第五十二話「2人目」5
なんの変哲もない盾。
鉄でできていて、丸い。
表面は真っ平らじゃなくて、やや丸みを帯びている。
僕はこの盾を見習いの時に、タロウ小団長から貰ったんだ、足が遅かったから。
今ではみんなに追いつけるぐらい速くなったけどね。
でも盾を手放すことはない。
なにせ、足の速さに関係なく、この盾がないと僕はすぐにやられちゃうから。
もう盾はかっこ悪いとか、恥ずかしいとか、そんなことは一切思わない。
最高に頼りになる相棒だ。
その相棒を現在、センカに見てもらっている。
彼女は両手で盾を持ち、こねくり回して、すごく浮かない表情をしている。
もしかしたら、ベタベタ触ってるから、盾に文句の1つや2つ言われてるかもしれない。
そう思いながら少し待っていると、センカが盾を返してきた。
僕はすぐに聞く。
「なんて言ってた!?」
センカはちょっとだけ躊躇いながら答えてくれた。
「うう、なにも喋ってない」
「そ、そうか……」
僕が勘違いしてるだけで、魂なんて宿ってないのかな。
そんなはずは無いと思うんだけど……。
「あ、う、ガッカリさせてごめんなさい」
「あぁ、いや! ガッカリなんてしてないよ!」
あぁ、そんな悲しませるつもりはなかったんだ!
俯くセンカの前で、僕は必死に両手を小刻みに振ったけど、当然彼女には伝わらない。
すると、横にいたヒワシが僕の盾を拾い上げ、表面を覗き込んだ。
その後、僕が背負っている剣の方に顔を向けた。
「僕ちゃんは盾よりも、イサミ殿の剣の方が気になるゾ。
アマテラス殿、剣の方には魂が宿っているのだろう?」
「え、えと、はい。つ、常に毒を吐いているのが……でもヒワシさんから聞いた、か、輝き放つことができるとは思えない。
せいぜい人に呪いをかけることなら、できそうだけど」
ヒワシはずいぶんと僕の剣が気になるらしい。
なら、鞘から抜いて見せてあげよう、と思ったけどやめた。
だって目の前にはセンカがいる。
彼女はこの剣に嫌われているらしいから、抜いたら酷く怯えてしまうんだ。
「い、今もウチとヒワシさんに、恨みつらみを延々と述べてる」
どうやら、ヒワシも嫌われてるらしい。
……これは仕方ないな、ヒワシは嫌われてない方がおかしいぐらいの、酷いやつだからな。
ぞんぶんに呪われてくれ。
「キョキョキョ、その恨みごとを聞ける耳を持っていないのが、実に残念ゾ」
まぁ、当の本人は全然気にしてないみたいだ。
なんなら、呪えるなら呪ってくれ、と言わんばかりに身を乗り出してくる。
僕はそれを手で制して、ヒワシから盾を取り上げる。
「てか、ヒワシもモノに魂が宿るって考えるようになったんだね」
前まで肉体に魂が宿るんじゃないかって言ってたのに。
「アマテラス殿の話を聞いたあとではネ、そう考えざるを得ない。
しかし、肉体に宿ると言う考えを捨てた訳じゃないゾ」
「ふーん、そうなんだ」
センカがモノと話せるのを見て、まだそん風に思えるんだ。
僕なんて、すぐ、やっぱりモノに魂が宿るんだって、一択になったのに。
ヒワシはそんな単純な考えはしないらしい。
それはそうと、
結局、盾とはお話し出来ずか。
センカがすごく難しい顔してたから、僕は盾になにか言われてるって勘違いしちゃった。
まぁそれはいいんだけど、その後、しょんぼりしたところを見せたのは良くなかった。
いくら期待が高まっていたとは言え、頑張ってもらったのに、しょんぼりした姿を見せたら、そりゃ傷つくよね。
うん、次からはちゃんと気をつけよ。
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しばらく、僕はヒワシとセンカと、これからのことを話した。
と言っても明日のことしか話してない。
明日、何をするかと言うと、ヒワシを連れて街の修繕を手伝う。
ヒワシには、少しでも人助けになることをさせる。
そうして人助けを通じて、ヒワシに人助けは尊いモノなんだと思わせるんだ……。
だが最初、ヒワシは嫌がった。
あいつは『僕ちゃんが肉体労働などやるものか!』、などと言いながら拒否してきた、が、それも次第に弱々しくなり、最後には『わかったゾ』と諦めた。
