間話「雨」
---センカ視点---
どうしてこうなっちゃったんだろう。
……きっと、ウチがいけないんだ。
いつも楽な方、楽な方へと進んじゃうから。
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ウチは物心ついた頃のことを覚えていない。
自分がどこの生まれで、どう暮らしていたのかも覚えていない。
覚えているのは、
何かを求められてたこと、
痛かったこと、
苦しかったこと、
逃げたかったこと。
何があったのかは思い出せない。
ただ、炎が広がってた気がする。
そんな光景だった。
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それからのことはよく思い出せる。
どこかの村でウチは、暮らしていた。
村長夫妻の子として、暮らしていた。
なぜ、両親がいなかったのかは気にならなかった。
村長夫妻に、ウチには両親がいないと言われた時も、『そうなんだ』としか思わなかった。
傍から見たら、おばあちゃん、おじいちゃん、そして孫娘に見えただろうけど、
ウチにとっては、村長夫妻がお母さんとお父さんだった。
本当の両親なんて気にもしなかった。
そんなことよりも、ウチはこの村で気味悪がられる方が、よっぽど嫌だった。
お母さんとお父さん以外、ウチを見かけると良い顔をしなかった。
ウチのことを見ながら、聞こえるか聞こえないかぐらいの距離で、ひそひそされるのが嫌だった。
加えて、
よく村の子供に、モノを投げつけられたり、蹴り飛ばされたりもした。
大人はそれを見て見ぬふりをしていた。
理由は、きっとウチの体質のせいだろう。
ウチは怪我をしても、すぐに治った。
身体から炎が湧き出て、傷口を包んで、痛みごと消えていく。
他の人はこうはならないらしい。
お母さんとお父さんに相談したら、ウチは特別だからと言う。
ウチは、今まで考えもしなかった普通ってのを考えるようになった。
そんなことがあってから、ウチは外に出なくなった。
外で、お花とおしゃべりできないのは悲しかったけれども、家の中でお母さんと織物を作るのは楽しかった。
特に模様を考えたり、染めたりするのが好きだった。
でも、これもすぐにやらなくなった。
お母さんがいなくなってしまったからだ。
元気だったのに、急に寝込んで、返事がなくなるまであっという間だった。
何日間泣いてたのか、あまり覚えてないけど、涙が出なくなった頃、ウチはゲロを吐いていたのは覚えてる。
この時、ウチから出る炎は、どうして胸の中の痛みだけは消してくれないのかと、恨んだ。
悲しみが落ち着いた後も、
もう、お母さんが織る時に聞こえる『コトン、コトン、カラリ』という音は、2度と聞こえない。
そう思うと、とても織り機に触ることはできなかった。
なんなら、視界に入れただけで、涙が止まらなくなっていた。
そんなウチを見て、お父さんはウチに植木鉢をくれた。
中にはとても綺麗な黄色い花が咲いていた。
お母さんが1番好きだった花だ。
ウチは、悲しさを紛らわそうと、その花に毎日話しかけるようになった。
そしていつしか、お花の方も、ウチに話しかけてくるようになった。
まるで、お母さんみたいな話し方で、とても落ち着いた。
でも、ある夜。
お母さんみたいなお花と話すことも、無くなった。
急に、家に押し入ってきた村の大人たちに、
ウチとお父さんは縄で縛られ、
家の外に連れだされて、跪かされた。
もともと嫌われていたウチと、
そのウチを庇っていたお父さんを、村の人達は排除しようとしたみたいだ。
なんでお父さんまでと思ったが、度々玄関先でお父さんと、村の人達が言い争っていたから、他にも理由があったのかもしれない。
お家は燃やされ、また会えたと思ったお母さんとは、お別れも言えなかった。
その時も、ウチは泣いていた。
泣きながら、隣で首を刎ねられたお父さんを見て、より泣いた。
自分の首に剣を当てられて、これでまたお母さんとお父さんに会えると、そう思っても涙は溢れるばかり。
でも、待てども待てども、お母さんとお父さんが現れることはなかった。
だから、開けたくもなかった瞼が、いつの間にか上がっていた。
すると、
目の前には男の人が立っていた。
ウチに背を向け、槍を掲げて。
燃えるお家と、目に溜まった涙の加減も相まって、槍がすごく眩しく見えた。
まるで太陽のように、ウチを照らしていた。
この後、ウチは訳も分からないまま、
槍を持った男の人が率いていた集団に、
無理やり馬に乗せられて、連れてかれた。
だから村の人達がどうなったのかは分からない。
最後に見えたのは、槍を持った男の人の前で、
へたり込んでいたり、頭を下げていたりしてる所だった。
……願わくば、ーーで欲しい。
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槍を持った男の人。
彼はこの国、ウルスの王だった。
彼らは征伐の帰りに、
たまたま燃え上がるお家を見つけて、ウチの村に寄ったらしい。
ウルス王らに連れてかれてから、ウチの暮らしは大きく変わった。
王都にある花の御所。
ここがウチの新しい居場所になった。
今までとは全く違う、雅なところ。
誰しもが華麗で、厳かで、ウチはまったく馴染めなかった。
立ち振る舞いはもちろん、食事の仕草から、寝る時の布団の出し方まで、ありとあらゆる作法を教えられた。
でも全然うまくできなかった。
そんな中、ウチはウルス王から、
役割と、名を与えられた。
『アマテラス』ーーそう名乗れと言われたのだ。
