第五十六話「日と月の間で」2
床に這いつくばって、手探りで斬られた太ももを確かめた。
やっぱり斬られていた。
しかも傷が深い。
これは肉がくっつくまで立てそうにない。
ってことは、すごくまずい状況だ。
視界は真っ暗で何も見えないし、僕に向かって歩み寄る足音も聞こえるし。
きっとツクヨミが僕にとどめを刺しに来ているんだろう。
どうしよう。
耐え凌ぐ手立てが思いつかない。
このままだと……あ。
足音が僕の目の前で止まった。
すぐそこにツクヨミがいる。
「ぐっ……」
僕はせめてもの思いで、左腕の盾を掲げた。
これでどうにかなる、とはあまり思っていない。
けど、今までピンチの時、何度も僕の命を救った盾なら、もしかしたら、とは思う。
そしてその思いは、
ツクヨミの足元を照らした。
……違う。
僕の盾は輝いていない、なにか別のモノがこの場を照らしている。
光を放っているモノの輝きが増しているのか、
足元から徐々にツクヨミの姿が顕になっていく。
やがて、鎌を振り下ろす直前で固まってるツクヨミが見えた頃、僕もようやく何が輝いているのかわかった。
太陽だ。
ツクヨミの黒い鎌に映っている。
どうやら僕の背後の方に太陽がある。
それも中が真っ黒で、火の輪っかになっている。
「我が日輪、喰らへると思うたか」
僕は首を回して、声のする方を見た。
言ったのはセンカだった。
いや……アマテラス、と言った方がいいかもしれない。
あのなびかせてる赤い髪、あの威圧感、
間違いない。
いつの間にかセンカの意識、乗っ取られちゃってるよ。
「せ、センカ?」
僕の前で固まっていたツクヨミは、鎌を下ろした。
びっくりしてるみたいだ。
おかげで、僕にトドメをすることを忘れている。
でも、全然まだピンチだ。
むしろもっと危機的状況になったかもしれない。
アマテラスとツクヨミの挟み撃ち、想像しただけで震える。
ならばさっさとどうにかしなきゃ。
まずは、立つところからだ。
僕は剣を床に置いた。
両手で太ももをがっしりと掴む。
そして、斬り裂かれたところの下と上を無理やり押し当てる。
くっ付け!
いたたたた、っぐーーーぬーーー。
っはぁ、くっ付いた、気がする。
よし、もう片方の太もももやるぞ!
いいいい、いいいーーー。
んよし、くっ付いた。
僕は涙目になりながら、剣を床に突き立てながら立ち上がった。
アマテラスとツクヨミを視界に入れようと、数歩下がる。
2人はまだ見つめ合ったまま。
「馴れ馴れしい、記憶にある限り、うぬは我を毛嫌いしてたではないか」
「そ、それは……だって……」
「不愉快なり」
な、なんだ?
仲間割れか?
「去ね」
仲間割れだ!
アマテラスがツクヨミに向かって、炎で象った槍を飛ばした。
ツクヨミは鎌を振り回して、それら全てを跳ね返す。
彼女ら2人の熾烈な戦いが始まってしまった。
炎を撒き散らすわ、飛び回るわで、目で追うのもやっとだ。
ただ、2人の戦いに違和感を感じるところがある。
どうも攻撃してるのはアマテラスばっかで、ツクヨミはまったく斬り込まない。
たぶんだけど、あの子は戦いたくないのかも知れない。
表情も苦しそうにしてるし。
なら、僕が止めようじゃないか!
僕は2人の間に割って入った。
「やめるんだ!」
2人の足が止まった。
前にアマテラス、後ろにツクヨミ。
どちらも僕を見ている。
「なんだうぬは……いやうぬか、そうかいたのか、フフッ」
アマテラスはニヤリと笑みを浮かべた。
どうやら僕のことを覚えててくれていたらしい。
でも、僕に会えて何がそんなに嬉しいの?