もちろん、ヒワシの大切な『カビ』を使って脅した訳じゃない。
ちゃんと言葉でヒワシを納得させたんだ。
『ヒワシ、この街の綿農家と養鴨場から泥棒して良い思いしたんだから、少しぐらい街の手助けしようよ』、と僕が言ったら、珍しくなんの反論もなく、ヒワシが分かってくれた。
正直、僕の言葉なんかでヒワシが納得しないだろうって思ってたから、すごく意外だった。
だからもしかしたら、隣でセンカが『やりましょうよ、ヒワシさん』って説得してくれてたのが大きかったのかもしれない。
ちなみにセンカにも手伝ってもらうことになった。
彼女は意識がなかったとは言え、自分の炎で街を焼いたことに、酷く負い目を感じているみたいだ。
ヒワシに、街の修繕を手伝おうって言った時、センカがすぐに自分もやると言って、立ち上がったんだ。
僕としては、いいねって思ったんだけど、外にはあまり出ないで欲しいとも思う。
アマテラスが炎を街に放った時、彼女は空高くに浮いていたから、誰かしらに顔を見られてるんじゃないかと、心配だ。
せめて、笠を被ってもらい、少しでも顔を隠してもらおう。
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ともあれ、話したのはそんぐらいだ。
だがもう夕方だ。
窓から入ってくる光で、部屋の中が夕日色に染まっている。
そろそろ兵団の方に戻ろうかと、僕は玄関の方を向く。
すると、
コンコンコンーー、と扉をノックする音が聞こえてきた。
僕は振り返って、ヒワシとセンカを見る。
2人とも首を横に小さく振った。
今日、僕以外に尋ねてくる者がいるわけではないらしい。
僕は誰だろうと思いつつも、玄関に向かい、開けた。
「やっぱり、ここにいた」
扉を開けた先には、チカセがいた。
腕を組んで、ムッとしている。
「もうそろそろ、私たちの見回りの番だよ」
「うん、今戻ろうと思ってたところだよ」
「それならいいんだけど……ん?」
僕が玄関で座って靴を履いていると、チカセがその様子をじっと見てきた。
「なんか、靴が1足多くない?」
そりゃあ、部屋にはセンカがいるんだから、1人分多いだろう……ああ!
チカセにセンカのこと言ってないや。
「ねぇ、イサミ」
「な、なに?」
「あれはどういうこと? アマテラス、だよね」
チカセは部屋の奥からこちらを窺っているセンカを指さしながら言った。
そして腕を回し、前傾姿勢になりつつ、背中にかけてる剣に手を伸ばそうとしたところで、
「ちょちょちょ」
僕がチカセの正面に立ち塞がる。
「彼女はセンカ、アマテラスと瓜二つだろ?
何を隠そう、彼女がアマテラスだ、でもアマテラスじゃないんだ!」
「何を言ってるの、イサミ」
あああ、なんて説明すればいいんだ!
1人なんだけど、2人いるんだよ。
うーん、説明が難しすぎる!
「要するに、センカ殿には、彼女自身の意識と、君たちと戦ったアマテラスの意識が混在しているのだゾ」
よっ!
説明大名、ヒワシの説明は分かりやすいな。
僕でも、なんとなく分かるぞって説明をいつもしてくれる。
「……えーと、二重人格ってやつ?」
「ふむ、二重人格とはかなりズレている症状だが、その認識でいいゾ」
チカセは状況を呑み込めたようで、先程のあからさまな敵意は消えた。
けど、まだ怪訝な顔はしてる。
「うう、その、覚えていないのだけれど、もしウチがあなたを傷つけていたのだとしたら、ご、ごめんなさい」
足を震わせ、怯えながらセンカは、チカセの前に出て謝った。
チカセはもう顔に包帯を巻いてない。
四角くて、小さい綿のハンカチみたいなのを顔に2箇所貼ってるだけだ。
けど、大火傷していたのを知ってる僕からすると、チカセはセンカの言葉に怒って、剣を抜いてしまうんじゃないかと、ヒヤヒヤする。
「あんたの技なんて、大したことなかった」
そっぽ向きながら、チカセはそう言った。
そして続ける。
「それに、どうせイサミがまた変なこと言い出したから、あんたはここにいるんだろうし」
僕は変なことなんて言ってないよ!
