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九月のネーム(後編)

「ネームを()(まえ)に、テーマを確認(かくにん)したいけどさ。SNS(エスエヌエス)での失言(しつげん)やキャンセルカルチャーについて、ってことでいいのよね。その(あた)りについての(かんが)えは、どうなのよ」


 私は相方(あいかた)()いてみる。そういう会話(かいわ)をしたことはなかったので、確認(かくにん)してみたかったのだ。


「そうね。(いま)時代(じだい)SNS(エスエヌエス)影響力(えいきょうりょく)って(おお)きいと(おも)うのよ。『(ゆび)殺人(さつじん)』って言葉(ことば)()まれたくらいだし。ネットで(きず)つけられて自殺(じさつ)した(ひと)(おお)いし、今後(こんご)()(つづ)ける()がするわ。だから(エス)(エヌ)(エス)での『()んでくださーい』って発言(はつげん)は、もう(かば)いようがないくらい(ひど)いものだと思う」


「まあ、そうよね。同感(どうかん)だし、社会(しゃかい)反応(はんのう)()たようなものでしょうね」


失言(しつげん)のイメージが最悪(さいあく)だから、(すく)なくとも企業(きぎょう)は、失言(しつげん)した(ひと)をテレビのCM(シーエム)使(つか)えないんでしょ。だから(くだん)のユーチューバーさんは、(いま)までどおりのスタイルで活動(かつどう)するのは(むずか)しいかもしれない。傍若無人(ぼうじゃくぶじん)()()いが(ゆる)されるほど、(いま)()(なか)寛容(かんよう)じゃないんでしょうね」


 そこまで()って、「でも」と、彼女は言葉(ことば)(つづ)けた。


「でも、よ。だからと()って、失言(しつげん)(たい)して『絶対(ぜったい)(ゆる)さない』って態度(たいど)で、社会(しゃかい)全体(ぜんたい)がユーチューバーさんを排除(はいじょ)するのも間違(まちが)ってる。そうも私は(おも)うのよ。江戸(えど)時代(じだい)村八分(むらはちぶ)じゃないんだからさ、同調(どうちょう)圧力(あつりょく)異端者(いたんしゃ)(だま)らせようとするのは日本(にほん)(わる)(くせ)よ。そうやって(どう)(せい)(あい)(しゃ)だって、(なに)()えない空気(くうき)があって、社会(しゃかい)(なか)窮屈(きゅうくつ)(おも)いをしてる(わけ)でしょ」


「まあ、そうね。(なに)()えない空気(くうき)というか雰囲気(ふんいき)は、()くないと私も(おも)うなぁ」


(だれ)かが(なに)かで失敗(しっぱい)した(とき)、その(だれ)かを過剰(かじょう)社会(しゃかい)全体(ぜんたい)(たた)くのは、どうかって(はなし)よ。(くだん)のユーチューバーさんが自殺(じさつ)したら、(だれ)責任(せきにん)()るの? どうせ(だれ)責任(せきにん)なんか()らないでしょ」


 私は(むかし)小説(しょうせつ)(おも)()した。なので、ちょっと(かた)ってみる。


「『(つみ)(ばつ)』って小説(しょうせつ)があったわよね、世界的(せかいてき)名作(めいさく)がさ。あれだって主人公(しゅじんこう)が、身勝手(みがって)()(ゆう)二人(ふたり)女性(じょせい)(ころ)しちゃうじゃない。それでも読者(どくしゃ)は、主人公(しゅじんこう)同情(どうじょう)させられちゃうし、(はん)(けつ)だって懲役(ちょうえき)八年(はちねん)()むのよね。(つみ)(おか)しても情状(じょうじょう)酌量(しゃくりょう)余地(よち)はある。そういうケースって(おお)いんじゃないかしら」


「まあね。(くだん)のユーチューバーさんだって、SNS(エスエヌエス)での発言(はつげん)()送信(そうしん)だったと釈明(しゃくめい)してるし。(とう)()(しゃ)(どう)()(あいだ)では、和解(わかい)というか解決(かいけつ)はしてるんでしょ。(つみ)(おか)せば、(ばつ)(あた)えられる。そして、その(あと)には(ゆる)しがあるべきよ。(すく)なくとも社会(しゃかい)復帰(ふっき)するチャンスは(あた)えられるべきだわ。じゃあ私も、ちょっと(おも)いついたマンガの(はなし)があるから(かた)っていい?」