「……なんでボクに背を向けてるんだぁ?」
対してツクヨミは眉をひそめてる。
僕が彼女を守るように立ってることが不思議なんだろう。
「そりゃ、君がこのままだとやられてしまいそうだったから」
「オマエはバカだ」
僕はばか。
「よく殺そうとした相手を守ろうとするなぁ」
それはそうなんだけど。
「よいではないか、もろとも我が消し炭にしてくれる」
僕としては、
アマテラスにこれ以上人の命を奪わせない。
だってセンカが悲しむ。
そのためにはアマテラスを改心させる。
そう誓った。
とは言っても、なんて言えばいいのかわからない。
以前の僕なら、命は尊いからって言っていたかもしれないけど、今は全ての命が尊いなんて思ってない。
尊いのは命を助けることだ。
ならその逆、奪うのはよくない、ってのはどうだろう。
説得としてはけっこう良いんじゃないか?
……でも、命を助けることは尊いって、心の底からそうだ! って僕は言いきれなくなっている。
だって、ヒワシを助けるって決めた時から、ヒワシがいい方向に進んでるのか全然わからないんだ。
街ではヒワシと積極的に人助けをして過ごしてきた。
そこでのヒワシはすごく真っ当に見えた。
率先して知恵を貸したり、挨拶したり、お礼したり、
ご飯の時には「いただきます」も「ごちそうさま」もちゃんと言える。
とても命を蔑ろにするような者には見えない。
だが時おり、思いやりに欠けることを言うんだ。
最近で言うと、2人で入った定食屋さんに行った時とかだ。
ヒワシは野菜炒めを食べてたんだけど、どうも口に合わなかったらしく、酷く貶してた。
『酷い味ゾ。実に酷い、こんな山菜を炒め合わせるだけなのに。店主は幼少の頃に積み木もさせてもらえなかったとみた。
これでは大地から切り離された上、廃棄されるしかない山菜が可哀想ゾ、イサミ殿もそう思うだろう?』
ってな感じに。
僕はひたすら店主と店にいたお客さんに謝って、すぐにヒワシを連れて店から出てった。
こんなことがあったりするもんだから、やっぱり道を踏み外した者は助けられないのか。
そんなことを思うようになってしまった。
「オイ! オマエなにを考えごとしてるんだぁ!」
「ごめん」
気が付かぬうちに、すごい待ってもらってた。
ヒワシなんて、どこからか椅子を持ってきて座ってる。
今から劇でも見るかのように、干し果物も手に持ってる。
まぁ、説得の前にまずはアマテラスを負かさないとな。
じゃないと話もしてくれなさそう。
本当にそうか?
前に会った時は、すぐに攻撃してきたけど、今は様子見してる。
僕がツクヨミと一緒に戦うのか? それとも三つ巴なのか? どうなんだって感じで腕を組んでる。
今なら結構聞く耳を持ってる気がする。
「ちなみになんだけどさ、なんで2人はいがみ合ってるの?」
そう聞くと、ツクヨミはややバツが悪そうな顔をした。
「そこな童がクズだからだ」
「違う! ちょっと、意地悪しただけさぁ……」
わからん。
2人の間で何があったんだろう。
誰か説明して欲しい。
そう思いながらヒワシに目線をやる。
すると、ヒワシは肩をすくめた。
「僕ちゃんも詳しくは知らないゾ、ただツクヨミ殿はアマテラス殿をいじめていたらしい」
「えっ、いじめ?」
じゃあなに、僕はいじめてた者を守ろうとしてたってこと?
「いじめって、君は何をしたの?」
「……ボクはちょっとセンカの着る服を隠したり、からあげ定食のからあげ全部食べたり……しただけ……」
うわっ。
可愛らしい顔して、絶妙に嫌なことしてくるな。
しっかし、いじめか。
僕はされたこともないからわからないな。
見たことは、あるかも。
確か、僕ん家のお隣のお隣さん、ダイキの家。
彼には弟が3人いるんだけど、その3人が浜辺で海亀を蹴り飛ばしたり、木の棒で叩いてたりしてたな。
そん時の僕は特になんも思わなかったんだけど、今思えばすごく酷いことしてたな。
あれはいじめだ。
それと比べたら、モノ隠されたり、ご飯食べられたりはーー。
「んーーそれってさ、ごめんで済まないの?」
そんな殺し合いをするほどのことじゃないと思うんだけど。
あっ。
無理そうだ。
アマテラスは組んだ腕を解いて、両手からそれぞれ炎が溢れた。
そして、それを投げた。
炎は宙で円盤の形になりながら、すごい速さで僕に向かってくる。
「燃やし捨て御免」
「それはごめんで済ませないで欲しい!」
僕は先に飛んできた方を避け、
2つ目を盾で弾く。
僕に弾かれた炎は今度、ツクヨミの方へと飛んで行った。
ツクヨミは持っていた鎌で間一髪、天井に弾き飛ばした。
「……ごめん」
「ゴメンで済むかぁ!」
「いや、君はさっさとアマテラスにごめんって言った方がいいぞ!」
「い、イヤだ!」
あっ逃げた!
