第七話「臆病者」
兵士にはとんとん拍子になれた。
名前や出身地だけ聞かれたが、それ以上は特に聞かれなかった。
僕が他国の隠密の心配はしないのだろうか。
それとも気にしてる余裕が無いほど、兵士の数が足りないのかもしれない。
そんな事をぼんやりと思いながら、
与えられた寮の一室で待機する。
部屋は、2人1部屋となっていた。
かなり狭い、部屋の両角にベッドが2つあるだけだ。 寝るためだけの部屋って感じ。
僕よりも先に入団した、部屋の相方が僕を呼びに来るらしいのだが、なかなか来ない。
それゆえ、僕は暇を持て余していた。
なので、入団時に説明された事を今1度思い出す。
カラカティツァ王国の正規軍は、
赤珊瑚団、青珊瑚団、黄珊瑚団の3つに分かれている。
名前が呼びにくいため、赤、青、黄色と略される事が多い。
説明された時も略されていた。
3つの団はそれぞれ、
10人前後を率いる小団長が10人、
50人以上を率いる中団長が5人、
そして、3つの団を率いる大団長が1人いる。
僕は現在、色無しと呼ばれる、見習いである。
これから、手合わせをするらしく。
結果によってどこの部隊に入れるか決める見たいだ。
それぞれの団には役割があり、
小団は臨機応変に、戦場の右へ、左へと駆け回ったり、奇襲をしたりと、戦の決定打を担う。
中団はおもに主戦場で戦う、戦において、勝機を左右する事はほとんど無く、守りが肝。
実力がある者は小団に、
普通以下の者は中団に、ほとんどの場合はそうなるだとか。
あとは、黄色だけが特別で、ほとんどは貴族がなるらしい。
他には……、と、そこで誰かが部屋のドアを開けた。
「待たせたなぁ! あれ?」
「あ!」
部屋に入って来たのは、見覚えのある顔だった。
右唇に切傷がある顔。
トラジロウだ。
「トラジロウ! 何で君がここに」
「イサミこそ、何でここに! 兵士になるのか?」
「ああ、君は?」
「おれは、何か職を探そうと思ってなぁ、って急がなきゃ! 早く来い!」
トラジロウはすぐに出ていく。
僕も急いで追いかけるが、
……トラジロウ、足、はっや!
全然追いつけない。
あっという間に寮を出て、別の棟に僕たちは入っていく。
どうやらここは、室内の修練場のようだ。
真ん中に1人立っている。
近づくにつれ、とても不機嫌な顔が目に入る。
嫌な予感。
「遅い! 初回から遅れるとはいい度胸だ。」
「すいやせん! タロウ中団長!」
すぐにトラジロウが謝る。
僕もそれに続く。
「すみません!」
「確か……名はイサミだったか?」
「はい」
「貴様は謝らずとも良い、どうせトラジロウが忘れていたか、遊び歩いていたのだろう」
トラジロウを見る。
図星だったのか、苦しそうな顔をしていた。
「トラジロウ! 今日のトイレ当番はお前がやれ!」
「……へい」
とても悲しそうにトラジロウは返事をした。
「さて、イサミ、お前の力量を測ろう 」
少し、緊張してきたぞ。
「僕はまだ、剣を1度しか握った事が無いのに、力量を?」
弱いに決まってるじゃないか。
「力量というより、貴様が戦いにおいて、どのような者かを見定めるため、だな」
強気か、弱腰か、
パワー派か、技巧派か、的な?
「わかりました」
「持参の武器があるなら、使っても良い」
首を振るやいなや、トラジロウから木剣を投げ渡される。
「好きに打ち込んでこい」
そう言われ、直ぐに右手で剣を構える。
だがタロウ中団長はまだ剣を構えてない。
タロウ中団長は準備できてるのか? と一瞬思ったけど、構えるまでもないのかな。
なら遠慮なく打ち込もう!
そう思い少し屈む。
そして地面を思いっきり蹴って、飛び込む。
その際、剣を突き出し、喉元を狙ったが、
右にステップされ、簡単に躱されてしまった。
でもまだ行ける!
