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異世界転生なんてしてたまるか!  作者: 雨白
第1章 始まりにして終わりの世界
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第1話 預言書

 『仙童綾音せんどう あやねは5月23日の午前7時にトラックに轢かれて異世界に転生する』


 5月11日、それは目覚めたばかりで、未だ覚めぬ微睡の中にある一人の少女に突きつけられた、理不尽なまでの絶望の示しであった。


 預言書、――それは、未来を指し示す一冊の無地の本。

 曰く、それは少なくとも100年以上年前から存在していて、僅かすら劣化の兆候を見せない、傷の一つさえつける事の叶わない、一人の少女の身近に存在する唯一の超常の物体。

 そして、それは決して覆し得ぬ未来を示す。


「異世界転生、なんて言ってるけど、要はトラックに轢かれて死ぬって事でしょ」


 自室の机の前で一人の少女――仙童綾音せんどう あやねはそう呟いた。

 桜はとうの昔に散り世界はゆっくりと、そして確実にあの地獄のような猛暑へ近づいている。

 それでも、仙童綾音にとって今日はとても良い日だと思えたはずだった。

 今日も空は美しい朝日が照らし、雨あがりの木々の水滴に光が反射してキラキラと輝いている。

 暖かな空気の中で小鳥たちは歌い、空にかかる霧には薄っすらと虹が見える。


 ――そう、この忌々しい一冊の本が存在していなければ、今日はこんなにも良い日なのだ。

 

 仙童綾音せんどう あやね、今年で高校2年生になる普通とは少しかけ離れた感じの女の子。茶色の長髪を紅い紐で部分的に束ねることで、いわゆるツーサイドアップと呼ばれる髪型をとっている。生まれ育った家庭は結構裕福だったらしく、幼い頃は色んな習い事に通っていた。

 その多くが長続きしなかったが、柔道、剣道、空手といったようないわばその気になれば喧嘩でも応用出来るような習い事は長続きした。

 その気になれば、などというが、実際綾音はそれを喧嘩で応用していた。近所に存在する不良の溜まり場を片っ端から制圧して回っていた。

 そのせいで今でもその時から続く因縁だかなんだか知らないが、不良に絡まれる事は多い。


 しかし、そんな事は綾音にとってもはやどうでも良かった。

 己の人生を、自らが大切してきた全てを悉く奪い去ったこの預言書に比べれば。

 

 綾音はノートを開く、この一冊の青い表紙のノートには今まで預言書記述された事のある文言が一言一句漏らさず記述してある。

 『仙童綾音は運動会の日に風邪をひいて出場出来なくなる』

 『仙童綾音は柔道の県大会の準決勝で敗北する』

 『仙童綾音は7月6日に高いところから落ちて左足を骨折する』

 『仙童綾音の両親が9月12日に交通事故で亡くなる』

 『仙童綾音は次の学力テストで前回より順を落とし、学年15位になる』

 『仙童綾音は受験当日にインフルエンザにかかり、滑り止めの高校に進学することになる』

 上記は綾音がノートに綴った預言の記録の抜粋である。

 ばらつきはあるものの、いづれの記述も、それが発生する3日から1週間程度の猶予があったが、その全てにおいて示された結果を回避する試みは例外なく失敗に終っている。


 この本の記述はいづれも綾音にとって残酷かつ冷酷な結果をもたらし続けた。

 故に、仙童綾音はこの本の存在を決して許し得なかった。


「この本の思い通りになってたまるか、今度こそ、覆してみせる!」


 支度を終えた綾音は、幾度となく抱いた決意を胸に今日も学校へ向かう。

 暑さを感じる日差しのもと、およそ30分ほどかけて歩き、学校に着くと必ずと言っていいほど綾音に話しかけてくる人物が存在する。


「おはよう、あやちゃん、その顔は、もしかして、あれかな?」


 セリフとは裏腹にほとんど無表情のまま話しかけてくる、綺麗な黒髪を赤いリボンでひとつしばりで束ねたこの少女の名は富士宮深言ふじのみやみこと

 暴力沙汰で問題を起こしたり、預言書の関係で変な行動をしたりで友人のいない綾音にとって唯一の幼馴染であり親友である。


「ええ、みこちゃんの予想通りよ、ただ今回のはちょっと私としては絶対に許容したくないわ」


 綾音は明らかに強い意志を持ってそう答える。


「それ、毎回預言が出る度に言ってるじゃない、まあ、詳しい話はいつも通り放課後聞くわ」


 そう言って2人は校舎に入り、教室に向かう。

 綾音の席は窓際の1番後ろの席であり、その一個前に深言の席がある。

 それぞれは自分の席につき、綾音はノートを広げて、預言書の情報と自身の現状を基に、預言を打破する計画を立てている。


 しばらくすると朝のホームルームが始まるが、いつもと少し様子が違う。

 このクラスの担任である柏木かしわぎ先生が入ってくるなり


「よーし、お前らー、席に着けー」


と声をあげる。

 何か重要な知らせがあるとこの場いる誰もが無意識的に理解して席付き静かになる。


「突然だが今日からこのクラスに1人、転校生が入る」

鍵原かぎはら、入っていいぞ」


 柏木先生がそう言うと、教室のドアがガラガラと開き、長く伸ばした綺麗な黒髪が特徴的な1人の少女が入ってきた。

 彼女は黒板の前に立ち、白いチョークで名前を綺麗な字で書くとこちらに振り返って


「本日より、こちらで皆さんと一緒のクラスになります、鍵原夜月かぎはら よづきです」

「よろしくお願いします」


と言って丁寧にお辞儀をした。

 

