第五十六話「日と月の間で」1
あれからすぐに、僕たちは隠れ村に戻ってきた。
そこで僕らを待っていたアンネだが、
地面にうつ伏せで倒れている賊の背中に座り、椅子代わりしていた。
足を組んで、背伸びしているその姿は、なんか上品な感じがする。
「アンネ、他に潜んでる賊はいませんでしたか?」
「ええ、大丈夫ですわ、そっちはどうでしたの?」
「こちらは逃げられました」
「それは、まずいですわね」
「ええ、困ったことに」
キヨマルとアンネは深刻そうな表情でため息をついた。
でも僕にはその理由がわからなかった。
だって僕たち勝ったじゃん。
「何がまずいの?」
僕がそう聞くと、キヨマルが僕の方に向き直って言った。
「いいですかイサミ」
「うん!」
「見るからにここは盗賊団の拠点じゃありませんね?」
「うん」
3人しかいなかったしな。
「にもかかわらず、彼らは薪割りをしていた、ならここに長く留まっていたことは明白」
あ、そうか。囲炉裏にくべるための薪か。
「え、でもただ休憩してるかもは?」
「それは無いですね。休憩するならそこら辺の小枝で事足ります。
それに、彼らはここから少し離れた地形が高いところに見張りを置いていた。外敵にいち早く気がつくため、もしくは、この隠れ村から逃げようとする者に気づくため、そうでしょう?」
キヨマルは、アンネの尻に敷かれている賊を見下ろしながらそう言った。
「さぁね、知らないっスよ」
かなり幼く見える賊の少年は、苦しそうな顔で知らんぷりをした。
「……すぐに思い出しますよ、あなた達が居座っていたであろうあの家屋で、茶でも飲んだらね」
敵兵に対してお茶を飲ませるってのは、カラカティッツァでは水責めをしますって常套句だ。
「かかってこい! 何杯でも飲んだるっス!」
ただ、賊の男はそれを知らないらしい。
「ほら! 聞いたんならさっさとどいてっスよ。あんたのデカケツ重くて肺が潰れそうなんスから」
おいよい。
なんでわざわざアンネを挑発したんだ。
自分がピンチってことを気がついてないの?
ってそう思ったそばからーー。
「ちょちょちょ!」
僕は慌てて剣を引き抜こうとしたアンネの手を止めた。
「だめよーだめだめ」
「……フン」
ギロリと一瞬僕を見上げてから、アンネは剣から手を離した。
「先に入って待ってますわ」
「う、うん」
アンネは立ち上がって、髪をなびかせつつ家屋の中へと入っていった。
「ねーキヨマルも止めに入ってくれても良かったんじゃない? 僕、斬っちゃうかと思った」
まさかアンネがあんな苛立ちを見せるなんて、初めて、だよな。
お尻が大きいこと、気にしてるのかな。
だとしたら、あとでそんなの気にするなって言おうかな……やっぱやめとこ、なんか僕まで剣を突きつけられる気がする。
と、そこでキヨマルが僕の前に来た。
「大丈夫ですよ、彼女だって殺そうなんて思ってません。せいぜい両耳を切り落とすぐらいでしょう」
それは、いいの?
僕だったら泣きわめいて、尋問されたとしても、喋れるものも喋れないよ。
「それよりもまず、当初の予定通り、イサミとヒワシさんらには材料集めに行ってもらいたいんですが、賊を1人逃がしてしまいましたのでね。
その者が仲間を連れて戻ってくるかもしれません、私とアンネが尋問してる間、イサミには見張りをお願いします」
「わかった!」
そうしてキヨマルは賊を立たせて、連れていった。
それを見届けてから、
僕はさっそくヒワシとセンカに声をかける。
「見張りならやっぱ坂の上だろう、移動しよう」
「わかったゾ」
「はい」
トラジロウと思わしき賊と、最初に接敵したところまで戻ってきた。
僕も木によじ登って視界を確保する。
坂下の隠れ村はもちろん、周辺もそれなりに見渡せる。
今のところ賊が仕返しに戻ってきたってことは無さそう。
まぁ、僕はそこまで遠くが見える眼を持ってないから、隠れながら来られたら見逃しちゃうかもな。
そん時はそん時だ。
「なぁヒワシ。さっき賊に狙われてたけど、あの者と知り合いなの?」
僕は木の根元で、何やら花を観察してるヒワシに聞いた。
「はて、人に恨まれる覚えはないゾ」
