第五十四話「材料集め前日」
祭りの準備を手伝うから、7日ほどこの街を離れる。
天幕に戻ってきた僕は、開口一番にキヨマルにそう言った。
「ええ、立つのは明日の明朝、忘れてませんよ」
だが、返ってきたのはまさかの返答だった。
「……なんで知ってるの!」
田植えの時、キヨマルもあの場にいたのか!?
そう思った。
けど違った。
聞けば、3日前にはヒワシからことの成り行きを聞いていたらしい。
この街の行事で、僕と一緒に必要なモノを集めに行くと、丁寧に地図まで渡されたんだとさ。
僕が街から抜け出すため、あれやこれやを考えていたのは何だったんだ。
せっかく用意したどんぐりも、松ぼっくりも使わなかった。
まぁ、それはいいとして。
僕はあることに引っかかった。
キヨマルが既にヒワシから『火の矢』の材料集め聞いていたことだ。
だって今日、田植えを終えた昼下がりに、農家のタカさんがお祭りの話をしたから、ヒワシも思いついたぜって感じで言い出したんだ。
なのに、なんでもう予定が決まってるんだ。
はっ! もしかして……ヒワシはこうなることを予見していた?
お祭りするにあたって、僕が火の矢の材料集めを手伝うことを。
じゃあどうして僕には先に言ってくれなかったんだ。
……うーん、わからん。
と、そこで視界に荷物の準備を始めるキヨマルの姿が映った。
今晩の見回り用だろうか、でもそれにしてはかなり多い。
ていうか、7日ぐらい遠出するぐらいの量だ。ってことは……。
「もしかして、キヨマルも一緒に行くの?」
「はい、イサミだけじゃ不安ですから」
「い? 僕は迷子になったりしない」
「そうじゃないですよ」
じゃあなんだ。
他に不安になることってあるのか?
「これを見てください」
そう言ってキヨマルは机の上に2つの地図を広げた。
そして印をつけられた所を指でさした。
「こちらは兵団から支給されたものです、こっちはヒワシさんからいただいたものです」
僕は前のめりにぐいっとする。
見たところ、ヒワシに渡された地図には、印のあたりに村があるらしい。
でも、兵団から支給された地図には載ってない。
これは、つまりーー。
「隠れ村?」
「そうです」
「財宝がわんさかある」
「違います」
ええ、違うのか。
じゃあなによ。
「イサミも知っているでしょう、近頃ウルス周辺によく出没するという盗賊団の話」
「ああ、うん、確かにそんな話聞いた気がする」
まぁでも、だいぶ前から賊はあちこっちにいたよな。
たびたび戦闘してるし。
「兵団から、その盗賊団の拠点の1つが、この村かもしれないとのこと」
「ふーん、なら、そいつらぶち転がすの?」
「……ぶち……ええ、そう、ですね。賊の数次第ではそうなりますね」
「わかった。
それにしても、キヨマルと2人で任務に出向くの、初めてだよね」
「いいえ、アンネも同行するので3人ですね」
「ん? ならチカセとケンセイは?」
「ケンセイはタロウ団長のこともあるので、行く気はないようで、チカセは今朝から体調が悪いらしく、明日の出立には間に合わないでしょう」
「チカセが体調を崩すなんて、珍しい」
そういえば、いつもだったら昼間にヒョコっと現れて、僕とヒワシと一緒に街の手伝いをしていたのに、今日は姿を見なかった。
「じゃあ、今は奥で寝てるの?」
僕は小声でそう聞くと、キヨマルは頷いた。
「本人は大したことは無いと言っていました」
「そ、そう?」
でも、チカセが今寝てて起こしちゃったら嫌だから、このまま小さめな声で話そう。
もう手遅れだったら、その時はごめんだ。
「キヨマルも行くってことは、兵団から街を出る許可をもらえたってことだよね、たかだか盗賊団の拠点をひとつ潰すだけなのに、よく貰えたね」
「兵団は喜んでいましたよ。
おそらく、私たちを行かせるのは、盗賊団を仕留めて周辺の安全を確保したい、というより、街でやる祭りを成功させて、民の不満を減らそうとする側面が強いでしょう」
うーんと、そうか、民の不満が増えれば暴動が起きちゃうもんね。
盗賊団はついでか、倒せたら運がいいぐらいか。
重要なのはこの街に住まうウルスの民に、暴動を起こさせないこと、それなら僕としても好都合、存分に街の人たちを手伝える。
必ず鮮やかな火の矢を魅せてやろう。
いや、ヒワシが作るやつは玉らしいから、火の玉?