「ええ、どうぞどうぞ」


 マンガ()である私たちは、こうやってマンガや小説(しょうせつ)(はなし)をしてる(とき)(もっと)(しあわ)せだ。マンガを()むだけの人生(じんせい)だったら、もっと(しあわ)せになれたかもしれない。()()りってキツイよねぇ。


最近(さいきん)少年(しょうねん)マンガのヒロアカが最終(さいしゅう)(かい)(むか)えたじゃない。あのマンガは(ばく)(ごう)ってキャラが、人気(にんき)一位(いちい)だったわよね。それはいいんだけど、あのキャラって性格(せいかく)言動(げんどう)最悪(さいあく)だったじゃない?」


「ああ、(たし)かに。過去(かこ)には主人公(しゅじんこう)(いじ)めてたし。マンガだから(ゆる)されてるけど、現実(げんじつ)世界(せかい)にいたら(かか)わりたくないタイプではあったわね」


 ヒロアカの熱狂的(ねっきょうてき)なファンなら、また感想(かんそう)(ちが)ってくるのだろうか。私も彼女も、少年(しょうねん)マンガの熱烈(ねつれつ)支持者(しじしゃ)という(わけ)ではなかった。


「でしょう? (ばく)(ごう)性格(せいかく)は、どちらかといえば悪役(ヴィラン)(ちか)いと(おも)うのよ。(たし)かマンガの(なか)でも、悪者(わるもの)グループに拉致(らち)されて勧誘(かんゆう)されたこともあったし。それでも(ばく)(ごう)の、『ヒーローになりたい』って(おも)いが(つよ)かったから、(だれ)もが(みと)めるヒーローになれたんでしょうね。つまり、」


 一回(いっかい)言葉(ことば)()って小休止(しょうきゅうし)してから、彼女は(つづ)けた。


人間(にんげん)って、完璧(かんぺき)じゃないのよ。(よわ)部分(ぶぶん)欠点(けってん)(だれ)にでもあって、(あやま)ちだって(おか)すこともあるわ。それでも更生(こうせい)して、社会(しゃかい)のために(おお)きなことを()()げることだってあり()るのよ。マンガじゃないんだから、現実(げんじつ)世界(せかい)でそんなドラマチックなことは()きにくいかもしれない。それでも可能性(かのうせい)は、ゼロじゃないわ。その可能性(かのうせい)()()行為(こうい)こそ、(あく)なんじゃないかしら」


「あんまり(あく)()()とか、(おお)きな(はなし)にするのは、どうかと(おも)うけど……。でも、そうね。()いたいことは()かるわよ」


 現実(げんじつ)がどうかは()からない。でもマンガの(なか)くらいは、寛容(かんよう)社会(しゃかい)があっても()いはずだ。私たちが表現(ひょうげん)したいのは、それくらいのものである。


「マンガのテーマも(かた)まったわね。じゃ、(おお)まかなネームを()きましょうか。作品(さくひん)になるかも()からないから、まずは担当(たんとう)さんにアピールするための企画書(きかくしょ)(つく)らないとね」




 結局(けっきょく)、ネームは部分的(ぶぶんてき)なものだけを()いた。ストーリー自体(じたい)(かた)まっていないし、何処(どこ)かに掲載(けいさい)できるかどうかも()からない読切(よみきり)(はなし)である。キャラクターの設定(せってい)も、()めているのは(すう)(にん)だけだ。ワープロソフトで、あらすじなどを()いた企画書(きかくしょ)(つく)って、()いたネームはスキャンした。これで担当(たんとう)さんに、(あと)送信(そうしん)ボタンを()せばメールで提出(ていしゅつ)できる状態(じょうたい)だ。