「それは……無理があるよ」
人の命を実験台にしてたからな、誰かには恨まれてる。ドンちゃんとか……。
「せめて、面輪を見てみないことにはなんとも言えないネ」
「確かに、それもそうだ」
やはり自分でトラジロウかどうか確かめるほかない。
ただ、その機会が次いつ来るのやら……。
案外、すぐかもしれないな。
隠れ村にある家屋の1つから、キヨマルが出てくるのが見えた。
なにか分かったのかもしれない。
僕は木から飛び降りて、ヒワシとセンカを連れて坂下の隠れ村に向かった。
キヨマルが戻ってきた僕たちに気がつくと、なにやら紙を渡してきた。
「なにこれ、地図?」
「はい、賊の拠点が1つ分かりました。それを記したものです」
「もう吐いたんだ、すごい早いね」
「所詮は賊だったまでです」
「ふーん」
どれどれ、地図を見たところ、賊の拠点はここからさらに東にあるらしい。
ここに行けば、もしかしたらトラジロウに会えるかもしれない。
行かない手立てはない。
「それで、この賊の拠点はいつ行くの? 材料集めを終えて一旦街に戻ってから?」
「いいえ、ここで別行動しようと思います。
私とアンネが賊の拠点に行きます、イサミ達は材料集めが終わり次第、1度街に戻ってください」
「え、2人だけ? 危ないよ」
「危険は承知しています、ですが1人逃がしてしまった以上、拠点を移されてしまうかもしれません。それにあの2人を連れていく訳にも行かないでしょう」
キヨマルはチラッとヒワシとセンカを見た。
「まぁ、確かに」
ヒワシとセンカを連れては行けないな、2人だけで街に帰らせるのもダメだろう。
熊に鉢合わせたら、エサになること間違いなし。
あぁでも、センカがアマテラスに意識を渡せば、街に帰ることぐらい簡単か。
まぁ、そんな都合よくはいかないだろうから無理だけど。
やっぱり僕が護衛しながら街に帰る他ないな。
「大丈夫ですよ、何も2人だけで戦おうなんて考えてません。
戦うのは、イサミが街からケンセイとチカセを連れて戻って来てから。まずは、吐かせた賊の拠点の位置、これが正しいかの確認です」
「そうか、それなら大丈夫か。いや待てよ、もし賊の拠点が嘘だったら、きっとそこには罠がある」
例えば、先に50人ぐらいお仲間の賊が待ち構えてるとかさ、ひとたまりもないよ。
「ええ、だからもしもの場合、逃げ切れるであろう私とアンネが行くのです」
「そう……わかった、でも無茶しないでね」
「ええ、もちろん」
ちょうど話が終わった頃合い、アンネが家屋から出てきた。
その後ろには拷問されたであろう賊。
顔が腫れ上がっていて、かなりボコボコにされたのだとわかる。
僕は彼ら3人を手を振りながら見送った。
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その後、僕とヒワシとセンカは、火の玉の材料集めに向かった。
材料のことはよくわからないけど、それは既に作られていて、ヒワシの研究室にあるらしい。
「で、その研究室ってのはどこにあるんだ?」
「この家屋の地下だったはずゾ」
そう言われて、ヒワシの言った家屋をくまなく探す。
けれども地下室の入口なんてまったく見つからない。
さすがに僕は若干焦り始めていた。
さっさと材料集めして、街にヒワシらを送り届けて、そしてケンセイとチカセを連れてキヨマル達と合流しないといけないのに、もう!
……ダメだ、1回落ち着こう。
僕は両手を自分の顔にペタリとくっつける。
赤子をあやす時に、いないいないばぁをするかのように。
そんで下にぬっと引っ張る!
変顔だ!
「ふぅー落ち着いた…………な、なに、そんなに見つめて」
僕が手をどけると、ヒワシとセンカに見つめられていた。
2人は真顔のままだった。
んーセンカは少し衝撃を受けてるような気もする。
僕の変顔を見て笑わないやつがいるとは、恐れ入ったよ。
父ちゃんならやる前から笑ってたのに。
「キョーー!」
遅れて僕の変顔の面白さが来たのか、ヒワシは大きく口を開けた。
「地下室の入口の場所を思い出したゾ!」
違った。
でも僕の変顔を見て思い出したらしいから、僕のおかげだな!
