第8話 襲撃
一通り、案内を済ませた夜月と綾音は再び医務室に戻るとそこには、佳奈の姿がない代わりに、顔に大きな絆創膏をつけた深言の姿があった。
綾音は深言と顔を合わせたがらないが、夜月は深言に話しかける。
「貴女が深言さん?私は最近綾音ちゃんと仲良くなった夜月です、よろしくね」
そう意気揚々と言い放った。
深言は、反応に困っている。
綾音はよく考えたら、この2人がまともに対面したのは今回が初めて出ることに気づく。
「ねえ、私も綾音ちゃんみたいに、みこちゃんって呼んでいい?」
と夜月はほぼ初対面であるにも関わらず、結構深く切り込んでくる。
「え、ええ、良いわよ。それより気になったんだけど、貴女はどのようにして綾音と知り合ったの?」
そういえば、綾音は深言にまだ夜月について何も話していないことに気づく。
夜月はそのことをすぐに察し、あの放課後出来事から詳細に話し始める。
「なるほど、どうやってあの預言を打破したのか不思議だったけど、貴女の干渉があったからなのね」
深言は夜月の話を聞いて、おそらくずっと抱えていたであろう疑問に納得の行く結論得た。
しかし、深言の疑問は完全に解消されてはいない。
「でも、預言書は世界の全てに干渉し因果を捻じ曲げる事が出来る。それが、貴女と綾音の接触を防止できなかったのはあまりに不自然ね」
「その預言書が私と綾音ちゃんを引き合わせてくれたのよ。あの放課後の教室で私の机の上に置いてあった、あの本を手に取っておいて本当に良かったわ」
深言は驚いたような表情をしつつ、口に手を当てて考える。
何かを思い出したのかハッとして落ち込んだ様子を見せる。
「思い出したわ、よく考えたら不自然だったのに、なんで気づかなかったんだろう…」
「どういうこと?」
綾音がそう尋ねると深言は淡々と語り始める。
「あの日、綾音と屋上で話した後、私は預言書を返し忘れたことに気づいた。だから、帰る前に綾音の机の上に置いて返したつもりだった。
でも、多分この時、その日追加された隣の席、夜月の席に置いてしまったかもしれない」
確かに不自然ではあった。綾音は預言書が安易に他人の手に触れないよう慎重に管理してあったはずだ。それが、こうも呆気なく、しかもよりにもよって正体不明の転校生に渡るなどと言うことにはならない。
「みこちゃん、それでもやっぱり不自然よ。正直、ここまで魔法だとか、巫女だとかそう言うことを隠しといせてたアンタが、そんなヘマを、よりにもよってあのタイミングでやるなんて信じらんないわ」
綾音はこの結論に納得していなかった。
自身をあの運命から抜け出させたそれが、こんなにも呆気ないものだとは到底思えなかったのだ。
「確かにそれについては綾音ちゃんの言う通りね。ただ、現時点で、私たちがこれについて検証する方法がない以上、全てが仮説になってしまうわ」
夜月が最もな事を言う。
しかし、今この話題を終わらせてしまうと、綾音と深言のなんだか気まずい感じが戻ってしまう。
だが、夜月はそれを良しとせず、この問題の根本的解決に向けた発言をする。
「それより綾音ちゃん、そしてみこちゃんも、お互いに謝らなきゃいけない事があるんじゃない?」
その言葉を綾音と深言は思わず顔を背けて沈黙する。
しかし、綾音は顔を上げて、深言に対して発言しようとしたその時――
「異常発生、異常発生、省電力モードに移行します。職員は直ちに現場へ急行し、適切な処置を行なってください」
一気に照明は薄暗くなり、施設全体に大きな警報音が鳴り響く。
「収容違反か!?何にせよ君たちはここでじっとしていたまえ」
茂子はそう言って部屋を飛び出す。
しかし、言われた通りじっとしているほど、彼女らは従順ではなかった。
「私がちょっと外の様子を見に行ってくるよ。途中で誰かが来たらトイレに行ってるって言う程で通しておいて」
そう言って早速綾音が部屋から飛び出そうとする。
