第五十三話「祭りの準備」
米は普段から食べている。
兵士になる前も、なった後も、
けど、僕は漁師だったから、米ってどうやって作るのか、詳しくなかった。
まさか、こんなにも大変だったなんて。
僕は今、田植えをしている。
ぬかるんだ田んぼにとらわれた足を交互に引っこ抜きながら、等間隔に苗を差し込む。
最初は余裕だと思ったけど、そんなことなかった。
すごくきつい。
何がきついかと言うと、姿勢だ。
作業中は膝と腰をすこし曲げてる状態が続く。
100株ほど植えたあたりから、腰がボキボキ鳴るようになった。
それでも、引き受けた仕事である以上、やりきるつもりだ。
しかし、僕にここの田んぼを任せてくれた農家のおっちゃん、タカさんは僕に止めるよう言ってくるかもしれない。
今しがた目が合った。
「イサミー! 1度出なされやー!」
ほらきた。
今日初めて田植えをするから、全部できないと思ってるんだ。
「おっちゃん! あと半分ぐらい、僕はまだできるよ!」
僕は右手をピーンと挙げながら、大きな声で言った。
それに対して、おっちゃんはもっと大きな声で言い返してきた。
「そうかー! けどおまんの連れが倒れてんでい! 引き上げてくれやー!」
「なに! それは大変だ! 今行くぞ!」
僕の連れ、それはヒワシとセンカだ。
一体どっちが倒れたんだろう。
何となく察しはつくけど、まずは見てみるか。
僕は田んぼから出て、あぜ道に上がる。
そして、お隣の田んぼを見下ろす。
すると、田んぼのど真ん中で、仰向けに倒れている男がいた。
白い服を泥に漬けて、口をポカンと開けている。
やっぱりヒワシだった。
急いでヒワシの元へ駆け寄ろう。
「どうしたんだ! 大丈夫か!?」
倒れたヒワシの顔を覗き込みながら、僕がそう言うと、ヒワシはギョロりと眼だけ動かして僕を見た。
「痛いゾ」
「どこが?」
「足のつま先から首までだゾ」
もちろん、ヒワシも田植えをするのが今日が初めてだ。
不慣れな作業をすると、身体を痛める、僕も先程味わった。
まぁ、ヒワシは少し歩いただけで、すぐに足が痛いと言うからな、慣れても変わらないかもしれない。
「とりあえず田んぼから出よう、ほら手出して」
「ギョ」
僕は差し出されたヒワシの両手を思いっきり引っ張った。
あまりの軽さにそのまま投げ飛ばしてしまいそうだった。
「おわっ!」
立たせたヒワシはとんでもないことになっていた。
なんと、身体のあちこちを虫に咬まれていた。
ウネウネとしている、親指ぐらいの大きさだ。これはヒルだ。
ヒルどもが、ヒワシの白衣を破って血を啜っている。
「痛いってコイツらのせいだったのか、今とってやる」
まずはコイツからにしよう。
ヒワシの首に咬みついているやつ。
僕は右手の人差し指と親指でそいつを抓む。
そして引っ張る。
「んーー」
けどなかなか取れない。
かなりしぶといな、このヒル。
なら、ねじりながら引っ張ってみるか。
「痛い! 止めゾ!」
先に音を上げたのはヒルじゃなく、ヒワシだった。
「我慢しろ!」
「ギョッ! もっと簡単に取り除くことができるゾ」
「え、どうやって?」
「酒をかけたり、火であぶれば簡単ゾ」
「そ、そうなのか」
知らなかった。
僕は爺ちゃんに引っこ抜いて貰ってたから、そんなことで取れるのか。
「ふむ、見たところ、イサミ殿は咬まれてないようだが、なにか対策してるゾか?」
「ううん、たぶんヒルなんかじゃ、僕の肌を食い破れないだけ」
海にはヒルみたいに、血を吸ってくる生きモノはたくさんいた。
そいつらに咬まれてたからか、肌が強くなったんだろう。
ヒルなんて小さい虫に僕の血は吸えない。
そんな説明をヒワシにしたら、変なやつを目にした時みたいな顔をしてきた。
1番変なやつにそんな顔されるとは思わなかった。
そう思いつつ、僕とヒワシは田んぼから出て、あぜ道に上がった。
「じゃあ、タカさんか、他の農家の人にお酒か火を持ってきて貰えるか頼んでみるから、ここで待ってて」