「逃がすか!」
僕はツクヨミを追いかける。
いくら地下室が広いからと言っても、逃げ隠れなんてできない。
「逃がさぬ」
おわ、ツクヨミを追いかける僕を、アマテラスがさらに追いかけてきた。
壁沿いを走り回るツクヨミ。
1周、2周としたところで、何故かツクヨミの姿が見えなくなった。
いつの間にか、また地下室が暗闇で覆われてしまっている。
それでも、僕は前方からする足音を頼りに追いかける。
そしてついに追いついた。
パタパタパタっと音がする目の前に腕を伸ばす。
ゴンッ!
「うっ!」
痛い。
なにかに、おでこをぶつけて転んでしまった。
たぶん壁。
伸ばした手も空振りで、ツクヨミを捕まえられなかった。
僕はおでこを擦りながら、瞼を開けた。
「あ、あれ?」
地下室が薄暗くなっている。
でも、ツクヨミの姿が見えない。
僕を追ってたアマテラスの姿も見えない。
なんならヒワシもいない、ヒワシが座ってた椅子はあるのにな。
僕はあぐらをかいて、さらにキョロキョロする。
壁にぶつかった時、隠し扉に入ってしまったって訳じゃないよな。
相変わらず散らかっている地下室だし。
アマテラスが出した太陽だってある。
あら? 太陽じゃない。
見上げたそこには、赤黒い月があった。
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僕は夢でも見ているのかな。
頭をぶつけた拍子に気絶してさ。
それにしては、まだおでこがジンジンして痛いから違うか。
さっきまでみんないたのに、
急に地下室がシーンとするもんだから、ちょっと怖いな。
しくしくしくーー。
うっすらとなにか聞こえるぞ。
んー、
よく聞くと、人がすすり泣くような声だ。
こっちの方からだ。
泣き声は地下室の隅っこ、
ツクヨミが埋まっていたぬいぐるみの山の方から聞こえた。
ゆっくりと近寄ってみると、
声は徐々にハッキリと聞こえた。
誰かのすすり泣きで間違いないだろう。
いったい誰なんだろう。
僕はぬいぐるみの山から1つ1つぬいぐるみを取って、足元に置く。
やがて中が見えた。
空洞になっていて、女の子が丸まっている。
というか、ツクヨミちゃんだ。
彼女は何度も何度も、腕で涙を拭っていた。
そんなツクヨミちゃんと、ついに目が合ってしまった。
どうしたものか。
こういう時って慰めるか、1人にしてあげた方がいいのか、悩ましいところではある。
そこで思い出すのは妹のハルだ。
あいつは嫌な事があったら『ほっといてよ!』っていつも言ってた。
だから、ツクヨミちゃんも落ち着くまで待ってあげよう。
そう思い、僕は抜き取ったぬいぐるみたちを戻し、穴を塞ぐことにした。
「なんか言ってヨ!」
あぁ、この子は慰められたいらしい。
「ていうか、なんでいるの!?」
ツクヨミはぬいぐるみの中から出てきて、僕にそう言った。
「さぁ、なんでだろ」
なんでって言われても、気がついたらとしかね。
「ちなみにセンカとヒワシはどこに行ったの?」
「さぁ、って……あの2人はどこにも行ってないよ、あの場から去ったのはボクたち、今頃、オマエの姿がなくて慌ててるかもね、」
んーーと、ここはさっきまでいた地下室じゃないってこと?