とにかく、頑張るぞ。
その前にひと仕事だ。
今晩の見回りがまだある。ヒワシの研究室があるらしい隠れ村には、その後行く。
僕は武具棚に掛けてあった皮鎧を取り、身に付ける。
次に盾を左腕に装着しようとする所で、声が掛かった。
「イサミ、まだ見回りに行くには早いですよ」
「うーんそうだけど、やることないし、準備だけでも終わらせとこって思って」
そんで、この後はキヨマルに剣の手合わせをしてもらおう、そしたら見張り番まであっという間だろう。
「そうですか、それならいいですが……剣の鍛錬には付き合いませんからね」
え! なんで僕が今考えてること分かってるの!?
「じゃ、じゃあ」
「囲碁も将棋も鬼ごっこも隠れんぼもやりません」
くっ! なんてこった、先読みされてる!
「私はまだやることがあるので、アンネに相手して貰ってください」
「えー、アンネは相手してくれないよ」
今まで僕がアンネを剣の手合わせに誘った回数は覚えてない、結構した気はする、でも相手しくれたのは数回だけ。
遊戯に関しては、一緒に遊んだことがない。
もしかしたら、遊びは好きじゃないのかもしれない。
「では、夜まで寝てなさい。見回り番が終わってすぐ隠れ村に出発しますから、寝れるのは今だけですよ」
「……それもそうか、よし分かった。じゃあ、またあとで」
「ええ」
そうして僕は天幕の奥、寝間へと転がりこんだ。
薄暗い寝間に入ると、スースーと寝息が聞こえてきた。
チカセがどこかで寝ているらしい。だが、姿は見えない。
いつもチカセが寝てる場所には布団が敷かれてるのに、そこにはいなかった。
ならばと、畳んで積み上げられた布団の間に挟まっているのかと思って見ても、いない。
いったいどこに消えたんだろう。
もしかしたら、キヨマルが気が付かないうちにどこかへ出掛けたのかな。
そんなわけないと思うけど、まぁいいか。
気を取り直して、僕は自分の布団を取って敷いた。
そして枕を整えて、仰向けに寝る。
だがそこで、瞼を閉じる瞬間、とんでもないのが目に映った。
なんと、天幕を支えている骨組みに、チカセが寝転がっていた。
よくもあのほっそいところにいられるものだ。
ていうか、そこは安らぐのか?
まるですごく足場が悪いところで寝るネコみたいだな。なら、いいか……いや、ダメだ。
さすがに心配になる、誤って落っこちたら危ない。
僕はぶら下がっていたチカセの手を引っ張って、引きずり下ろし、彼女の布団の上に寝かせた。
ふぅ。
これで何も気にせず寝れる。
おやすみ。
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深夜。
僕はあまりの息苦しさに起きた。
夢をみた。
悪夢と言うほど怖いモノではなかったけれど、不快なものを。
何匹ものタコが僕の身体に巻きついて、締め付けてくる。そんな夢だ。
なんなら、今も苦しい気がする。
特に喉元。
僕は左手で自分の喉を触ろうと伸ばす。
すると、何かが阻んで触れない。
寝ぼけた意識のまま、手探りで確かめる。
なんだろうこれ、柔らかいけど筋肉質だ。
まるでタコの足っぽいけど、吸盤がないから違うな。
うーん、あ、わかった。
これは人の脚だ、太ももかな?