「その必要はないゾ、すぐそこにあるゾ」
そう言ったヒワシの視線の先を見ると、センカが小走りでこちらに向かってきていた。
「ひ、ヒワシさんが倒れたって聞いたんだけど……」
なるほど、センカに炎を出して貰うのか。
「ヒワシは大丈夫なんだけど、かなりのヒルに咬まれてるんだ、だからセンカが炎を出して炙ってやってくれ」
「そうゾ、早くこの忌々しい虫ケラ共を取り除いてくれゾ」
しかし、センカはヒワシを一目見た瞬間に後ずさりしだした。
「ううう、む、むり、虫むり」
彼女は顔を背け、手で顔を覆い、瞼を閉じた。
「虫がダメなら、仕方ない……やっぱり僕が探してくるよ」
「イサミ殿、君がアマテラス殿の手を掴んで、取ってくれゾ」
「えー、でも、センカすごく嫌がってるよ?」
「……アマテラス殿、もし陛下からの頼みでも、同じ理由で断れるゾか? できるのであれば、僕ちゃんとて諦めよう」
なんだそれ。
わけがわからない、でもセンカが左手を差し出してきた。
顔はまだ背けてるし、瞼もまだ閉じてる。
すごく嫌そうにしてるけど、やれるらしい。
「結構。では、イサミ殿、左手でアマテラス殿の人差し指、右手で親指を持って、抓むように取ってくれゾ」
「う、うん、けど炎出さなくていいの?」
「アマテラス殿の体温なら十分ゾ」
ふーん、ほんとだ。
両手でセンカの人差し指と、親指をそれぞれ持ったけど、すごく暖かい。
それをヒワシの首に咬みついているヒルに近づけると、ヒルはたちまちウネウネが激しくなった。
指を当てさせると、今度は嘘みたいにポロッと取れた。
僕があんなに強く引っ張っても取れなかったのに、すごいな。
「い、イサミ君、終わった?」
「いや、まだまだいるよ」
「あ、あと、何匹ぐらい?」
「うーん、20匹ぐらい」
「へっぁっ! お、お願い、早く終わらせて」
「わかった!」
ヒワシをぐるぐる回転させながら、1匹ずつ取っていきーー。
「これで終わり」
瞬く間に全てを取った。
「ううう、ウチ、手洗いしてくる!」
そう言って、僕が手を離すと同時に、彼女は走り去って行った。
意外とセンカは我慢強いんだな。
ちゃんとヒルを最後まで取りきったのはもちろんの事、彼女だって田んぼに入って田植えを任せられていた。
あんなに虫嫌いなのに、よく引き受けた。
あとで、なにか茶菓子でもあげよう。
それはそうと。
「ヒワシ、僕包帯と止血剤を持ってるから、血が止まらないなら巻いてやる」
「それには及ばぬゾ、止血薬は持っているゾ」
ヒワシは、懐から二枚貝を取り出した。
そして、貝殻を右手の親指と人差し指でズラし、中から泥みたいな色をした塗り薬を、咬まれた跡に薄く塗った。
「その塗り薬、自分で作ったの?」
「無論ゾ、イサミ殿にも作ろうゾか?」
「ほんと、やったー」
僕だって薬草から止血剤ぐらい作れる。
けど、分量を間違えてるからか、よく失敗する。
ヒワシの作った止血剤は、見た感じすごく効き目が良さそう。
普通、ヒルに咬まれたところは、なかやか血が止まらなない。
たしか、毒かなんかがあるからそうなるらしい。
それなのに、ヒワシの傷跡は薬を塗った途端に癒えてる。
「して、イサミ殿」
「ん?」
「そこらに落ちてるヒルの虫ケラ共、そろそろ帰してやらねば」
「おお、そうだ」
「干からびて……しまう……イサミ殿、何をしているゾ?」
ヒワシはにこやかな顔で、僕が踏み潰したヒルを見つめていた。
「なにってなに? ただ潰してるだけだけど」
「……いいゾか?」
「ああ、コイツらは人の血を吸う害虫だからな、農家の人たちも疎ましく思ってるだろう」
僕はそう言って、さらに地べたでウネウネしてるヒルを数匹踏み潰す。
裸足だからか、ヌルヌルとした触感が直に伝わってくる。
少し、クラゲに近いかもしれない。
そう思っていると、
まだヒワシが踏み潰されたヒルをじっと見ていた。
どうしたんだ?
