表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者  作者: 海目 愚丸
食われた明鏡編
72/76

第五十三話「祭りの準備」

 米は普段から食べている。

 兵士になる前も、なった後も、

 けど、僕は漁師だったから、米ってどうやって作るのか、詳しくなかった。


 まさか、こんなにも大変だったなんて。


 僕は今、田植えをしている。

 ぬかるんだ田んぼにとらわれた足を交互に引っこ抜きながら、等間隔に苗を差し込む。

 

 最初は余裕だと思ったけど、そんなことなかった。

 すごくきつい。

 何がきついかと言うと、姿勢だ。

 作業中は膝と腰をすこし曲げてる状態が続く。

 100株ほど植えたあたりから、腰がボキボキ鳴るようになった。

 それでも、引き受けた仕事である以上、やりきるつもりだ。


 しかし、僕にここの田んぼを任せてくれた農家のおっちゃん、タカさんは僕に止めるよう言ってくるかもしれない。

 今しがた目が合った。


「イサミー! 1度出なされやー!」


 ほらきた。

 今日初めて田植えをするから、全部できないと思ってるんだ。

 

「おっちゃん! あと半分ぐらい、僕はまだできるよ!」


 僕は右手をピーンと挙げながら、大きな声で言った。

 それに対して、おっちゃんはもっと大きな声で言い返してきた。


「そうかー! けどおまんの連れが倒れてんでい! 引き上げてくれやー!」

「なに! それは大変だ! 今行くぞ!」

 

 僕の連れ、それはヒワシとセンカだ。

 一体どっちが倒れたんだろう。

 何となく察しはつくけど、まずは見てみるか。


 僕は田んぼから出て、あぜ道に上がる。

 そして、お隣の田んぼを見下ろす。

 すると、田んぼのど真ん中で、仰向けに倒れている男がいた。

 白い服を泥に漬けて、口をポカンと開けている。

 

 やっぱりヒワシだった。

 急いでヒワシの元へ駆け寄ろう。


「どうしたんだ! 大丈夫か!?」


 倒れたヒワシの顔を覗き込みながら、僕がそう言うと、ヒワシはギョロりと眼だけ動かして僕を見た。


「痛いゾ」

「どこが?」

「足のつま先から首までだゾ」


 もちろん、ヒワシも田植えをするのが今日が初めてだ。

 不慣れな作業をすると、身体を痛める、僕も先程味わった。

 まぁ、ヒワシは少し歩いただけで、すぐに足が痛いと言うからな、慣れても変わらないかもしれない。


「とりあえず田んぼから出よう、ほら手出して」

「ギョ」


 僕は差し出されたヒワシの両手を思いっきり引っ張った。

 あまりの軽さにそのまま投げ飛ばしてしまいそうだった。


「おわっ!」


 立たせたヒワシはとんでもないことになっていた。

 なんと、身体のあちこちを虫に咬まれていた。

 ウネウネとしている、親指ぐらいの大きさだ。これはヒルだ。

 ヒルどもが、ヒワシの白衣を破って血を啜っている。


「痛いってコイツらのせいだったのか、今とってやる」

 

 まずはコイツからにしよう。

 ヒワシの首に咬みついているやつ。

 

 僕は右手の人差し指と親指でそいつを抓む。

 そして引っ張る。


「んーー」


 けどなかなか取れない。

 かなりしぶといな、このヒル。

 なら、ねじりながら引っ張ってみるか。


「痛い! 止めゾ!」


 先に音を上げたのはヒルじゃなく、ヒワシだった。


「我慢しろ!」

「ギョッ! もっと簡単に取り除くことができるゾ」

「え、どうやって?」

「酒をかけたり、火であぶれば簡単ゾ」

「そ、そうなのか」


 知らなかった。

 僕は爺ちゃんに引っこ抜いて貰ってたから、そんなことで取れるのか。


「ふむ、見たところ、イサミ殿は咬まれてないようだが、なにか対策してるゾか?」

「ううん、たぶんヒルなんかじゃ、僕の肌を食い破れないだけ」


 海にはヒルみたいに、血を吸ってくる生きモノはたくさんいた。

 そいつらに咬まれてたからか、肌が強くなったんだろう。

 ヒルなんて小さい虫に僕の血は吸えない。


 そんな説明をヒワシにしたら、変なやつを目にした時みたいな顔をしてきた。

 1番変なやつにそんな顔されるとは思わなかった。

 そう思いつつ、僕とヒワシは田んぼから出て、あぜ道に上がった。


「じゃあ、タカさんか、他の農家の人にお酒か火を持ってきて貰えるか頼んでみるから、ここで待ってて」

「その必要はないゾ、すぐそこにあるゾ」


 そう言ったヒワシの視線の先を見ると、センカが小走りでこちらに向かってきていた。


「ひ、ヒワシさんが倒れたって聞いたんだけど……」


 なるほど、センカに炎を出して貰うのか。


「ヒワシは大丈夫なんだけど、かなりのヒルに咬まれてるんだ、だからセンカが炎を出して炙ってやってくれ」

「そうゾ、早くこの忌々しい虫ケラ共を取り除いてくれゾ」


 しかし、センカはヒワシを一目見た瞬間に後ずさりしだした。


「ううう、む、むり、虫むり」

 