ただ、ちょっとアマテラスを改心させてやろうって思っただけだ。
「でも、もしまた戦おうってんなら、今度はちゃんとあんたの首、刎ねるから」
「うう、は、はい」
良かった、戦いにならなくて。
でもやっぱり、チカセは優しいね。
トゲトゲしい物言いだけど、怯えてるセンカに気を遣ったように見えた。
「もちろんヒワシもね」
「……僕ちゃんはもうされたゾ」
はは。
確かにそうだ、ヒワシは首の皮一枚にされてたね。
「で、そのもう1人のあんたは今、どうしてるの?」
「え、えと、今は、意識がない、状態です」
「ふーん、そう、ならいい」
そこで、チカセは踵を返した。
「もう戻るよイサミ、遅れるとまたキヨマルに文句言われちゃう」
「う、うん、それじゃあ、また明日!」
僕はすぐにチカセを追いかけつつ、
ヒワシとセンカに手を振った。
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チカセの隣まで追いつくと、チカセは肩を僕の肩にぶつけてきた。
「いっつも急に大事なこと言うのやめてよね」
「ご、ごめん、昨日今日で、言う頃合いが分かんなくって」
アマテラスが襲撃に来たと思ったら、なでしこ荘に住むことになったんだ。
いや、僕が住まわせたんだけどね。
ちなみに、なでしこ荘の近くに大家さんがいるんだけれども、その大家さんにセンカが住むって手続きしたのはヒワシだ。
ヒワシはやることなすこと、すごく早いな。
泥棒するし、布団作るし、センカの入居手続きもするし、ボロボロだった部屋の直しもしてる。
……いくらなんでも早すぎじゃない?
猫の手でも借りたのかな。
そんなことを思いつつ、
チカセからお叱りを受けつつ、
第3小団の天幕に戻った。
そこから僕たちは夜の見回り番のため準備をするのであった。
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なでしこ荘からイサミとチカセが出ていき、
ゆっくりと勝手に閉まる扉を、ヒワシとセンカが眺めていた。
やがて、ガゴンーーっと扉が閉まると、
ヒワシは扉から目線を変えず、横にいるセンカに聞いた。
「いいのかネ、イサミ殿に本当のことを言わなくて」
「……」
「あの盾、魂が宿っていたのだろ?」
「……わ、分からない……う、ウチはお話しできるだけで、魂がどうとか、分からない。
あ、あの盾はお話しは出来なかったのは、ほ、本当だよ。
ただ、あの盾は、どこからか、放たれている御業を鏡のように映せる、みたい」
そう話したセンカに、ヒワシはようやく視線を向けた。
「お話しとやらができないのに、どうしてそれが分かったゾ?」
「え、う、うう」
「教えてもらったのだろう?」
ヒワシはその場から動かないで、
ゆっくりと屈み、上半身と首だけを捻り、
隣にいるセンカの顔を覗き込む。
「もう目覚めている、もう1人アマテラス殿に……違うゾか?」
センカは、視界の斜め上から入り込んでくるヒワシの顔を見まいと、眼を泳がせながら反対の斜め下へと動かした。
汗ばんだ両の手は、自分の腰あたりの衣服を握りしめ、どうにか心を落ち着かせようとしている。
2人ともウルス王の臣下で同陣営である。
なのに、今この瞬間。
センカはヒワシに対して、これまでにない恐怖を感じた。
それゆえ、ヒワシの問に頷くまで、そう長くはなかった。
その際、センカは視界の端に見切れて映る、ヒワシの顔がニヤリとしたことに気がついた。
そしてもう1つ、何か黒と灰色が混じったのようなものが、悪い笑みを浮かべているヒワシの顔を這ったことも。
燃え上がる天蓋編 -終-