「……僕ちゃんといて、心変わりしたのはどちらなのやら……」
ヒワシは何やら訳分からないことを言い出し、まだ生きてる1匹のヒルを拾い上げ、懐にしまった。
たぶん、持ち帰って実験でもするのだろう。
さて、残りの田植えを終わらせるとするか。
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朝日が昇りきる前に終わる予定だったけど、不慣れだったこともあり、すっかり昼が過ぎてしまった。
まぁ、それでも上々の出来だったらしい。
農家のタカさんが満面の笑みで僕の前に立っている。
「イサミらがいなかったら、どんだけかかっとったか分からんわー、手伝ってくれて、ありがとさん」
「いいってことよ! 次の除草も稲刈りも手伝うよ」
「いやいや、馬屋の建て直しに、田植えまで手伝って貰った。これ以上は頼れんよ」
「そうか……わかった! でも助けが必要だったら言ってくれ、手伝うよ」
「あいよ、もしそうなったらお願いするよ」
僕にそう言ったあと、タカさんは続けて感謝の言葉をヒワシと、センカに言った。
ヒワシは相変わらずニコニコの笑顔だ。
もちろん作り笑顔なのだろうけど、うーん、今日は少しばかり嬉しそうに見えた。
センカはオドオドしている。
俯いて、チラチラと視線を上げている。
僕が下から覗くと引きつった笑顔をしていて、びっくりした。
「しかしぁ、今年は火の矢が飛んで来ないから凶年やと思っとったわ」
「火の矢って?」
「そうか、イサミこの国のモンじゃなーったな。
火の矢ってのはな、毎年田植えの時期になると、王都に住まう巫女様が放つ矢のことだ。
ちょうどわいらの隣にある田んぼ、そこの空高くで爆ぜて、そら綺麗な花を魅せるんだ。
あれを見たら元気が出るぞー」
「へー、巫女ってだれ?」
「巫女様は、アマテラスノミコト様って女性やと聞いたな、まあ見たことがないからわからんがな」
そのアマテラスって呼ばれてる人、目の前にいるよ。
今は、笠を深々とかぶって顔を見られまい! ってしているけど、たぶんその下では『へひひ』って喜んでると思う。
「じゃあ、もしかしてここ数日、街の飾り付けとか、デコ人形がそこらに置いてあるのって」
「そう、祭りの準備よう、けど今年の祭りは無さそうだな」
「……諦めるのは早いんじゃない? ほら、今年は遅れてるだけかもしれないし……」
そう言いながら、僕はチラッとセンカを見た。
彼女なら、今からでも火の矢を放てると思うんだけど。
しかし、彼女は小刻みに頭を横に振った。
どうやら、嫌みたいだ。
まぁ、仕方ないか。
よくよく考えたら、いつもは王都から矢が飛んでくるみたいだし、もし今回、矢が街の中から空に向かって放たれたら、誰だ! 誰だ! って大騒ぎになりそうだしね。
僕としては、お祭りを見たかったから残念だ。
「僕ちゃんなら打ち上げられるゾ、火の矢」
そう言ったのはヒワシだった。
そしてそれにいち早く食いついたのは、農家のタカさんだ。
「それは本当か! ヒワシ坊」
「無論ゾ、この街でも材料は手に入る」
それを聞いたタカさんは、喜びながらヒワシの両肩を掴み、大きく揺らした。
「しかし、かなりの量が必要ゾ」
「そら構わねぇさ、祭りができるんなら他のもんも協力を惜しまん」
「分かったゾ、では、あとで必要なモノを書き留めておくゾ」
「ありがてぇ! 早くみんなに知らせんぜ!」
そう言いながら軽快な足取りでタカさんは去っていった。
「すごいなヒワシ、火の矢なんて作れるんだ」
「正確には矢では無いゾ、玉ゾ」
「たま?」
「そうゾ、煙硝や木炭などを配合して小さな玉をいっぱい作るゾ、それらを紙で包んで大きな玉にするゾ」
んー、たまたまがいっぱいあって、それをデカ玉にする? 雪だるまができちゃったぞ!
僕の頭の中で考えた完成品、ほんとにヒワシの言うソレと同じかな。
「だが、1つ問題があるゾ」
「なに?」
「このままでは、アマテラス殿の火の矢のような、鮮やかな火花にはならないゾ、色を付けるには鉱石を精製したモノが必要ゾ」
ちょっと、何を言ってるのかわからない。
けど何かが必要なのかはわかった。
「……それはどこで取ってくればいいの?」
「それが奇しくも、この近くに僕ちゃんの研究室があるゾ、そこに精製済みのがあるゾ」
「研究室って、ヒワシと初めて会ったところ?」
「違うゾ、あそこよりも少しばかり遠い、別の研究室ゾ」
「よし! 行くぞ!」
「キョキョッ、イサミ殿ならそう言うと思っていたゾ」
そうと決まってすぐ、農家のタカさんに材料集めのため、7日後に作るって話をして解散した。
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その後、第3小団の天幕に戻る道中、僕は考える。
はたして、材料集めに街を離れることに、キヨマルがいいよって言ってくれるかどうか。
一応、ヒワシが言ったよくわからない材料がなくても、玉は作れるらしい。ちょっと色が薄くなるだけと言う。
だから、キヨマルにだめって言われたら、諦めるつもりだ。
でもせっかくなら、色鮮やかなの見たいからな。
どうにかキヨマルをうまく説得できないかと、頭を捻る。
そうして、僕は寄り道をするも、まったく思いつかず、第3小団の天幕の周りをぐるぐるとし続けた。
頭の中のキヨマルは簡単に説得できるのになぁ、難しいよ。