直感的にそう思ったから踏み込んで追撃する。
左から右へ、なぎ払うように剣を振るった。
しかし、これまた後ろにステップされ躱されてしまう。
くっ! 全然当たらない。
「反撃するとしようか」
その言葉が聞こえたのと同時だった。
距離が空いていたはずなのに、既に目の前タロウ中団長がいた。
そして次の瞬間。
僕はがら空きになった胸を殴られ、後方に吹っ飛ばされてしまった。
「ゲホッ! ゴホッ!」
く、苦しい。
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このような調子で、3度手合わせしたが、
どれも胸に一撃入れられて吹っ飛ばされた。
「ふーむ。剣を握るが2日目にしては良いな。
だか、貴様には欠けている。
相手を殺す! という気迫だ。
その点、最初の一手は良かった、あれは殺す突きだった!
あとは、当たりはしなかったが、
最後の儂の剣をいなしてのカウンター、あれはなかなかに鋭かった。」
以外にも触感がいいみたいだ。
「しかしー、つかぬ事を聞くがイサミ、もしや馬より足が遅いか?」
「……はい」
「そうか、だからか、飛び込みが遅いと感じたのは」
バレてしまった、あまり知られたくない事を。
村でも、僕と同じ齢で、馬より足が遅いのは、僕を含めて2人しかいなかった。
よく、バカにされた。
「1里は走れるか?」
「半分ぐらいしか、走れないです」
「そうか ー」
「え!?」
驚愕の声を出したのはトラジロウだった。
トラジロウも僕を見下げるかもしれない。
仕方ない事だが、少し悲しいな。
「イサミは普通より劣っているのに、
あん時、盗賊に挑んだのかよ!
やっぱ、すっげぇえな!」
トラジロウはそんな事はしなかった。
度量がとても大きく思う。
すごく良い奴だ。
「度胸はあるが、足と体力がないか」
タロウ中団長を見る、もどかしそうに、表情が硬い。
もしかしたら、兵士に向いてないと、
今から追い出されるかもしれない。
しかし違った。
「イサミ、盾を持ってみろ」
思いもよらない言葉が来た。
「盾……ですか?」
「やはり、嫌か?」
盾はかっこ悪い。
盾を持つ戦士も騎士も、例外なく臆病者と言われる。
それと同様に、鎧も厚いほど、身に着けてる箇所が多いほど、臆病者と言われる。
村でみんながそう言っていた。
僕も、そう思っているからあまり使いたくない。
「どうして、僕に盾を?」
「速さが足りない貴様には、先手を取るより、
盾でいなしてからのカウンターが合ってると、思ってな」
今追い出されたら、行くあてもなくなってしまうからな。
本当は使いたくないけど、仕方ないか。
「…………わかりました」
かっこ悪いけど、我慢だ。
「よし、手合わせしてみるか!」
左手に渡された丸い盾を持ち、ベルトで腕にがっちりと固定する。
少し重いな。
こう、左腕が思うように動かせない息苦しさも感じる。
僕の準備が出来次第、タロウ中団長にかかってこい! と言われ、盾と剣を構える。
盾と言えば、相手の剣を防いで、隙ができた所をカウンターだよな。
僕はそれを脳内でイメージする。
それを踏まえて、
再度盾を構え、
盾で剣を受け止める!
「ぐっ!」
受け止めた瞬間。
腕が折れるかと思うほどの痛みが走る。
そして、そのまま吹き飛ばされた。
「うーーー」
だめじゃん、と思いながら起き上がる。
「吹っ飛ばした後で悪いが、盾の善し悪しなどわからん! 儂も盾の使い方は詳しくない」
「えー!」
「だが、ちょうど今、赤の中団長で使い手がおる」
「誰ですか?」
「女性だ、薄い紺色の髪をしたな、それとも盾はやめるか?」
「僕、盾、使います!」
言葉は思考よりも速かった。
え?っと困惑している、タロウ中団長と
トラジロウ。
ただ、もしかしたらまた会えるかもって思ったら、こうなってしまった。
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手合わせが終わった後。
僕はトラジロウに敷地を案内された。
トイレの場所、水浴びの場所など。
そして、トイレ当番は、糞が溜まった桶を、
別の場所の移し替えたり、床を掃除したりするんだと、説明されながら手伝わされた。
そうして覚える事が多い1日を終えた。