「ついに完成(かんせい)したわね、企画書(きかくしょ)段階(だんかい)だけど。作品(さくひん)仕上(しあ)げる(まえ)の、この状態(じょうたい)って()きだわぁ。(あたま)(なか)にある(うち)名作(めいさく)なのよ、読者(どくしゃ)からも担当(たんとう)さんからも(けな)されずに()んでるから」


「ねぇ、本当(ほんとう)(てい)(しゅつ)するの? やっぱり()めない? ちょっと内容(ないよう)()めすぎてるかも」


 時刻(じこく)夕方(ゆうがた)になって、ハイなテンションの相方(あいかた)とは対照的(たいしょうてき)に、私は怖気(おじけ)づき(はじ)めていた。(たん)(とう)さんに(おこ)られる程度(ていど)()めば、まだいい。むしろ作品(さくひん)として()(なか)発表(はっぴょう)できたら、その(あと)炎上(えんじょう)するんじゃないだろうかと(おも)ったのだ。


()めてナンボよ、マンガ()は。そうやって(はじ)めて、私たちはスピードの()こう(がわ)()けるのよ! 高校生(こうこうせい)のフクちゃんと、やす()がケンカして物語(ものがたり)(はじ)まるの。彼女(かのじょ)たちの青春(せいしゅん)は、ここから(はじ)まるのよ。(つく)()の私たちでさえ、もう二人(ふたり)青春(せいしゅん)()められないわ」


「だから私はスピードの()こう(がわ)興味(きょうみ)()いってば、暴走族(ぼうそうぞく)マンガじゃないんだから。でも冒頭(ぼうとう)でケンカして、それからの仲直(なかなお)りを()いていく展開(てんかい)って、私たちのマンガでは(めずら)しいかもね。ちょっと新鮮(しんせん)かも」


「でしょう? 何事(なにごと)新鮮(しんせん)さは必要(ひつよう)よ、マンネリは()けないとね。ヒロイン二人(ふたり)仲直(なかなお)りができないまま、夏休(なつやす)みが(はじ)まって学校(がっこう)()機会(きかい)()くなっちゃうの。二人(ふたり)部活(ぶかつ)もしてないから、(なつ)(やす)(ちゅう)学校(がっこう)()必要(ひつよう)がないのよね。二人(ふたり)はヤキモキしてて、その(あいだ)(べつ)のキャラクターたちの物語(ものがたり)学校(がっこう)進行(しんこう)していくという(わけ)よ」


海外(かいがい)ドラマで()くあるわよね。複数(ふくすう)のキャラクターが、(みっ)つくらいのストーリーをそれぞれ展開(てんかい)させて、一話(いちわ)のドラマ(ない)でまとめていく手法(しゅほう)って。まあ(こま)かいストーリーは、まだ()まってないんだけど」


夏休(なつやす)みの学校(がっこう)では部活(ぶかつ)があって、女子(じょし)演劇部(えんげきぶ)ではパワハラ問題(もんだい)()きるのよ。部員(ぶいん)同士(どうし)問題(もんだい)か、それとも顧問(こもん)先生(せんせい)(わる)かったのか、そこら(へん)設定(せってい)(あと)(かんが)えましょ。それとは(べつ)に、女子(じょし)野球部(やきゅうぶ)(はち)(がつ)(はじ)めに(けっ)勝戦(しょうせん)があるわ。女子(じょし)選手(せんしゅ)大谷(おおたに)ちゃんは、()って()げての(だい)(かつ)(やく)と! それで大谷(おおたに)ちゃんが優勝(ゆうしょう)するかどうかは、まだ()まってないから、それも(かんが)えましょう」


「そしてフクちゃんとやす()二人(ふたり)夏休(なつやす)(ちゅう)、お(たが)いの(いえ)から二十四(にじゅうよ)時間(じかん)マラソンに挑戦(ちょうせん)するのよね。マラソンというのは、もちろんネットでのゲーム配信(はいしん)よ。二人(ふたり)とも対戦型(たいせんがた)のゲームが()きで、そのゲームでチャンピオンというかトップになるまで配信(はいしん)(つづ)ける展開(てんかい)ね。()(じゅう)()時間(じかん)というのは、あくまでも(たと)えだけど」