この頃にはようやく目も覚めてきて、全貌が見えた。
やっぱり僕の首を締め付けていたのは脚だった。
誰のかと言うとチカセだ。
なぜか彼女は寝ながら絞め技を僕に掛けていた。僕の右腕と首をガッチリと押さえ込んでいて、なんか技名がありそうなやつだ。
僕はどうにか、身体をよじりながら抜け出した。
まったく、妹のハルも寝相が悪いけど、チカセも負けずとも劣らずだな。
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天井から垂れ下がっている仕切りを手で押しよけて、僕は寝間から這いずり出た。
寝間の隣は食事するところ兼、作戦会議部屋兼、くつろぎの間だ。
そこにキヨマルがいた。
椅子に座り、机に向かって書き物をしている。
その姿勢は僕が寝る前に見たのと、まったく一緒だ。
「おや、起きましたか、そろそろ見回り番の交代の頃合いでしょうから、ちょうど良かったです」
そうか。
ちょうど良かったか。
「僕の体内お月様が起きろって言ってきた」
ってことにしとこう。
間違ってもチカセの絞め技のおかげじゃない。
「便利ですね、タロウ団長にも半分分けてやってください」
「……おお! たしかに、そうしよ! あぁでも、今からは無理だから、帰ってからだ」
「ええ、ケンセイも喜ぶでしょう。
では、見張り番に行きますか」
「うん!」
僕は盾と剣を持って、キヨマルの後を追った。
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ルナの街。
その1番東側。
そこら一帯が僕たち第3小団が見回る場所だ。
街の端っこというのもあって、特に何も無い。
田んぼと鶏舎と馬小屋、あと大きめの家が10数軒。
家と家の間はものすごく離れていて、回覧板を届けるのもひと苦労だろう。
元々は東側に住む人は多かったらしいけど、病院や酒場といった施設が街の中央から西よりに建てられてから、みんなそっちの方に流れて行ったと聞いた。
まぁ、おかげで治安が悪くなりようがないから、楽でいいけどね。
酒場の周辺なんて、昼も夜も喧嘩してるらしくて、止めるのに大変だそうだ。
なんなら、僕たちバレナ側の兵士が止めに入ったら、喧嘩から殺し合いに発展するらしい。
じゃあ西側の見回りの数を増やした方がいい、東側の見回りなんて必要ない、そう思う人もいるだろう。
ほぼその通りだ。
今まで、ここ最東端でなにか揉め事か起きたこともないし、不審者も見たことがない。
それでも、見回り番が必要とされるのはなぜか。
それは熊対策のためだ。
この場所から、さらに東に行くと山地がある。
熊がいざ現れた時のために、兵士を常に置いておく必要がある。
ただ、ここの住民に聞き込みをしたところ、熊が人里に降りて来たのは10年以上前が最後で、もうまったく見なくなったそうだ。
なんでも以前、ある男が槍を片手に山の熊たちをボコボコにしたらしい。
それで熊たちはその男を恐れて、人を襲うため山から降りてくることは無くなった。
なんとも化け物じみた人がいたものだ。
僕も熊と1度だけ戦ったことがあるけど、2度目はごめんだ。
ちなみに、山菜採りや狩りで山に登ると、普通に襲われるらしいから、行くのはやめた方がいいと言われた。
もちろん行く気は無いし、予定もない……はずだった。
それが明日の朝、いや、もう今日か、夜が明けたら行くことになった。
今回、僕たちが『火の玉』の材料集めに向かう隠れ村。それが熊たちが生息する山地にある。
ヒワシが言うには、山を3つほど越えた先にあるらしい。
それを思い出し、
僕は今、見張り用のやぐらの上から山を眺めて、だいたい隠れ村はあのへんかなと当たりをつけていた。
そんな時だった。
誰かがはしごを登ってくる音がした。
ギシギシと音を鳴らしたその者は、すぐにひょこっと頭1個だけ出してきた。
「イサミ交代ですわよ」
出てきた頭はアンネだった。
「うん、わかった」
僕たちはやぐら上に1人、地上に2人と、見張りと見回りを交代しながら行っている。
本当は上に2人、下に4人なんだけど、人数が欠けてるから仕方ない。
交代してるのは単純に寝ないためだ。
上にいる人は結構ボーッとしたまま寝てしまうことが多い。
僕も何度か危うい時はあった。
でも今日は見張り番の前に寝てきたから、眠気は一切なかった。
それと、『火の玉』の材料集めに早く行きたくてずっとうずうずしてる。
はしごを降りながら空を見ると、若干明るくなってきた、もうそろそろだ。
早く日が昇ってほしい。