 ***


 授業が終わり昼休みになると、綾音はいつもより慌てて屋上向かった。

 何故なら、綾音の隣の席には普段では考えられないほどの人だかりが出来ていたからである。

 幸か不幸か、いや、綾音にとっては明らかに不幸としか言いようがないことだが、夜月の席はちょうど綾音の隣の席であった。

 鍵原夜月は控えめに言っても美人である。

 おまけに幅広い知識に加えて、非常に高い社交性を有していると側から見ている綾音でもすぐに理解出来る。これらの要因により夜月は一瞬にして、クラスの中心人物としての地位を形成した。

 しかし、そんな事などどうでも良く、自らの降りかかる運命に抗う術を模索しなければならない綾音にとってはもはや鬱陶しい存在でしかない。


 綾音は階段を駆け上がり屋上へ向かうと、そこには日陰にあるベンチに座り、膝の上に乗せた弁当を食べている深言の姿があった。


「早すぎでしょ、みこちゃん」


「あの転校生を見た時に、直ぐこうなる事を察せたからよ」


 深言は手元にある何ら変わり映えのしない弁当の卵焼きを箸でつまみながらそう返す。


「で、預言書にはなんて書いてあったの?」


 綾音はその言葉に応じると、深言の隣に座り、弁当が入った鞄から一冊の本を取り出す。


「わざわざ持ってこなくてもいいのに、まあ、持ってきたならとりあえず見してよ」


 深言は預言書を受け取るとその文言を読み取り思わずクスッと笑う。


「異世界転生ってラノベみたいじゃん、今回のはそんなにひどい預言じゃない思うけどなー」


「異世界転生なんて言ってるけど、結局は私がトラックの轢かれて死ぬって事でしょ、私こんなところで、しかもそんな死に方嫌だよ!」


 綾音が憤りながらもっともな事実を述べる。

 しかし、深言は笑いながら


「いいじゃない別に、最近のラノベだと異世界に転生した主人公が軒並み凄い力を貰って、元気にスローライフとか過ごしてるわよ」


なんて言う。

 確かにその可能性を否定する根拠はどこにもない、だが、そうじゃない可能性を無数にあり、また今までに預言書が出した預言の結果例外なく綾音が不幸になっている事を考えると、転生後悲惨な目に遭う可能性の方が高いと推測できる。それらを踏まえると


「ふざけんじゃないわよ、私はこんなの認めないどうせコイツは碌な未来を示さない、なら私はどうあっても最後までコイツに刃向かってやる!」


という結論に至るのが綾音である。

 そんな返しを想定していた深言は宥めるように綾音に言う。


「そうね、でも、結局無駄だと思うわよ。

 預言書が無くたってもっと沢山の不幸に見舞われてる人が世の中には大勢いて、そう言う人たちもそれに抗おうと頑張ってるけど、実際うまくいかない事がほとんどなわけなのだし」

「正直、預言書の内容がどうであれ、所詮1人の無力な人間でしかない私たちは、これから自分に訪れる未来をただ黙って受け入れるしかないんじゃないかな」


 それは、紛れもなく正しく、ついでにおそらく世の中にいる多くの人が気づいていながらも認めたくない真実である。

 深言は今、それをいつも見たく無表情で、綾音に対して淡々と告げた。それでも綾音は


「そんな事はどうでもいい、私は未来どうであれ、預言書がどうであれ、これから私たちに災いが降りかかるのなら、それに最後の最後まで争ってやる!」


と決意を崩す事なく言う。


「そう、なら私は影ながら応援するわ。とは言っても実家でやってる神社の仕事が忙しくて手伝えないけどね。

 上手くいったら、なんか奢ってあげるよ」


 深言は淡い笑顔で綾音に告げて、食べ終えた弁当箱と一冊の本を鞄に仕舞い教室に戻る。

 綾音は未だ自身が手を付けていない弁当の存在に気づき、急いでそれを食べ始める。


***


 午後の授業も終わり、皆が帰りの支度を済ませて、帰路に着き始めている。

 綾音も急いで家に帰り、来るべき日に備えて準備を開始しようとするが、学校を出たところで、忘れ物に気づく。


「やばい、とりあえず人に見られる前に回収しなきゃ」


 綾音は急いで階段を駆け上がり、急いで教室の戸を開けると、そこにはオレンジの夕日を背に窓際で一冊の本を読む黒髪美少女の姿があった。

 

「鍵原…」


 教室の戸を開けたまま立ち止まる綾音は思わず声をあげる。

 するとその開けっ放しの窓際で美しい黒髪を靡かせている少女が黄金色の瞳で綾音を見つめて、


「これ、あなたの?」


 彼女はそう言って、優しく微笑みかけた。


 


 



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