入ると、真空波を連発する。

「あんた、ダメージが酷いんだろ?休んでなよ」

「だいぶ敵の機動性が落ちてる。もう一息だ。やらせてくれ」

 ベルも神空槍を電柱サイズに伸ばしてやって来る。

「ライバルが闘ってんのに、黄泉一の槍術師が怯えて見てるなんてのがバレたら、物笑いにされちまうぜ」

 そして、トライスも四人に合流する。

 中継画面の向こうでは、全国民がこの血風舞う凄絶な戦いに熱視線を送っていた。

 


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