 彼女は顔を背け、手で顔を覆い、瞼を閉じた。


「虫がダメなら、仕方ない……やっぱり僕が探してくるよ」

「イサミ殿、君がアマテラス殿の手を掴んで、取ってくれゾ」

「えー、でも、センカすごく嫌がってるよ?」

「……アマテラス殿、もし陛下からの頼みでも、同じ理由で断れるゾか? できるのであれば、僕ちゃんとて諦めよう」


 なんだそれ。

 わけがわからない、でもセンカが左手を差し出してきた。

 顔はまだ背けてるし、瞼もまだ閉じてる。

 すごく嫌そうにしてるけど、やれるらしい。


「結構。では、イサミ殿、左手でアマテラス殿の人差し指、右手で親指を持って、抓むように取ってくれゾ」

「う、うん、けど炎出さなくていいの?」

「アマテラス殿の体温なら十分ゾ」


 ふーん、ほんとだ。

 両手でセンカの人差し指と、親指をそれぞれ持ったけど、すごく暖かい。


 それをヒワシの首に咬みついているヒルに近づけると、ヒルはたちまちウネウネが激しくなった。

 指を当てさせると、今度は嘘みたいにポロッと取れた。

 僕があんなに強く引っ張っても取れなかったのに、すごいな。


「い、イサミ君、終わった?」

「いや、まだまだいるよ」

「あ、あと、何匹ぐらい?」

「うーん、20匹ぐらい」

「へっぁっ! お、お願い、早く終わらせて」

「わかった!」


 ヒワシをぐるぐる回転させながら、1匹ずつ取っていきーー。


「これで終わり」


 瞬く間に全てを取った。


「ううう、ウチ、手洗いしてくる!」


 そう言って、僕が手を離すと同時に、彼女は走り去って行った。

 

 意外とセンカは我慢強いんだな。

 ちゃんとヒルを最後まで取りきったのはもちろんの事、彼女だって田んぼに入って田植えを任せられていた。

 あんなに虫嫌いなのに、よく引き受けた。

 あとで、なにか茶菓子でもあげよう。


 それはそうと。

 

「ヒワシ、僕包帯と止血剤を持ってるから、血が止まらないなら巻いてやる」

「それには及ばぬゾ、止血薬は持っているゾ」

 

 ヒワシは、懐から二枚貝を取り出した。

 そして、貝殻を右手の親指と人差し指でズラし、中から泥みたいな色をした塗り薬を、咬まれた跡に薄く塗った。


「その塗り薬、自分で作ったの?」

「無論ゾ、イサミ殿にも作ろうゾか?」

「ほんと、やったー」


 僕だって薬草から止血剤ぐらい作れる。

 けど、分量を間違えてるからか、よく失敗する。

 ヒワシの作った止血剤は、見た感じすごく効き目が良さそう。

 普通、ヒルに咬まれたところは、なかやか血が止まらなない。

 たしか、毒かなんかがあるからそうなるらしい。


 それなのに、ヒワシの傷跡は薬を塗った途端に癒えてる。


「して、イサミ殿」

「ん?」

「そこらに落ちてるヒルの虫ケラ共、そろそろ帰してやらねば」

「おお、そうだ」

「干からびて……しまう……イサミ殿、何をしているゾ?」


 ヒワシはにこやかな顔で、僕が踏み潰したヒルを見つめていた。


「なにってなに? ただ潰してるだけだけど」

「……いいゾか?」

「ああ、コイツらは人の血を吸う害虫だからな、農家の人たちも疎ましく思ってるだろう」


 僕はそう言って、さらに地べたでウネウネしてるヒルを数匹踏み潰す。

 裸足だからか、ヌルヌルとした触感が直に伝わってくる。

 少し、クラゲに近いかもしれない。


 そう思っていると、

 まだヒワシが踏み潰されたヒルをじっと見ていた。

 どうしたんだ?


「……僕ちゃんといて、心変わりしたのはどちらなのやら……」

 