 マンガで()くゲームは、(じゅう)(たたか)うタイプだ。複数(ふくすう)作品(さくひん)参考(さんこう)に、架空(かくう)のゲームソフトを登場(とうじょう)させる。フクちゃんとやす()二人(ふたり)でチームを()んで、複数(ふくすう)のチームとバトルロイヤル(けい)(しき)対戦(たいせん)()(かえ)す。最後(さいご)まで()(のこ)ったチームがチャンピオンになる仕様(しよう)で、ヒロイン二人(ふたり)はそのチャンピオンになるまで何時間(なんじかん)もネットでゲーム配信(はいしん)(つづ)けるのである。


何時間(なんじかん)二人(ふたり)協力(きょうりょく)してプレイすることで、フクちゃんと、やす()(あいだ)には友情(ゆうじょう)(よみがえ)るのよ。ゲーム配信(はいしん)最後(さいご)には見事(みごと)、チャンピオンになって、二人(ふたり)仲直(なかなお)り! 歓喜(かんき)(なみだ)(なが)す、青春(せいしゅん)(いち)場面(ばめん)()(ひろ)げられるわ。そして夏休(なつやす)みが()けると、ひっそりと校長(こうちょう)先生(せんせい)()(にん)してるというのがオチね。(じつ)学校(がっこう)のお(かね)着服(ちゃくふく)してたり、パワハラの首謀者(しゅぼうしゃ)だったりしてた(わる)大人(おとな)よ」


時事(じじ)ネタを色々(いろいろ)()ぜてるわね、二十四(にじゅうよ)時間(じかん)マラソンで過去(かこ)着服(ちゃくふく)とか(なん)とか。校長(こうちょう)先生(せんせい)不正(ふせい)発覚(はっかく)したのは、(ほか)先生(せんせい)勇気(ゆうき)ある告発(こくはつ)をしたからっていう展開(てんかい)っと……。ねぇ、やっぱり()めない? (えら)(ひと)からネタについて(おこ)られないかしら、よく()からないけど」


 パソコンからメールを(おく)ろうとしている、相方(あいかた)()(にぎ)るように私は制止(せいし)にかかる。もつれて、じゃれ()うような(かたち)になって。()()けばマウスが()されて、マンガのネームや企画書(きかくしょ)担当(たんとう)さんにメールで(おく)られていた。




 台風(たいふう)一過(いっか)というか、先月(せんげつ)今月(こんげつ)(おお)くの物事(ものごと)()きた。(くだん)のユーチューバーさんが、(エス)(エヌ)(エス)での失言(しつげん)(おもて)舞台(ぶたい)から()えて。先月(せんげつ)(まつ)には(あつ)(なか)、タレントさんがマラソンを(おこな)って募金(ぼきん)()()けた。今後(こんご)(なつ)のスポーツは(あつ)対策(たいさく)()()一層(いっそう)必要(ひつよう)となっていきそうだ。


 今月(こんげつ)何処(どこ)かの知事(ちじ)が、不信任(ふしんにん)決議(けつぎ)(あん)全会(ぜんかい)一致(いっち)可決(かけつ)されて。そして大谷(おおたに)(しょう)(へい)選手(せんしゅ)(だい)(かつ)(やく)だ。最終的(さいしゅうてき)記録(きろく)何処(どこ)まで()くのか、私も(たの)しみにしている。


担当(たんとう)さんから、メールの返事(へんじ)()たわ……。『このネーム内容(ないよう)は、時期(じき)尚早(しょうそう)だと(おも)われます。とりあえずボツで』だってさ」


「そうかー、残念(ざんねん)ね。ま、()()えていきましょう。とりあえず仲良(なかよ)くしようよ」


 そうしますか、と(おも)って私は彼女の()()る。先月(せんげつ)今月(こんげつ)も、様々(さまざま)人名(ネーム)()(なか)(さわ)がせた。来月(らいげつ)(なに)()こるのだろう。ネタとして(あつか)える出来事(できごと)があったら美味(おい)しいなぁと、マンガ()ならではの(いや)しいことを私は(かんが)えていた。

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