こんな地形もなにもかも同じなのに。
「じゃあここはどこなの?」
「……日の光が、届かない場所……」
そんな場所があるんだ。
「でも本当にどうやって来たの? ボクだけの世界なのに」
「わからない、おでこぶつけたらここにいた」
「えぇ」
うん、なんもしてないよな僕。
でもどこに入口があったんだろう。
「ねぇ、ここってどこから出るの?」
「出口なんてないよ、ボクが念じたら出られる。
でもオマエがどうなるかはわからない、なんせ来客なんて今までなかったからなぁ」
……まるで夢の中みたいだな。
僕も夢だなって気がついたら、目を覚ますことができる時もあるよ。
「じゃあ、とりあえずここから出ようよ、そんでセンカに謝ろう?」
「……イヤだ」
ツクヨミはそっぽ向いてしまった。
やっぱりダメか。
でも謝らないと、許して貰えないぞ。
「そっか……んーでもどうしてセンカに嫌なことしたの? それは教えてよ」
僕はそう言いながら床に座った。
そしてぬいぐるみを1つ、両手で取ってみる。
これは、なんのぬいぐるみだろう。
人型だけど、背中にちいさな羽がある。
あと頭にもナメクジの目みたいな角? がある。
色は黒で、口の周りと両手両足が紫色だ。
変なぬいぐるみだ。
何となく、お腹のあたりをギュッと押してみると、人形は「ハ〜ヒフ〜ヘホ〜」って喋った。
すごいぞこれ。
どうやって喋ってるんだろう。
もっかい押してみると、今度は「バイバイキーン」って喋った。
これ、欲しい!
と、僕が人形で遊んでいると、
ツクヨミがもじもじしながら、僕をチラチラ見ていた。
そして、彼女の口が開いた。
「……だって……みんなみんな、センカのことばっかりでさぁ、だーれもボクのこと気にしないんだもん」
あぁ、そうか。
この子、たぶん寂しいんだ。
だからかまって欲しくて、悪さしちゃうんだ。
僕も昔、父ちゃんと母ちゃんが妹の相手ばっかしてて、全然遊んでくれなかった時がある。
その時、僕はわざと飲み物こぼして、気を引こうとした。
そんで怒られた、それと同じな気がする。
「そうだったんだ」
まぁ、ツクヨミはセンカのこと嫌いって感じじゃなかったもんな。
僕からセンカとヒワシを守ろうとしてたし、仲間意識はある。
なら、やっぱり仲直りした方がいい。
「ツクヨミちゃんは、センカのこと好き?」
僕がそう聞くと、彼女は口を尖らせながら頷いた。
「じゃあ謝ったら、センカは許してくれるよ」
「……ホント?」
「うん!」
「でも、さっきボクのこと不愉快だって……」
今にも泣きそうな声。
「大丈夫、あれは、えーと、アマテラスと言って、センカじゃない」
「ずび、そうなの?」
「うん! センカはあんなこと言わない。絶対許してくれるよ」
僕は立ち上がって、ツクヨミに手を差し出す。
「ほら、いこ」
ツクヨミは不安そうに、片方の手で服の裾を握りしめ、もう片方で僕の手をとった。
「まずは、アマテラスを気絶させる」
「……え?」
「そしたらセンカが目覚めるはずだ、前はそうだった、だからツクヨミちゃん、力を貸して」
「……わかった」
ツクヨミが僕の手を握る力が強くなったのを感じる。
たぶんここから出ることを念じているのかもしれない。
「じゃあ行くよ?」
「うん!」
何やら黒い塵がヒラヒラと、僕たちの周りを漂い始めた。
そして次の瞬間、視界が暗闇で覆われた。
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暗闇が晴れると、そこは相変わらずの散らかった地下室だった。
あれ?
まったく一緒じゃない?
ほら、見上げるとまだ赤黒い月が浮かび上がってる。
変わったことといえば、
僕の手を握ってたツクヨミがいなくなっていることだ。
……もしかして僕、置いてかれた?
んなアホな!
どうしよー!
「もしもーし! 誰かいないのー!?」
地下室に、僕の悲しい声が響くだけであった。




