2話目 眼鏡っ娘ヴィラと後輩メジオン
登場人物
ヴィラ・センティアヌ:高等部の女子生徒。16歳。リケジョ。
メジオン・ヌマール:中等部の男子生徒。14歳。商会の息子。
二人とも生徒会役員。
学園のパーティが無事に終わり、ほっとしながら私は校舎を出た。
夏の夜風は心地良い。
貴族といっても下位のセンティアヌ家。滅多に夜会に呼ばれることなどない。
去年までは成績優秀者として表彰されれば、パーティには出ないで帰宅していた。
自覚している。
たくさんの人たちと会ったり、おしゃべりをしたりするのは苦手。
数字を扱うのは得意でも、人間関係を築くのって、計算通りにはいかないから。
『あなたの頭脳の一部で良いから、生徒会に貸して欲しいの』
さすがに筆頭公爵家の令嬢で、王妃候補のパリトワ様にそう言われてしまうと、断るという選択肢は私にはなかった。
両親は大層喜んだ。
特に父が。
『お前は器量がアレだから、無理に結婚など考えなくて良いぞ』
常日頃、そんなことを言っていた父だったが、学園の生徒会役員になれば、高位貴族の伝手が出来て、あわよくば見染められるかも、などという淡い期待を持ったようだ。
もっとも幼少のみぎりより、家族の外見サゲトークに慣らされてしまい、私も結婚願望が希薄である。
だいたい「アレ」って何よ。
ふわりと風が吹く。
「あっ」
髪を縛っていたリボンが飛んだ。
まずい。
ラリア様に借りたものだ。
いつもはゴム紐で三つ編みにしているが、今日だけはパーティ仕様の髪型に、ラリア様たちが整えて下さった。
リボンまで用意して貰ったのに。
早く。
拾わなきゃ!
慌てて踵を返す。
その時。
駆け出した私の耳に、聞きなれた声が届いた。
「ヴィラ先ぱあい! 落とし物ですよ」
小動物のような笑顔で、中等部のメジオンが片手を挙げていた。
「あ、ありがとう」
小さく息を吐く。
「はい、どうぞ」
私はメジオンが差し出したリボンを鞄にしまう。
「綺麗なリボンですね。なんつって自画自賛」
「あ、ひょっとして、君の商会で扱うリボンだった?」
「ええ、東方の国から取り寄せた、ドレスの生地の余りで作った物です」
メジオンの家は、この国一番の商会を持ち、多方面に事業の展開をしている。
その辺の貴族より、随分桁が違う資産家だ。
「そうなんだ。手触りが良いと思ったわ」
「えへへ。今度、色違いのリボン、プレゼントしますね」
キラッキラの視線を飛ばすメジオン。
なんだろう、若い、のか。二つ下だったよね。
それとも商売人の習性?
「そうそう、今日のドレス、生徒会の皆さんは、良くお似合いでしたね」
胸が小さく鳴る。
外見につながる話題は、ちょっと苦手だ。
「そ、そうね。パリトワ様やラリア様のお見立てで、フローナとか、びっくりするくらい綺麗になっていたもの」
「超可愛かったですよ、ヴィラ先輩。エスコートさせていただいて、エヘヘ、これぞ役得ってヤツ?」
「え……てっきり、メジオンはフローナ狙いかと」
「フローナはアル先輩にお任せしてますよ。じゃないと、蜂とかに襲われそうで」
ちょっと笑う。
蜂を追い立てるアルバストから、逃げるメジオンの姿を想像して。
「生徒会役員に抜擢されて、楽しいです、毎日」
「わ、私も……楽しい」
「みんな頭良いし、真剣に未来の国家を考えてるし」
「うん」
「学園で人脈を広げろって親父に言われたこと、すげえ納得したとこ」
ふと、訊いてみたくなった。
「ねえ、メジオンは将来、御父上様の後を継ぐの?」
ふわりと。
メジオンは目を細めた。
「継ぐというか、継ぐんだろうけど、ただじゃ継がない」
何それ?
「親父はこの国一番の商会を作り上げたけど、俺はそれを越えたいから」
国一番を、越える?
「大陸一番の、商会を作りたい。それが俺の夢です」
メジオンの瞳に、月が映る。
凄いな。
男子って中等部の頃から、人生の目標を立てているんだ。
それとも、彼がトクベツなのかな。
「凄い! カッコイイ夢だね」
エヘヘとメジオンは頭を掻く。
「実はもう一個、夢があるんです」
「どんな夢?」
「大陸に販路を拡大する時には、隣にパートナーが、伴侶がいて欲しいなって」
一瞬、メジオンと視線がぶつかる。
「き、きっと叶えられるよ、君なら」
白い歯を見せて、メジオンは頷く。
きっと彼なら夢を叶えるだろう。
パートナーの女性と一緒に、大陸を、いくつもの国々を巡る、メジオンの姿が浮かぶ。
いいなあ。
そんな生き方も。
「あ、そうだ先輩」
「何かしら」
「俺の好みのタイプって……あ、いいや、また今度」
女子寮の前まで送ってもらって、私は壮大な夢を持つ、小柄な少年の背を見送った。
Q で、メジオンの好みのタイプとは?
A (行間と空気読め)眼鏡ッ娘じゃね?