最初は、花の御所ではみんな、ウルス王から名を授かるのかと思ったけど、どうやら違うらしい。
ウルス王が特別に思う臣下にのみ与えられるモノだという。
その者たちを廻衆と呼ぶみたいだ。
ウチがその十五人目だと知った時、すごく目眩がした。
どうして、ウチなんかが選ばれたのか分からない。
選ばれたくなかった。
きっとみんな、ウチが廻衆に相応しくないと思っているのだ。
ウチもそう思う。
それからというもの、御所内でウチへの接し方が変わった。
道端の小石を見るよう目から、嫌いな虫を見るような目に変わった。
習い事も、なにかを間違える度に怒鳴られるようになった。
ウチは、どうにか失敗しないようにしたかったけれど、
身体はうまく動かなくて、
返事もうまくできなくて、
自分が自分じゃないようだった。
そして、特に重圧だったのは、
ウルス王から頂いた役割の方だった。
それは、ウルス王妃の護衛だ。
ウチは剣なんて握ったことがないし、戦いなんてできるわけない。
そうウルス王に言おうと思ってたけど、陛下に意見するのが怖くて、気がついたらそのまま護衛の立場にいた。
幸い、花の御所が戦場になったことは1度もないから、自分が戦う日なんて来ないだろうと、甘んじて受け入れることはできた。
姫様はとても綺麗な人で、透き通るような眼をしていた。
彼女は、生け花が好きで、
いつも一緒にやろう、と言われた。
最初はどうしていいのか分からず、たじろいでいたけど、
そんなウチに姫様は気さくに話しかけてくれた。
さらには、怒られてばかりのウチを、よく励ましてくれた。
いつしか、ウチは姫様の護衛として、恥じないうように、習い事に一層取り組んだ。
理想のウチ。
ウルス王が求めているウチ。
そんなのを意識し始めた頃、
頭の中にしかいない理想のウチが、ウチの頭の中から出てくるようになった。
しかも話しかけてくる。
もう1人のウチは、やけに自信に満ちていて、高圧的で有無を言わさない感じだった。
あれがウチの理想だなんて思いたくなかった。
だって、ウチの嫌いな人達にそっくりだったから。
最悪な気持ちになった。
でも、しばらくすると、言うほど悪くないと思えた。
自分相手だと、なんでも言えたから、
楽しいことも、嫌なことも、愚痴も、なんでもだ。
会って間もないのに、姫様よりも話した人かもしれない。
……もう1人の自分を、人として数えていいのかは疑問だけど。
ともかく、悪くはなかった。
後に、意識を乗っ取られることを除けば、だけど。
そう意識を乗っ取られたのだ。
まさか、話し相手だったもう1人の自分が、身体を操れるとは思わなかった。
あの夜、
花の御所に敵襲来の知らせを受けた時、
ウチは頭がいっぱいいっぱいで、
どうすればいいのか、決められなかった。
ウチは姫様の護衛だから、姫様のところに行かなくちゃいけないのか、
敵兵を倒しに、迎え撃ちに行かなくちゃいけないのか、
分からなかった。
そうして、何もしないまま、しゃがみ込んでいたら、
もう1人のウチが言ったのだ。
『我に任せて、この手をとれ』、と。
その甘言にウチは耳を傾けてしまった。
嫌なことを考えたくないから、耳を塞いで、手を差し出してしまった。
途端に頭が痛くなり、意識を保てなくなった。
もう1人のウチが何をするのか、見届けることはできなかった。
再び意識が戻った時、ウチはどこか暗い部屋で横たわっていた。
何があったのかは、意識が戻る時に、
もう1人のウチがあらかた教えてくれた。
うぬの代わりに外敵を燃やしてやった、感謝してよい。
多くの者に逃げられたが、追いかけてやった。
うぬと仲良くなった、イサミとか言う男には負けたが、次は必ず消し炭にしてやる。
だが、あの盾は油断ならん。
そんな事をいっぺんに言われて、もう1人のウチはどこかへ消えていった。
だが、それもつかの間。
イサミくんが、再びなでしこ荘に訪れた時。
もう1人のウチはどこからともなく現れて、ずっとウチの背後から囁くのだ。
『イサミを消し炭にしてやるから、この手をとれ』、と。
もちろん、そんな言葉に耳を傾けるつもりは無い。
イサミ君は、敵国の兵士だけど、
とても優しいのだ。
初めて会った時も、
転んだウチに手を差し伸べ、すごく眩しい笑顔を向けてくれた。
それに、
ウチと読書の好みが一緒だし、ウチのつまらない話も嫌な顔1つせず、最後まで聞いてくれるし。
まるで太陽のように眩しかった。
こんなことを思うのは2人目だ。
でも、差し伸べられた手を取るのは、抵抗があった。
理由は分からない。
恥ずかしかったのか、ウチなんかが触れるのは畏れ多いと感じたのかもしれない。
だけど、今はこう思う。
イサミ君はすごく優しいけれど、
それはウチに対してだけじゃない。
みんなに対して優しい。
例えば、ヒワシさんに対してもすごく優しい。
花の御所での噂でしかないけど、ヒワシさんは、ろくでもない奴、と聞いたことがある。
そんな人に対しても優しいイサミ君は、きっと、
ウチの手と、ウチの嫌いな人の手をとって、握手させる人なんだと思う。
それは……嫌だ。
しかし、だからといってイサミ君が嫌いになった訳じゃない。
このなでしこ荘から抜け出そうとも思っていない。
なんなら、このまま、花の御所も、姫様も、ウルス王様も、
すべてを忘れて、ここで慎ましく生きていくのもいいんじゃないかと、そう思い始めていた。
でも自分で歩む道を選択したことがないウチが、今さらできるわけがない。
ほら、今だって隣にいるヒワシさんの言うことに、目眩がする。
「手を貸せゾ、アマテラス殿」
また、ウチは首を横に振れなかった。




