贖罪
俺の名前は賢斗。
いわゆるイケメンと呼ばれる部類に入る。というか高校では一番のイケメンである。俺よりイケメンなやつはいないだろう。
なぜ、そこまで自信を持って言えるのか。
それは、俺があまりにも別格だからだ。単なる自己評価ではない。
他人が俺の容姿を見て騒ぎ立てる。迷惑にも突如告白してきたり…なんてこともあった。
スカウトもけっこうされたしな。だから、学校一イケメンっていうのは、冷静に分析してみた結果だ。
それに、俺は浮ついたヤツじゃない。
モテるからといって、自分を見失うことはしない。普段は孤高で、誰かとつるむこともない。
というか、畏れ多くて誰も俺とつるめない。それがまた(女子的に言うと)そそるらしい。
実は俺には、秘かに想っているヤツがいる。そいつは沙羅という。
名前だけ聞くと、今どきの女子高生という感じで、どことなく垢抜けた印象かもしれない。
でも、俺の沙羅は違う。
沙羅は全く垢抜けておらず、細身で地味でブスな女だ。だが、それがいい。
俺は、俺の横を歩くために沙羅に整形してほしいなどと1ミリも思っていない。
むしろ沙羅が整形したら幻滅するだろう。幸いなことに、沙羅はそういった「凡人」ではない。
そもそも、俺は誰かと付き合ったり、イチャつき合ったり…およそ世間の高校生が体験したいであろう恋愛込みの青春……そういったものに全く興味がない。やりたいやつは勝手にやってろ。おままごとには興味がない。
さて、俺は、とあるタピオカドリンク専門店でバイトをしている。俺が店頭に立てば、その日の売上が違う。当たり前だ…。
これだけイケメンなら、もっと稼ぎのいい仕事があるだろうって?
それはじきにわかる話だ。
今日も俺は店頭に立つ。バカな女どもがキャーキャー喚き立てる。
うるさい。
俺はいったん厨房に入る。イケメンな上に、仕事も出来る俺は、店長から全幅の信頼を寄せられている。
―――
そろそろ沙羅が来るはずだ。
毎週金曜日、沙羅はもう1人の女子高生アンナとここに寄る。アンナは学年でも5本の指に入る美貌だ。たいてい沙羅を引き連れている。2人は友だちでも何でも無い。要するに沙羅はアンナの引き立て役なのだ。アンナが沙羅をうまく利用しているだけ。
――沙羅とアンナが来た。アンナが上目遣いの甘えた声で俺に注文する。
沙羅は俯いている。自信が無いのだ。
かわいそうな沙羅。
俺がこんなに沙羅のことを思っていても、一生、沙羅が俺の横を歩くことは無いだろう。それは俺があまりにもイケメンに産まれてしまったから。
いまでは俺もこの顔を恨む。
許してくれ。
しかし、そんな沙羅のために俺が長年あたためてきた計画がある。
それを今から実行しようと思う。
――――キャー!!!!
つんざくような悲鳴があがった。
「何?」「何が起きた?」
人だかりができ始めている。
アンナが目を丸くして固まっている。
その視線の先には、沙羅の飲みかけのタピオカドリンクが床にぶちまけられていた。
多数の大粒タピオカの中から、俺の薬指の先端がゴロリと転がり落ちた。滴る血は、苺ミルク味の赤いソースの中に紛れ、絶妙にマッチしている。
綺麗だ。人生で一番綺麗な瞬間。
――沙羅。
お前は今、俺の大切な一部を一瞬でも己の体に取り込むという最高の栄誉を手に入れた。
お前が俺と付き合うことは出来ない。俺がお前のそばにいることは永遠に無い。
だが、俺を構成するこの清らかな血液を俺自ら提供する女はお前しかいない。
これが俺に出来る唯一の贖罪である。