「どこどこ!」
「僕ちゃん達がいるここゾ」
って言われましても。
ここは、なーんもない部屋だ。
寝間に使われてたのか、畳が6枚敷かれてる部屋だ。
もちろん畳を1枚1枚外して、その下も見た。なんてことのない木の板だった。
「僕ちゃんとしたことが、忘れてたゾ。
イサミ殿、そことそこの畳を外して、入れ替えてくれゾ」
「うん」
言われるがままやった。
「次はそことそこ」
「ほいほい」
僕が畳の位置を入れ替えた途端、どこからガコンっと音がした。
「付いてくるゾ」
訳がわからないけど、僕とセンカはヒワシに言われて移動する。
やって来たのは玄関入ってすぐの土間、カラカティッツァで言うところ、台所だ。
「なんか土煙でけむいなー」
手で顔の前を払っていると、やがてそれは見えた。
「地面に地下への階段ができてる!」
「そうゾ」
ほへー! なんか畳の入れ替えで地面が開く仕組みらしい。
どうなっているのかわからないけど、すごい!
……え、でもなんで僕の変顔で思い出したの? 関係なくない?
アイツら笑わなかったし……ってそんなことより早く階段降りなきゃ。
ヒワシとセンカはもう3段4段と降りてってる。
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階段を降りていくと、もうなんも見えないぐらい暗くなっていった。
だから、僕は腰からカンテラを取って明かりをつける。
このカンテラはヒワシが作ってくれたやつだ。
今までのカンテラと違い、てっぺんについてるネジ巻きを思いっきり回すと、中の芯に火がつく。
ちなみに、気になってどうして火がつくのか仕組みを聞いたけど、言ってることが難しくてよくわからなかった。
さて、かなり長い階段を降りると、今度はほっそい通路が続いている。
なんか、ヒワシと出会った時の洞窟も、似たような作りだったな。
そこも進んでいくと、突き当たりに扉が見えた。
この扉を開けばヒワシの研究室のようだ。
先頭を歩くヒワシは立ち止まることなく、ドアノブに手を掛け、勢いよく開けた。
「……?」
中は真っ暗、じゃない。
なんかぽわぽわと光ってるモノがいくつも、広範囲に渡って漂っていた。
最初は蛍の光かと思って掴んでみたけど、掴めなかったから、虫の仕業じゃないみたいだ。
もしかして、これが火の玉の材料なのかな。
どうやって集めるんだろう。
「これは、なにゾ」
えっ、ヒワシも知らないのかよ。
「カンテラの光では暗くてよく見えないゾ、アマテラス殿、頼みましたよ」
「うう、は、はい」
センカは片手を掲げて、力み始めた。
「ううう、はっ!」
途端に周囲が明るくなった。
センカのちょっと後ろの頭上、そこに太陽が現れたのだ。
赤みがかったみかん色。
前に戦った時に見たのと比べて、すごい小さい。
僕の頭よりは大きいぐらいだ。
僕は必要なくなったカンテラの炎は消して、辺りを見回した。
研究室はけっこう広い、天井もまぁまぁ高い。
前に見た研究室と作りが似ているような気もする。
ただ、すごく違う点があった。
それは綺麗さだ。
洞窟の方、あれを第1研究室だとして、ここ、第2研究室はとんでもなく汚い。
いや、散らかってると言った方がいいかもしれない。
衣服や日用品がそこら中に転がっている。
箸もスプーンも、割れかけの食器だってある。
まぁ、ゴミ屋敷だ。
ヒワシはかなり綺麗好きだ。
なでしこ荘のヒワシの部屋はすごい整理整頓されている。
だから、僕が思うに、この惨状は他の者によるモノだと思う。
ていうか、多分、あの者だ。
部屋の隅に妙に積み上げられた大量のぬいぐるみ。
その隙間から頭だけをひょこっと出して、こちらを伺ってる者がいる。
もしかしたら、あれで隠れてるつもりなのかもしれない。
「こんにちは! 君は誰なんだい?」
少し近づいて声をかけてみた。
しかし返事はない、それどころか、僕が声をかけた瞬間から微動だにしなくなった。
瞬きも我慢してるみたい。
「え、ええっと、ツクヨミちゃん、だよね?」
そう言ったのはセンカだ。
彼女は被っていた笠を脱いで、僕の前に出た。
「! センカ!」
どうやら知り合いらしい。
センカと顔が会った瞬間、『ツクヨミ』と呼ばれた者はぬいぐるみの山から飛び出した。
クルッと1回転してセンカの前に着地したその者は、
僕の胸元ぐらいしかない背丈。
なぜか裸足で、ボロボロの寝巻き、ボサついた髪は染めているのか、黒髪に白い髪が混じっている。
確実に何日も水浴びをしてなさそうな、女のーー。
「子供?」
僕がついポロッとそう言ってしまったら、女の子はすごい睨んできた。
「ボクは子供じゃなぁい!」
あ、そうなんだ。
「ごめん」
「……分かればいいんだ」
とは言っても、なんか雰囲気がなぁー、妹のハルと似てるんだよなー。
「い、いえ、ちゃんと子供です」
センカがそう訂正したから、やっぱり子供なのかな。
「違ぁう!」
でも違うんだって。
「ううう、陛下も、そう言ってたよ」
「そんなことなぁい! 陛下はボクのことをナイスバディなお姉さんと言っていたぁ!」
「えええ……」
……さすがに、あのウルス王がそんなこと言うとは思えない。から、それは嘘だ。
だよな、ヒワシ。ヒワシ?