 ヒワシは何やら訳分からないことを言い出し、まだ生きてる1匹のヒルを拾い上げ、懐にしまった。

 たぶん、持ち帰って実験でもするのだろう。


 さて、残りの田植えを終わらせるとするか。


---


 朝日が昇りきる前に終わる予定だったけど、不慣れだったこともあり、すっかり昼が過ぎてしまった。

 まぁ、それでも上々の出来だったらしい。

 農家のタカさんが満面の笑みで僕の前に立っている。


「イサミらがいなかったら、どんだけかかっとったか分からんわー、手伝ってくれて、ありがとさん」

「いいってことよ! 次の除草も稲刈りも手伝うよ」

「いやいや、馬屋の建て直しに、田植えまで手伝って貰った。これ以上は頼れんよ」

「そうか……わかった! でも助けが必要だったら言ってくれ、手伝うよ」

「あいよ、もしそうなったらお願いするよ」


 僕にそう言ったあと、タカさんは続けて感謝の言葉をヒワシと、センカに言った。


 ヒワシは相変わらずニコニコの笑顔だ。

 もちろん作り笑顔なのだろうけど、うーん、今日は少しばかり嬉しそうに見えた。


 センカはオドオドしている。

 俯いて、チラチラと視線を上げている。

 僕が下から覗くと引きつった笑顔をしていて、びっくりした。


「しかしぁ、今年は火の矢が飛んで来ないから凶年やと思っとったわ」

「火の矢って?」

「そうか、イサミこの国のモンじゃなーったな。

 火の矢ってのはな、毎年田植えの時期になると、王都に住まう巫女様が放つ矢のことだ。

 ちょうどわいらの隣にある田んぼ、そこの空高くで爆ぜて、そら綺麗な花を魅せるんだ。

 あれを見たら元気が出るぞー」

「へー、巫女ってだれ?」

「巫女様は、アマテラスノミコト様って女性やと聞いたな、まあ見たことがないからわからんがな」


 そのアマテラスって呼ばれてる人、目の前にいるよ。

 今は、笠を深々とかぶって顔を見られまい! ってしているけど、たぶんその下では『へひひ』って喜んでると思う。


「じゃあ、もしかしてここ数日、街の飾り付けとか、デコ人形がそこらに置いてあるのって」

「そう、祭りの準備よう、けど今年の祭りは無さそうだな」

「……諦めるのは早いんじゃない? ほら、今年は遅れてるだけかもしれないし……」


 そう言いながら、僕はチラッとセンカを見た。

 彼女なら、今からでも火の矢を放てると思うんだけど。


 しかし、彼女は小刻みに頭を横に振った。

 どうやら、嫌みたいだ。


 まぁ、仕方ないか。

 よくよく考えたら、いつもは王都から矢が飛んでくるみたいだし、もし今回、矢が街の中から空に向かって放たれたら、誰だ! 誰だ! って大騒ぎになりそうだしね。

 僕としては、お祭りを見たかったから残念だ。


「僕ちゃんなら打ち上げられるゾ、火の矢」


 そう言ったのはヒワシだった。

 そしてそれにいち早く食いついたのは、農家のタカさんだ。

 

「それは本当か! ヒワシ坊」

「無論ゾ、この街でも材料は手に入る」


 それを聞いたタカさんは、喜びながらヒワシの両肩を掴み、大きく揺らした。


「しかし、かなりの量が必要ゾ」

「そら構わねぇさ、祭りができるんなら他のもんも協力を惜しまん」

「分かったゾ、では、あとで必要なモノを書き留めておくゾ」

「ありがてぇ! 早くみんなに知らせんぜ!」


 そう言いながら軽快な足取りでタカさんは去っていった。

 

「すごいなヒワシ、火の矢なんて作れるんだ」

「正確には矢では無いゾ、玉ゾ」

「たま?」

「そうゾ、煙硝や木炭などを配合して小さな玉をいっぱい作るゾ、それらを紙で包んで大きな玉にするゾ」


 んー、たまたまがいっぱいあって、それをデカ玉にする? 雪だるまができちゃったぞ!

 僕の頭の中で考えた完成品、ほんとにヒワシの言うソレと同じかな。

 

「だが、1つ問題があるゾ」

「なに?」

「このままでは、アマテラス殿の火の矢のような、鮮やかな火花にはならないゾ、色を付けるには鉱石を精製したモノが必要ゾ」


 ちょっと、何を言ってるのかわからない。

 けど何かが必要なのかはわかった。


「……それはどこで取ってくればいいの?」

「それが奇しくも、この近くに僕ちゃんの研究室があるゾ、そこに精製済みのがあるゾ」

「研究室って、ヒワシと初めて会ったところ?」

「違うゾ、あそこよりも少しばかり遠い、別の研究室ゾ」

「よし! 行くぞ!」

「キョキョッ、イサミ殿ならそう言うと思っていたゾ」

 

 そうと決まってすぐ、農家のタカさんに材料集めのため、7日後に作るって話をして解散した。


---


 その後、第3小団の天幕に戻る道中、僕は考える。

 はたして、材料集めに街を離れることに、キヨマルがいいよって言ってくれるかどうか。

 一応、ヒワシが言ったよくわからない材料がなくても、玉は作れるらしい。ちょっと色が薄くなるだけと言う。

 だから、キヨマルにだめって言われたら、諦めるつもりだ。


 でもせっかくなら、色鮮やかなの見たいからな。

 どうにかキヨマルをうまく説得できないかと、頭を捻る。

 

 そうして、僕は寄り道をするも、まったく思いつかず、第3小団の天幕の周りをぐるぐるとし続けた。

 頭の中のキヨマルは簡単に説得できるのになぁ、難しいよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