「大丈夫?私もついていこうか?」
夜月は綾音の事を心配して声をかける。
だが綾音は
「大丈夫よ。危なくなったらすぐここに戻るから」
そう言って颯爽と部屋を出る。
部屋を出た綾音は柏木の所へ向かおうと考える。先程まで深言の尋問を行っていて、今医務室にいたと言うことは、それが完了しているはずである。
つまり、今、1番柏木がいる可能性が高いのは尋問で得られた情報を報告書か何かにまとめる為に事務所にいる可能性が高い。
綾音は西側に位置するその部屋に向かって走り続ける。
しかし、廊下の曲がり角を曲がった直後に綾音は武装した集団と遭遇する事になる。
自衛隊と呼ばれる組織に所属する隊員のような姿をしていた為、この施設で起きた異常に対処する為の集団かと思ったが、なんだか様子が変だと綾音は感じた。
彼らは綾音を見るや否や、銃を向けて発砲する。
綾音は咄嗟に飛び退き、廊下の曲がり角の手前まで引く。
ここなら、銃撃を受ける心配はないが、彼らが接近してきたらその限りではない。
綾音は逃亡する算段を立てようと考え、背後を確認するとそこには真っ直ぐな廊下しか無い。
「…夜月にもついてきてもらうべきだったわね、どうしてこんな馬鹿な真似をしたのかしら」
綾音は自身にそう言いながら考える。
彼らからこの廊下には遮蔽物がない為、彼らがこの曲がり角に到達した時点で、この廊下を全力で走っていたとしても、高い確率で銃弾に当たることになる。さらに、相手は複数人である為、全員が、一斉に射撃すれば、ひとたまりもない。
それでも、彼らに立ち向かうよりは現実的な判断だろうかと綾音は考える。
引くも進むも、どちらも決して安全ではない。
どちらにしても少なくない死のリスクを抱えるなら、綾音はいつだって――
彼らはその廊下曲がり角に到達し、その先にいるであろう人物にすぐさま銃を向ける。
しかし、銃を向けた瞬間、その銃口はつかまれ、慌てて発砲するも、照準が合わない為、綾音には到底命中しない。
綾音はそのまま右足でその人物の股間を勢いよく蹴り、その人物は気絶する。
他の武装した集団は綾音に銃を向け発砲するが、綾音は気絶したその人物を盾に、奪い取った小銃で彼らを銃撃する。
曲がり角の絶妙な位置にいて、さらに人間の盾を持つ綾音の方が圧倒的に優位であり、彼らはなす術もなく銃弾を受け倒れる。
「何よ、結構当たるじゃない」
床には三人の、おそらく自衛隊員だったと考えられる人物が大量の血を流して倒れており、そして、倒れないように腕を掴んだ1人の人物の背中からは大量の血が流れ、綾音の衣服や体に少なからず付着する。
これだけの銃撃を受ければおそらく彼らが全員死亡するだろう事は一目瞭然であった。
そして、その惨状で生き残ったただ1人の殺戮者、それが仙童綾音であった。
綾音の手は震えていた。
自分のやったことは正しい。それは紛れない事実として綾音の頭にあったが、同時に、咄嗟に命の駆け引きがあった時に、自分が躊躇いなく他者を殺せることに綾音は恐怖した。
銃撃の音を聞きつけたのか、遠くから誰かが駆けつける音がする。
綾音は弾薬の残数を考慮してすぐに他の死体の小銃を拾い上げ、手元の小銃を破棄した。
そして足音のする方向に銃を向けるが、そこで目にしたのは返り血を所々に浴びた柏木の姿であった。
「お前がやったのか、これ」
柏木は驚いたような表情で言う。
「ええ、私がやった。1人残らず、一瞬で殺したわ」
綾音は全くの無表情で淡々と答える。
その紅い瞳には天井の明かりすら映らず、真っ直ぐに柏木を見据えていた。
柏木は気に留める事なく、綾音に近づき、肩に手を当て
「この施設は今、あの亀裂の向こう、異世界のからきた奴らの襲撃にあっている。お前も協力しろ」
そう言われると綾音は無言で頷き、柏木についていく。
真っ白な床は血で汚れ、床には2人の紅い足跡が一つ一つ付けられていった。