ヒワシの方を見ると、彼は地面に崩れていた。
そして掠れた声で「僕ちゃんの研究室……汚された」と呟いた。
すごく悲しんでる、気持ちは分かるよ。
部屋をこんなめちゃくちゃにされたら、そうなるよな。あとで掃除手伝ってやんよ。
……まぁ、あっちこっちで倒れている何らかの機械は、壊れていそうでどうにもならないだろうけど。
「ところでお前、誰だ」
ツクヨミちゃんに指を指された。
「僕はイサミ、よろしくね、ツクヨミちゃん?」
「ちゃん付けするなぁぁぁ!」
ツクヨミちゃんはいーって歯を見せてきた。
威嚇っぽい。
「オマエたち、上にいた連中はどうした?」
「上って、盗賊のこと? 倒したよ、1人逃げられたけど」
「はぁぁぁ良くやった! アイツらずぅーっと上でうろちょろしてて、ボクは怖くて出るに出られなかった」
ふーん、だからこんなに部屋散らかってるのか。
ていうか、賊たちはツクヨミちゃんを探してたのかな。
いや、ヒワシのことをようやく見つけたって言ってたから、目当てはヒワシな気がする。
じゃあこの子は、たまたまここにいて、ヒワシのとばっちりを受けたってことかな。
たまたま?
「ツクヨミちゃんは、どうしてここにいるの?」
「え? ボクは音沙汰がないヒワシとセンカを探せって命を受けたんだ、だからまずはヒワシの研究室をしらみ潰しに探してたら、こうなった!」
「それってウルス王からの命?」
「ウン!」
「じゃあ、もしかして君って廻衆なの?」
「ウン! イサミもそうなんだろ? だからヒワシとセンカといる、手柄を取られてしまったなぁ」
「ははは、そ、そうかもー」
まじか、この女の子もウルス王から名を授けられた廻衆なの?
もし僕が敵兵ってバレたら、めんどうになりそうだな。
ここはやり過ごして、ささっと用事済ませて帰ろう。
「違うゾ、イサミ殿はバレナ軍に協力してるカラカティッツァ兵だよ」
だが、ヒワシが余計なことを言いやがった。
「僕ちゃんとアマテラス殿は、イサミ殿に負けて捕らわれの身だゾ」
「な、なんだとぉ! 危うく騙されてボクまで捕まるところだった! 2人とも、今ボクが助けてやるからなぁ!」
なんてこった。
この忙しい時に、こんなに訳の分からん子供と戦わないければいけないのか。
頭を抱えそうだ。
と思ったらセンカが既に頭を抱えていた。
「ちょっと待ってよ! 確かに僕は2人を捕えてるけどーー」
「うるさぁい! その首刎ねてから聞いてやる!」
いやそれもう僕お亡くなりしてるじゃん。
てかさっきまで賊に怯えていたくせに、今はすごい血の気が多いな。
いったいなんなんだ。
僕は背中の剣を引き抜いた。
---
目の前の女の子、ツクヨミ。
いつの間にか、彼女の周りにはぽわぽわした光が集まっていた。
それを見て僕はある予感がした。
魂の御業の予感。
そしてそれは見事に的中する。
彼女は光の中に手を突っ込んで、振り払った。
その瞬間、光の輝きは薄れて、パラパラと黒い塵となって舞った。
そして彼女の手には、どこからともなく顕れた鎌が握られていた。
鎌は彼女の身の丈ほどあって、刃が黒い。
やっぱり武器が出てきた。
まったく、廻衆の人たちってどこから武器取り出してるんだ、ずるいよ。
「暗天皆既」
ツクヨミはそう呟きながら、
腰を落として、両手で鎌を腰だめに構えた。
なにか、来る。
僕は警戒を高め、盾を構える。
その刹那、視界は暗闇で覆われた。
「日食」
僕は左膝から地面につき、崩れるように倒れた。
多分斬られた。
両ももがものすごく痛む。
どうすることもできなかった。




